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06.→
08.→
09.流れで→
20.の続き。
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ブリタニアの広大な国土の一角。本宮とも近い位置にある此処は、土地柄、スコールのような激しい雨が降る。
どれだけにブリタニアの技術(つまり人類最高峰の技術、知恵の集大成とも言い換えることは過言ではあるまい)が発展しようとも、天のもたらす自然現象までを操ることは出来ない。但しブリタニアにおいて電気類の開発は非常に進んでおり、今では天候の一部さえもエネルギーとして利用している。その研究は第二皇子主導により今後とも進められていくであろう分野である。
ただ今は、自然は自然そのままに雨を降らせていた。
「―――雨は、恵みの雨と言うそうですね」
ルルーシュは激しすぎる雨を窓の向こうにみながら、小さな独り言のように零す。
室内は日が照っている時と比べれば幾分か仄暗い。流石にブリタニア帝国宰相の部屋ともなれば広さも十二分に有しており、全ての装飾も一級品。雰囲気は主人の華やかさから見れば重厚なものであったが、それに見合うだけの貫禄がシュナイゼルには備わっていた。
室内にはシュナイゼルとルルーシュの2人きり。机の上に積まれた書類に目を通していたシュナイゼルは一息と手を休めたルルーシュの呟きに、彼もまた興味深そうに机の上の資料から目を放し、ゆるりと顔を上げてルルーシュを見た。
「それはまた哲学的だね」
「日本にいた時、野菜を自らの手で作りましたから」
ほんの数ヶ月の滞在―― それもある意味でルルーシュにとっては屈辱を強いられた場面もあっただろうが、過去を語る様子からその片鱗は窺えない。本国の、それも権力の最高峰に居た頃はあり得なかった(勿論、シュナイゼルもしたことのない)経験をいくつか持ち帰ったルルーシュは、時にシュナイゼルにしてみれば思いがけない発言をすることが稀にあった。
しかしいくら天の恵みと言おうと、これでは降りすぎてはあるまいか。むしろ災害さえ起こしかねない豪雨は、天の恵みというよりも自然の脅威と言った方が正しい気がする。そうとシュナイゼルが言えば、ルルーシュはそれもそうですねと相槌。
「天災ほどに怖いものはありません。皇帝ですら天に逆らうことは不可能でしょう」
「天上の力さえ父君は手に入れようと目論んでおられるようだがね」
「…王では飽きたらず、神にでもなるつもりですかあの男は」
穏やかな風情ではあったが、吐き捨てるように言い放ったルルーシュの様子は嫌悪感に溢れていた。実の父親に対して彼がそう呼ばなくなってからの時間は随分と経つ。その間にもルルーシュは実父、つまりブリタニア皇帝に対して最上の憎しみを持ってシュナイゼルの下で着実に力を付けてきた。
そのことをシュナイゼルは喜ばしく思っている。
並々ならぬルルーシュの父親に対する憎悪は彼を急き立てるように成長させた。事実、ルルーシュの思考力、指揮能力といったものは目覚ましいものがあった。その才を幼い頃に最初に見出したのもシュナイゼルだったが、庇護下に置いてからの彼が頭角を現すことに時間はそうかからなかった。
いずれ、ルルーシュは自分とも張り合えるだけの力をつけるだろうとシュナイゼルは推測する。それはシュナイゼルにとって危惧すべき事柄では全くなく、歓迎すべきことでしかない。
ルルーシュが父親をこうして憎む以上、ルルーシュが己の手元から離れることはない。それはシュナイゼルの確信だった。
「ところでルルーシュ。雨は好きかい?」
脈絡があるようでない、そんな唐突な質問。にも、ルルーシュは気に留めた様子なく、さらりと答え。
「嫌いではありません。湿気が篭もるのは気持ち良いものではありませんが、閉鎖的な空気はなかなか稀に味わのには好きです」
「そうだね。こうして雨が降る日は――ああ、心地がいい」
まるで外界から切り離されたような空気は、激しく雨風が窓を叩いているというのに静まり返っているような感覚もある。
「内緒話をするにもいいシチュエーションだとは思わないかい?」
「内緒話、ですか」
ルルーシュはゆるりと口元に弧を描いた。成長した少年には幼い頃にはなかった色香といえるべきものが既に備わっている。紅を引いてもいないはずなのにほんのりと朱付くルルーシュの唇を見て、確かにあのマリアンヌ皇妃の子なのだとシュナイゼルは思った。
「ではシュナイゼル兄上。どのような話をご所望で?」
「そうだね。―――例えば、私がマリアンヌ様に憧れていた、とか」
軽い口調でそんなことを言えば、ルルーシュは先ほどまでの余裕の態度から一転、両の眼を大きく見開いた。無言で驚愕する様はシュナイゼルの期待通りで、ルルーシュの崩れた表情を見て満悦の様子。ルルーシュもそれがわかったのか、恨みがましそうな視線でシュナイゼルを見た。
「……兄上」
「まるっきり嘘というわけではないさ。マリアンヌ様は間違いなくブリタニア皇妃の中でも群を抜いた方であったし、私とて若い頃はあったのだから」
別に可笑しなことではあるまい? とシュナイゼルが肩を竦めればルルーシュは更に胡乱な視線で異母兄を見る。その視線に込められた意味は様々なものが絡み合っているのだろう、それが更にシュナイゼルを愉快にさせたのか彼は機嫌よく笑っていた。
面白くないのはルルーシュだ。
誰がからかわれていることが明瞭な中、気分よくいられるものか。と、ルルーシュは不機嫌を露わにしたのだが、それは後に形を変えた。
「……では、兄上。俺が母の代わりに貴方の慰み者になっているという噂は真実というわけでしょうか?」
「―――なるほど。それが原因か」
傍から聞いていては繋がらない会話に、しかしまたもルルーシュはシュナイゼルの返答を穿った様子もなく、今度はルルーシュの方が誤魔化すかのように肩を竦めた。
何のことかと言わんばかりのルルーシュにシュナイゼルはなるほど先ほどの反撃かと思う。
どうにも幼い頃と比べると素直さが幾分か減ってしまったように感じるルルーシュ。数年来の付き合いのある科学者にはシュナイゼルの質の悪さが移ったのだと嘆かれたものだが、それならそれで良いかと思ったのも事実だ。先ほどの反応を思えばまだ思い通りに行くという優越感と、思い通りに行かないのならばそれで己を楽しませてくれることには違いない。シュナイゼルにとって重要なのはそれだけだ。
無論、現在のやりとりとてシュナイゼルを満足させるだけの意義があった。
「さて、私はお前に夜伽を命じたことがあったかな?」
「兄上に男色の気があったとは知りませんでした」
「あんまりその気はなかったのだが、お前が望むのなら私は構わないよ?」
「………ご安心を。一生それはあり得ませんから」
ピクピクと痙攣を起こしながら拒否するルルーシュにシュナイゼルはふむと一息。
「まあ、それはいずれ」
と、意味深に頷く相手に今度こそルルーシュは本気で引き攣り。いずれとはどういうことかと問いたいだろうが、しかしシュナイゼルはなんてことのないように「そういえば」と話題の転換。
答えの出ない会話は更に続く。
「先日、私を支援してくれていたというある伯爵家が、突如として破産をしたらしいのだが……ルルーシュは知っているかい?」
「俺は兄上の補佐役を仰せつかっているのですから、兄上の身辺のことならば大方把握はしているつもりです。―――まあ、兄上が個人的に取引をなさっている関係諸々はまだ洗えてはおりませんが」
「ほう。なかなか、悪いことはできなくなってきたかな」
「ご安心を。何を知ろうと告発する気はありません。俺は兄上を信じていますから」
さらりと言われた言葉にシュナイゼルは僅かに目を見開きながらも直ぐに細め、口元だけで笑う。
やはり悪いことはできないな、とシュナイゼルは再び呟いたが、話を戻したのはルルーシュだった。
「それで?その伯爵家が何か気になることでも?」
ルルーシュは首を傾げながらシュナイゼルに問う。
貴族の破産問題は、珍しいことではあるけれど全くない話ではない。いくら第二皇子という権力者を支援していると看板を掲げていたところでその基盤が脆弱なものならば落ちぶれることはあるし、権力者の盾になろうと分に合わない見栄を張ればその確率は高くなる。上位継承権を持つ皇族の支援というのは、確かにそこそこの利点もあるし将来も安泰と一見思えるが、本当の意味で甘い蜜を吸えるのは、その支援者に対して本物の忠義を誓った一部の者たちだけだ。主のために家名をも捧げる覚悟をした者たちにこそ、主もまた栄華を与える。―――例えばマリアンヌ皇妃の後見であったアッシュフォード家は、皇妃なき後も、忘れ形見の皇子皇女を守ろうとかつての日本へ追いかけた。一時はその地位も没落したように見えたが、主として匿った皇子皇女が第二皇子に庇護されることによって彼らはその忠誠心を見込まれ再び地位を取り戻すことになった。名目は第二皇子の権限であったが、彼らが忠義を誓っているのは故マリアンヌ皇妃とその子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアであることに変わりはない。現在、一時エリア11に身を置いたこともありサクラダイドの豊富なそこでKMFの開発を第二皇子直轄の技術班と行っているアッシュフォード家は、今ではそれなりの地位を確立しつつあった。
それだけの忠義を見せ、一代にて繁栄できる家は少ない。
第二皇子といえば次期皇帝と噂されて久しく、彼の支援を申し出る貴族、商人などの有力者は多い。無論、シュナイゼルに忠義を誓う者も多かったが、次代の権力者に肖ろうという者も決して少なくはなかった。
思えば過日、破産したという貴族もまたそうした内のひとりだった。
だからシュナイゼルは如何に己を支援したからといって全ての支援者を省みることはない。むしろ代わりなどいくらでも居そうなもので、事実、シュナイゼルの後援を、と申し出る者は未だに後を絶たないのだ。その内の一家が没落したところでシュナイゼルが気に留めるような事柄はない、筈だった。
「気になる、…といえば気になるかな。私の方も彼の一家についてそう詳しくはないのだがね、もしや何かしら裏で動きがあったのではないかと私の方でも調べてみたのだよ。―――それくらいには唐突な話だったからね」
「……それで何かわかったことはありましたか?」
興味深そうにルルーシュはシュナイゼルを見る。光の加減によって表情を変える瞳は、見ようによってはまるでシュナイゼルを挑戦的な目つきで見定めているようにも見えた。
「……結果は白だった。不自然な動きもなかったし、嵌められたような形跡もない。全く自業自得だと言わざるを得ない結果だけが私の手元に戻ってきたよ」
「それに関しては俺も確認しています。主人の商才のなさと見栄の張り方は折り紙つきだったようですね。彼に手を貸していた者たちも愛想を尽かしたのでしょう、当然の結果かと俺も思いました」
ルルーシュの感想にシュナイゼルもまた同意だと言うように頷く。しかしその表情には腑に落ちないといった彼の感想も残っていた。
ルルーシュは聞く。まだ何か気になることが? シュナイゼルはルルーシュに視線を縫い止めながら答える。
「………これは私の感想でしかないのだがね。そう……不自然な点が一切なかった。そのことが私には不自然に思えて仕方ないのだよ」
「……と、言うのは?」
わからない、とルルーシュは首を傾げる。それさえもがシュナイゼルにしてみれば、ただ、“不自然”。
「もうひとつ、実は彼の家の当主と、その一件後に会うことがあったのだよ」
そのシュナイゼルの台詞にはルルーシュは本気で驚愕したようだった。
しかしだからといってどうというわけでもない。何せ、ルルーシュに後ろ暗いことは全くないのだから。
「……何か言っておられたのですか?」
「ああ、とても興味深いことをね。―――何卒、飼い犬には手を噛まれないように、と」
そこでルルーシュは僅かにぴくりと反応を見せたが、一瞬でその表情は消えた。シュナイゼルが見たのは、妖艶な笑みを刻むルルーシュ。その色は、確かに今までのルルーシュには見られないものだったのかもしれない。
「……さて、ルルーシュ。お前はどう思う?」
聞いてみたところでルルーシュは肩を竦めるだけ。それでシュナイゼルは構わなかった。
「どう、と言われても俺にはわかりませんよ。彼は自分で自身を追いつめ、自滅したのですから。……少なくとも、資料を見る限りではそうとしか言いようがありません」
「そうだね。―――私も咬まれるような犬を飼った覚えがなくて、彼の言葉には戸惑っていたのだよ」
そこで二人は絡み合わせていた視線を意識して、互いに笑った。
窓の外では相変わらずの雨が轟々と音を立てていた。まるで全てを掻き消すような土砂降りだった。
21. こんな土砂降りでは視界が悪すぎて、答えなんて見つかるわけない
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兄には犬を飼った覚えは本当にないと思います。思い当たる節はあっても訂正もしなかったに違いなく。ねこ。
きな子/2007.10.12