※にょた注意!
保健室編→
発覚編 から続く。
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天気は澄み渡った快晴。
整備された舗道を学生たちは楽しそうに話しながら歩き、さすが良家の子女と言うべきか擦れ違い様には上品な挨拶を交わし合う。そんな変わらない朝の風景に自分だけ異質な気がしてしまうのは、気の持ちようと言うべきなのだろうか。
スザクは重い足取りを一歩ずつ進めた。寝不足な筈なのに、頭はどうにも冴えてそれが余計に煩わしい。
ざわざわする廊下をやはり浮いた気持ちで歩き、教室にたどり着いた瞬間、彼の視界に飛び込んできたのは昨日よりずっと脳裏に張り付いていたクラスメートの姿。
漆黒の艶やかな髪がしなだれ俯く彼女の表情は見えない。
そろり、と緊張を覚えながらもスザクはルルーシュに近付いた。
脇に立って、ルルーシュは人の気配に気付く。ふと上げた顔は2度程瞬きをしてほんの少しぼんやりとしているようにも見えたが、次第に頬が軽く赤に染まった。
「……スザクか。おはよう」
対してスザクがほんの少しだけ戸惑いながら「……おはよう、ルルーシュ」と答えた様子に彼女は気に留めた様子もなく。
「その、昨日はすまなかったな。運んで、くれたんだろう?」
上目遣いに視線を泳がしているのは照れが含まれているからなのか。少しばかりいつもと勝手の違う少女を前にして、ざわめき立った心の中はどうにも落ち着かない。
スザクは今の状況が嫌だった。居心地が悪いことこの上なかった。
「ありがとう」
口元を弛めてそう言ったルルーシュに、湧き上がる感情を押さえることはできなかった。
気付けばスザクはルルーシュの腕を掴んでいて。不思議そうにスザクを見上げる彼女の表情を見る度にスザクの中に形ないものが積もっていく。
「話が、あるんだ」
「?でも授業、始まるぞ―――」
と言った矢先、どんなタイミングかと疑わずにも居られないが、日直の生徒が教師からの伝言として一限目は自習だと伝えた。教室内ではその報を喜ぶ声が挙がっていたが、スザクとルルーシュはきょとんと顔を見合わせた。先に表情を崩したのはルルーシュで、「で?話って何だ?」とスザクに問いかけ。
「……ここじゃ、ちょっと……」
仕方ないのだ。内容があんまりに突飛すぎる為、人目の多いところでは話すわけにはいかないのだ。と、見た目から戸惑っているスザクにルルーシュはまた不思議そうな視線を向けたが、訝しんでいるわけではなさそうで。
「なら生徒会室にでも行くか?」
あそこならそうそう人は来ないと付け加えたルルーシュにまたスザクは首を横に振った。生徒会室と言えば確かに限られた人間しか立ち入ることが出来ないが、その分、誰かしら来る可能性は高い。極力、人が来る可能性があるところは避けたかった。
2人っきりになりたいのだと暗に言うスザクにさすがのルルーシュも怪訝そうになったが、あんまりにスザクが神妙な様子なものだから疑うことはしなかったのだろう。
「なら屋上とかはどうだ?」
こんな時間に屋上にでる人間はいないだろう。人が来るか否かで言えば安全性は生徒会室とどっこいどっこいだったかもしれないが、外の方が良い気がした。
頷いたスザクにルルーシュは決まりだと席を立って教室を後にする。黙って後に続くスザクに疑問を勿論覚えてはいたのだが、話はこれから聞くのだ。何を話すつもりかと思いながらルルーシュは窓の外を見た。
やはり空は気持ちの良さそうな晴天だった。
* * *
「……………なん、だと?」
呆然、というべきか、唖然、というべきか。同時に、判断は早かった。本来持つ凛然たる気質が滲み出ている様子に、紛れもなくルルーシュが皇族であることを納得させる。
知ってしまったのだと白状したのはほんの数分前のこと。ルルーシュはスザクの言葉を理解できなかったのかしばらくの間、ぽかんと口を開けていた。しかしこの事態は彼女にとって由々しきことではなかったのだろう、ルルーシュは厳しい表情でスザクに向かい合った。
「………いつ、どうして、」
「……昨日。その、ルルーシュとロイド先生が話しているのを聞いて……」
スザクがロイドの名前を出せば、ルルーシュの雰囲気が少しだけ和らいだ気がした。その様子にスザクはじわりと何かイヤなものが沸き上がる。
更にルルーシュが親しげに「ロイドの奴……覚えてろよ……」と呟けば面白くもなくなる。なんとなく見せつけられることは多かったが、2人の関係を知ってしまったからには(但し具体的な関係は未だわからず終いでもある)その気持ちは強くなる一方だった。
「ルルーシュ、……殿下、は、」
今まで通り呼び捨てていいものか。知ってしまった以上そのままというわけにもいかないし、いくら他国とは言え、大国の皇女を前にしてとるべき礼儀なとスザクは知らなかった。首相の子息といえども、最低限度の作法しかスザクは習っていなかった。それも遠い昔のことで、学園に放り込まれてからは一切その手の相手とは無縁だったともいえよう。
しかしルルーシュはスザクの思惑とは裏腹に、大層嫌そうな表情を露わにした。そして少しだけ、悲しそうだった。気のせいかもしれないが、スザクには確かにそう見えた。
「殿下、なんて呼ぶな。今まで通りでいい」
「っ、でも…」
「お前はバカか。どうして身分を隠して学校に通ってる人間がそんな正体がバレるような呼び方に拘ると思う」
呆れたように言われ、それもそうだが、という気持ちと共に、だがしかし、という気持ちもある。
「ロイド先生は……」
「アレはもうクセみたいなものだ。一応、人前では気をつけてるようだが、これからは学校に居るときは徹底するよう言っておかないとな……」
まさかスザクが聞いてるのに気付いていながら態とあのような会話をしていたとはルルーシュは到底思うわけもなく。
「じゃあ、今まで通りで構わないの?」
スザクがそう問えばルルーシュは大きく頷いた。
「勿論だ。………それより、スザクの方こそ…構わないのか?」
問われて、今度はスザクの方が驚く番だった。え?と問い返せばルルーシュは些か気まずそうに視線を泳がした。
「その、オレはお前や…学校のみんなに嘘をついてる、ってことだし……」
怒りはないのか、と不安げに問うルルーシュにスザクは瞠目。何を言い出すのかと思えばそれはスザクにとって予想外のことで――否、確かに憤りを感じたことは確かにあった。しかしそれがルルーシュが自分に、自分たちに嘘をついていたということに対してかと言われればそれも何か違う気がした。
スザクは改めてルルーシュを正面から見据えた。
大国の皇女といえど、ルルーシュはやはりルルーシュだった。
きゅ、と唇を噛んでスザクを見つめる目は不安に揺れていて、思えばこんな表情のルルーシュを見るのは初めてで。またひとつ、ルルーシュのことを知れた気がした。
「……もし、ルルーシュが皇女だって誰かにバレたら……本国に、連れ戻されたりするの?」
スザクはルルーシュの質問には答えなかった。その代わりに問うスザクにルルーシュは虚を突かれたような表情。
思えば倒れただけで連れ戻されるのではないかと懸念していたくらいなのだから、彼女が日本にいることを快く思ってない人間が本国にはいるということで。
ルルーシュの表情は少しばかり難しそうだったが、悩みながらも「いや、」と首を横に振った。
「流石に学園中に知られるようなことになってブリタニアの皇族が日本の学校に通っていると公になればまずいかもしれないが…」
「じゃあ僕が誰にも言わなければ、ルルーシュはまだ学園に居られる?」
「え?あ、ああ、流石に兄上もそこまで厳しい方ではないし…」
ルルーシュの一言に、なるほどルルーシュの手綱を持っているのは異母兄――それも第二皇子シュナイゼルであることは昨日の会話から察せられる――なのかとスザクは思う。手強そうだ、と思ったのはほぼ無意識だった。
「それじゃあ僕は君がブリタニアの皇女様だって言うことは誰にも言わないし、これからも君はただのクラスメートだ」
「っ、お前はそれで……」
いいのか。騙したことを怒ってはいないのか。
暗に問うルルーシュにスザクは苦笑。同時に彼女が地位や権力というものに無頓着であるようにも見えた。ブリタニアの皇族であることは肩書きに済まない筈だ。大げさに言えばこの場でスザクに命令を下すことが可能であろう。皇族とバレた以上、ルルーシュが下手に出る必要はなく、また皇族といった権力者は傲慢なものだとスザクは思っていた。
だからルルーシュがルルーシュであることがスザクは嬉しかった。困惑と同時にほっと安堵したような姿を見せたこともスザクを喜ばせることでしかない。
ルルーシュは学園で過ごすことを望んでいる。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではなく、ルルーシュ・ランペルージとして。
スザクはそれが嬉しかった。
「……じゃあ、見返りをもらってもいい?」
「………なに?」
それでいいのかと問うならば。怒っていないのかと窺うならば。
スザクの言い分に不穏な影を感じ取ったのかルルーシュは眉を寄せてスザクを見返す。その隙をついてスザクはルルーシュの腕を掴んだ。
「スザク?!っ、お前…ッ!!」
怒号と落胆が入り交じる。おそらくルルーシュの脳裏にはスザクと初めて会ったときにされたことが蘇っているだろうと想像できて。
スザクは笑った。
「スザ…ッ!!」
制止の声も態度も通り越して。
スザクはルルーシュに触れた。一瞬の接触。
二度目と覚悟して目をキツく閉じたルルーシュがほんのりとした熱を感じたのは予期していた場所とは少し離れていて。驚愕で見開いたルルーシュの視界に飛び込んできたのは、しかし思い描いた通りの人物。
驚くばかりのルルーシュの耳元にスザクは唇を寄せた。
「ルルーシュのことが、知りたい」
「ッ…?!」
次は鼻先がくっつきそうな程に近い距離で顔を合わせた。
「ブリタニアの皇女である君のことも、僕のクラスメートである君のことも、ルルーシュのことがもっと知りたいんだ」
「スザ、ク……?」
白い肌は暫く驚愕から色を変えなかったけれど、次第に紅潮させたのは状況を理解したからか。はっ、と我に返ったルルーシュは細い両腕でスザクの身体を押した。真っ赤になった顔は俯いてしまったためにスザクの立ち位置からは見えない。
「お前って奴は……っ」
「あはは。またキスされると思った?」
「っ!黙れっ!人が忘れようとしていたことを…ッ!!」
顔を上げたルルーシュの表情は怒りが混じっていて、けれどスザクにはそれが怒り一辺倒ではないこともお見通しだった。
(忘れてなんかさせてあげないよ)
じくりと胸の内に沸き上がる熱。
それはじわりじわりと広がる。頬に口付けた程度では物足りないくらいに。
「スザクっ!」
いつまでも笑みを刻んでばかりのスザクに業を煮やしたのか、ルルーシュが目を釣り上げてスザクの名前を叫ぶ。
しかしスザクはそんなルルーシュの姿にさえも愛しさというべきかはわからないけれどただただこみ上げてくるものに今までに感じたことのない心地を味わっていた。
―――ふと、ロイドの言葉が脳裏に蘇った。
彼は彼女に近付くなら命を賭けろと言った。
胸の内に沸き上がった様々な感情を持て余しながらスザクは浮遊感の漂う頭で思う。
(命賭けの恋も、悪くない)
空は突き抜けるような青さだ。
今はこの爽快感に酔いしれたい気分でもあった。
学園パラレル、屋上編。
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スザルル一段落。学園は青春を謳歌すればいいと思います。
きな子/2007.08.25