之幸いとその地を侵略したのは、果たして誰であったのだろうか。
その前に、彼がもう少し賢かったら――否、もう少し甘えることを知っていた子供であったのならば、事態は全く変わったものであったに違いない。
定められた運命?
自分を頼りにしなかった子供への恨めしさ?
嗚呼、それとも。
「失くしたくないものであったと気付いていなかった私への罰か」
マリアンヌ皇妃が殺害された。
その際、眼と足を不自由にした皇女とその兄、第十一皇子は皇位継承権を放棄した後、日本という島国へ送られた。
数ヶ月後、神聖ブリタニア帝国は日本を侵略。その名を奪い、エリア11として属国とする。
幼い皇子と皇女は闇に葬られた。
全て、第二皇子の預かり知らぬところで過ぎ去った事実となった。
「シュナイゼル!」
かつかつと音をたてて乱暴に開かれた扉。
現れた女傑と、その背後には妹姫が神妙な顔をして後に付いていた。彼女を守護する騎士たちは室内に入ることはせず、扉の手前で控えている。
呼ばれたシュナイゼルは優雅といえる仕草で訪問者に応えた。
「ああ、久しぶりだね。コーネリア、ユフィ」
ゆったりと笑うシュナイゼルを見て、コーネリアは眉を顰め表情を厳しくする。背後のユーフェミアは泣きそうな顔で異母兄を凝視した。
「シュナイゼル!貴様、今まで何をしていた!」
「何、とは?私は陛下に賜った命令通り、エリア統括の任に就いていた。漸く情勢が治まったから先日、本国へ呼び戻されたのではないか」
そんなことお前ならわかるだろう?と問われ、コーネリアは激昂にも近い声量で怒鳴る。
2人の間の温度差は不自然なほどに明確だった。
「貴様…!!貴様がそうしている間に、何が起こったと思っている?!エリア11は既に統括された!マリアンヌ皇妃は殺害され、ルルーシュとナナリーは……ッ!!」
ユーフェミアは眼を伏せた。既に涙が枯れるほど泣いたのだろう。
コーネリアは計り知れない程の怒りを露わにした。彼女もまた泣いたに違いない。
異母妹たちの姿にシュナイゼルは穏やかさを取り払うことはなかった。
コーネリアの昂ぶりの前にも、ユーフェミアの悲壮の前にも、彼は表情を崩さない。それはまるで完璧な仮面、一方で能面にも見える。
コーネリアはそんなシュナイゼルの様子がより気に食わなかったのだろう。怒りは増し、シュナイゼルに詰め寄る。ユーフェミアは制止したものの、その声は弱い。
「貴様ッ!!マリアンヌ皇妃は弑されたのだぞ?!それが何を意味するのかわからないのかッ!それにルルーシュとナナリーが日本に送られたと知っていながら、日本侵略を決行した何者かが…ッ」
「マリアンヌ皇妃は離宮に押し入ったテロリストに殺害された。不幸にもその時、離宮の警備は手薄だった。ルルーシュは自ら皇位継承権を放棄し、皇帝陛下が下された命令で日本へと送られた。そして兄妹はその地でイレブンの手によって殺された。継承権を放棄しようとも彼らは至尊の血筋に連なる。そんな2人を殺したのだから我が国は彼の国に宣戦布告し攻め入ったのだろう。何もおかしなところなどあるまい?」
「…貴様…ッ!?」
シュナイゼルが語ったのは事実だ。事実として語られてる上っ面な情報だ。…否、その殆どが紛れもない事実だとコーネリアも知っていた。皇位継承権を放棄したのは確かにルルーシュ自身であったし、日本にてルルーシュとナナリーが殺されたから侵略したのだという話は後から聞いたものだったがその真偽を知る術はない。だが、発端となったマリアンヌ皇妃の殺害が内部犯であることは間違いない。その犯人次第で事態は転覆する可能性とて有り得るのだ。
―――それにルルーシュとナナリーの死体は見つかっていない。
本当に日本が彼らを殺したのならば、その証拠として死体があるはずなのだ。それがないと言うならば、事態は全く不透明としか言いようがない。
コーネリアは焦れていた。
彼女は2人の異母弟妹が可愛かった。実妹の他に心許せる数少ない家族であったのだ。それにマリアンヌ皇妃はコーネリアにとって憧れの人物だった。そんな彼女が殺されたのだ。子供を庇い、息を引き取ったという。コーネリアが報せを受けアリエスの離宮を訪れた時は既にあの場所で得られた心地のよい世界は過去のものになっていた。
コーネリアは許せなかった。自分の平穏を奪われたのだ。大切なきょうだいを2人も奪われたのだ。
……その一方で、自分と同等に、否、自分以上にルルーシュを大事にしていたシュナイゼルの我関さぬ風情が、信じられないと同時に殊更気に食わなかった。
「お前は…っ、ルルーシュを奪われて何も思わないのかシュナイゼル…ッ!!」
悔しかった。変わらぬ態度の兄が。八当たるしかない己が。非力な自分が、コーネリアは悔しかった。
背後でユーフェミアの気配がするのが唯一の救いで、一方で彼女の存在が自分の無力をより実感させる気がした。
「……コーネリア。私が最も憎らしいと思うのは誰だと思う?」
シュナイゼルはコーネリアの怒りをも受け流すよう、穏やかに口を開く。
その不自然さに、コーネリアは気付かない。ユーフェミアは僅かに悟っていたのか…身動ぎを微かに起こしたが、彼女は先ほどからコーネリアの背後に従ったままである。
「一連の件を遠い地で聞かされた私にとって、最も腹立たしかったことは、何だと思う?」
あまりに穏やかだった。つられるように落ち着きを若干取り戻したコーネリアはシュナイゼルの問いに耳を貸し、応えた。
「……マリアンヌ皇妃の殺害を目論んだ皇族か?」
「マリアンヌ皇妃を殺害したのは許すまい。あの方は殺されるのには惜しい。誰とは特定できないが、いずれ始末もつけよう」
それはつまり、最も憎らしい事柄ではないと。
「ルルーシュを殺したというイレブン?ルルーシュとナナリーが居るとわかっていながら侵略を決行した軍部?」
「それも許せないね。交渉材料を容易に殺害したのも、母国の皇子がいるにも関わらず侵略した輩も。しかしルルーシュとナナリーの死体はまだあがっていないのだろう、断定はできない」
「……ならばマリアンヌ皇妃の殺害を黙認し、皇位継承権を放棄したルルーシュを早々に日本へと送った皇帝陛下か?」
「確かに。しかし皇位継承権を放棄したのは、紛れもなくルルーシュ本人。陛下なら当然の処置だろう。お前も陛下の為人はわかっているだろう?」
「………それでは、」
一体、何のことを言っているのか。コーネリアの視線にシュナイゼルは緩く微笑んだ。
「私はね、ルルーシュが一番憎いのだよ」
「兄上?!」「お兄様?!」
姉妹の声が同時にあがる。シュナイゼルの笑みは変わらない。
不自然の正体はここにあった。
「私は私を頼りにしなかったあの子が憎らしい。私でなくとも、お前たちや少し頼りないかもしれないがクロヴィスとて居たのに、それを見もせずあの子は愚かにも一人で皇帝陛下に刃向かった」
「それは……」
「私たちが共に過ごした時間は何だったのだろうか?あの子にとって、私たちは他の者たちと同じに過ぎなかったのだろうかね」
「お兄様、そんなこと…っ、そんなことは…!!」
「ああ、ユフィ。泣かないで。そんなつもりではなかったんだが…コーネリアもそう睨むもんじゃない」
姉妹の反応に些か困ったように柳眉を下げたシュナイゼルだったが、その鷹揚な態度は変わらない。
シュナイゼルの言う意味がコーネリアもわからないわけではない。確かに先走ったルルーシュを叱咤したい気持ちがあった。だが、例えば、もし自分ならば――もし自分がユーフェミアを同じように喪いかけていたら……、そう思うとルルーシュの行動を非難することはできなかった。
むしろ、
「そう、あの子は清らかすぎた。潔癖な故、愚かな行動に走ってしまった。どれだけ絶望しただろうか。…あの子は弱くない。むしろ愛おしむべき愚かさでもある。あの子どもたちを守ってやれなかったのは、私たちの責任だ」
コーネリアはぐっと拳を握る。歯を食い縛った。悔恨しか思い浮かばなかった。
「お兄様……ルルーシュは、ナナリーは……っ」
ユーフェミアはシュナイゼルに泣きつく。ユーフェミアがシュナイゼルを頼るのは初めてのことだった。
結局、自分たちにはルルーシュが間に居たのだ。
今になって、それを深く思い知る。喪失感を再び味わうことでもあった。縋るユーフェミアの頭をシュナイゼルは柔らかく撫でる。
「……安心おし、ユフィ。ルルーシュたちは必ず見つけ出す」
「お兄様…?!」
「し、しかし、ルルーシュたちは死んだと……っ」
生死すら不明だというのに、シュナイゼルは確信をもってして。
「お前は信じているのか?それを」
ルルーシュの死を。
「っ、!!」
「まさかそれなのに私のところへ殴り込みにきたわけではあるまい?
―――君は?ユフィ。君もルルーシュたちが死んでいると、そう思っているのか?」
その問いにユーフェミアは決然と顔を上げた。子どもがムキになっているようにも見える表情。しかし願いはどこまでも真摯なもの。
「…信じています。ルルーシュとナナリーは、生きていると」
ユーフェミアの答えに満足そうに頷いたのはシュナイゼル。確証はなくとも、何故だか信じ込ませる力があった。
彼はその手に戻ってくると、信じて疑ってはいなかったのだ。
「………それでどうするつもりだ、シュナイゼル。この件、お前はわざと遠ざけられていたのだろう?ルルーシュたちと一番懇意であったのは他ならぬお前だからな」
邪魔が入らないようにとシュナイゼルは遠い地に追いやられていた。そんなことができるのはより高位にある皇族か貴族だ。無論、その中には己の血縁も含まれることだろう。更にシュナイゼルがルルーシュたちを探そうとする動きを察すれば再び邪魔をするのは必至。
「………コーネリア、ユフィ」
呼ばれて姉妹はシュナイゼルを見る。
―――得体の知れない恐怖は、おそらく既に芽生えていた。
「そろそろ私も本気になってみようと思うのだよ」
「っ………そ、それは、………帝位を…?」
滅多なことでは口にはできない。シュナイゼルもまた言葉にはしない。
しかし彼はうっすらとわらった。
それが十分過ぎる答えであった。
06. 失くしたものが戻ってくると信じなければ、生きていけなかったのだろう
→微妙に
08.に続いてる。
----------------------------------------------
若干壊れ気味の兄上。しかしこれが基本のスタンスだと思われ。この後、ルルナナは無事保護されました。…ルルは兄上に絆されたんじゃないかな。
きな子/2007.06.13