→微妙に06.から続いてる。
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 現れた人の記憶のままの優しい眼差しさえ、信じられなかった。信じることが怖かった。
 差し出された腕。それはこれ以上ないというほど、安全なものなのだと知っていたのに。安心できるもの、自分を守ってくれるもの、そうだとわかっていても、―――この時はその手を取ることができなかった。

 完全な拒絶。この時の傷ついたような相手の顔を忘れることはできないだろう。
 同時に、その表情の中に見え隠れしていた仄暗い感情に気付くことはなかった。



「あに、うえ………」
 どうして、と問う唇はカタカタと震えている。恐怖と怒りが入り混じった感情の他に、言葉にしようもないもの。
 目の前に居る人物が、ただただ信じられなかった。
「……ルルーシュ。やっと見つけた」
 シュナイゼルが伸ばした手にルルーシュはびくりと跳ねる。目には紛れもない怯え。全身でシュナイゼルを拒否するのは殆ど本能的と言ってよい。
 その様にシュナイゼルは目を細めた。困ったように苦笑い。子どもが脅える理由は、分かり易すぎるもの。シュナイゼルはルルーシュと視線の高さを合わせるよう身を屈めた。
「……すまなかったね、ルルーシュ。お前とナナリーには、とても辛い思いをさせた」
 びくり、と身を強ばらせる。
 泣き出しそうなところを必死に耐えるのはルルーシュ。
「…私が至らないばかりにマリアンヌ皇妃を喪い、ナナリーの自由を失った。許してくれとは言えないだろう。無力な私で、すまなかった」
 悔恨を滲ませた声は、抑揚はない。しかしそれ以上に驚愕すべきは、子どもに頭を下げた男の姿。
 まるで信じられない光景。
 ルルーシュは今までシュナイゼルが他人に頭を下げた姿など見たことがなかった。聞いたこともない。
 温厚だった兄は、それでもブリタニア帝国で次期皇帝に最も近い人間だと囁かれていた。そんな人物が自分に頭を下げている。己の無力を謝り許しを乞うている。有り得ないとしか言いようのない光景にルルーシュは先ほどまでの怯えも忘れただ呆然。
「辛かっただろう、ルルーシュ。ナナリーを支え、よく生き延びた。お前たちを守ってやれなかったのは私だ。……本当にすまなかった」
 もう一度謝られ、ルルーシュは小刻みに首を振った。違う、と呟く。違う、違う。兄上は何も。謝る事なんてない。震える唇は僅かな音しか零さない。しかし確かに呟かれてるのはシュナイゼルの謝罪を否定する言葉。
 シュナイゼルは再び手を伸ばした。
 今度は拒絶する様子はなかった。
「ルルーシュ」
「ッ……あに、うえ」
 腕に招かれても子どもは微動だにしない。が、脅える素振りはあっても先程のように全身で拒絶することはない。
 子どもは目の前の男のことを味方か敵か判別しかねていた。
 ルルーシュが疑心暗鬼に陥っていることを承知の上で、シュナイゼルは小さな子どもの背中を宥めるよう撫でる。何回も繰り返し、安心させるよう名前を呼ぶ。すまなかったと繰り返す。
 凍った子どもの心は次第に溶け始める。
「あにうえ、あに…っ、あにうえ…!!」
 しゃくりを上げシュナイゼルに縋った。昔と変わらず自分を慈しんでくれる異母兄を味方と判じた瞬間だった。
 シュナイゼルはしがみついてきたルルーシュを優しく抱き締める。
「母が…っ母上が…!!」
「ああ、聞いている。アリエスの離宮に手びきした者に関しては、コーネリアが調査している」
「ッ?!姉上が…?」
「ユフィもお前たち2人をとても心配していた。…ナナリーは?」
 親しかった異母姉妹の名前に驚愕から瞠目したのも束の間、再びルルーシュは顔を歪める。唇を噛み締め、手は震えている。
「……今は、ゆっくり寝ています。でも…っ」
 目が見えない。歩けない。その真実は重い。
 命辛々に戦禍から免れることはできた。しかし妹の世界を奪われ自由を奪われたことはもう覆らない。
「僕は…ッ」
「ブリタニアが憎いか」
「ッ?!」
 大きな瞳をこれ以上ないというほどに見開き、ルルーシュはシュナイゼルを凝視する。
「母を奪い、ナナリーの世界を奪った祖国が……父上が憎いか?」
「っ……!!」
 ルルーシュは一瞬、迷った。
 しかし憎悪を宿した瞳は迷いを捨て、シュナイゼルの言葉に首肯する。
 父親、即ちブリタニア皇帝。彼に反することは、許されざる罪。
 そうとわかっていながらもルルーシュは自分たちを貶める最大の要因たる父皇帝に傅くことなど到底できぬことであった。一方でそれを問うたシュナイゼルはといえば、ルルーシュを咎めるわけもなく。
「そう…私も赦せないのだよ。私たちの平穏を破壊し、あまつさえ私からお前まで奪おうとした輩が。父上の施策が現状を招いたというならば、私はそれを覆してもよいと思っている」
 それはつまり。
 真意を汲み取ったルルーシュは驚愕に戦く。
「……ただ今は、お前を私の傍に取り戻したい。起きてしまったことは戻らないが、せめてこれからは…お前とナナリーを私の手で守らせて欲しい」
 懇願する相手を拒むことなど、最早ルルーシュはできるはずもなかった。
 何もかもを失いかけていた子どもは、自分を包み込む大きな腕に縋りつく。―――或いは鳥籠であったのかもしれないそれ。

「壊そう、ルルーシュ」

 愛しい存在を脅かす世界など。
 そして今は私の下へ帰ってきておくれ。


 彼はこうして愛しい子どもを取り戻した。



08. 忘れさせてあげるから、忘れてくれると約束して




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スザクのスの字もでてこなかった。当初はスザクを忘れさせようとするお兄ちゃんの予定だった。
きな子/2007.06.16