※にょた注意!
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アッシュフォード学園の学生にとって、この日は月に一度の楽しみである生徒会役員による定例報告会であった。
会長(※世襲制)が独断と偏見で選んだ生徒会役員は例年人気が高い。特に今年の役員は会長から副会長、会計、書記、補佐に至るまで固定ファンが付くほどの人気の程は堅苦しい全校集会の異様な出席率の良さからも窺い知れる。
そんな彼らが壇上を占拠し、口上を述べる姿は生徒たちにとってしてみればいわば眼福の時間。
中でも会長と一年ながら抜擢された副会長の人気は男女問わない。というよりも、両方とも女子生徒ながら、前者はお祭り好きで生徒に対して分け隔てなく面倒見も良い姉御肌、後者は群を抜いた容姿に加えて育ちの良さを言葉なく振る舞うカリスマ性から、性別を越えた魅力があった。正反対な雰囲気を醸し出しながらも、掛け合いは抜群。会長が広げた風呂敷を副会長が綺麗に畳む手腕はお手のもので、この日も例に漏れず、副会長の締め文句が集会の終了を告げた。
滞りなく会も終われば、生徒たちは今日の役員の様子やはたまた雑談に花を咲かす。ざわざわと生徒達が体育館から退場を待つ中、役員達も後片づけをそそくさと始める。
この時、今日も立派に役目を務め生徒諸君にその姿だけで活力を与えた副会長――ルルーシュ・ランペルージは、一見いつもと変わらない様子だった。
――――が。
(…………痛い)
片腕を腹に回し、顔は険しい。痛いと言うよりも苦しい。
平素な振りをしていたが、内心ではこの場に蹲ってしまいたい気持ちでいっぱいだった。
(くそ…ッ)
胃が圧迫され子宮がズキンズキンと唸る感覚に思わず心の中で悪態を吐いたがどうしたってこの痛みからは逃れられない。血の気は引き、米神はガンガンと痛みを訴える。思考力は一気にダウンして、今はもう何をするにも億劫というよりも痛みでそれどころではない。
―――朝から嫌な予感はしていたのだ。
そろそろだと思っていたし、少し前からその兆候はあった。朝トイレに駆け込んだ時には既にそれは訪れていたけれど、今日は集会ということもあり構っていられなかったというのが実情。いつもは痛み止めを飲むなり予防策を講じていたのだが、タイミングが悪かった。
痛みは押し寄せるようにやってきた。本当は壇上にいた時から大分顕著になっていたのだが、そこは意地で平静を装い定期報告も終わらせた。元来のプライドの高さから、弱っている姿をさらけ出すなんて冗談ではなかった。
そして壇上を降りた今、緊張が解けてしまったのか…痛みは一挙にルルーシュの身体を襲った。せっかく耐えたのに、ここにきて―――しかし冷や汗を伴い呼吸をする度にズキンズキンと襲う痛みは我慢できる限度を超えていた。
「ルルーシュ?…どうか、した?」
側に駆け寄ってきたのは同級生だった。朧気になる視界でルルーシュは確認する。
「っ…」
痛い。抗えない。もう限界だった。
頭からすうぅと血が引いていく感覚。それを自覚するまでもまでもなくルルーシュの意識はそこで事切れた。
「ルルーシュ!!」
彼が叫んだことで片付けをしていた生徒会役員も驚愕から彼女に駆け寄った。更に体育館のざわめきは軽いものからざわざわと不安げなものが伝染した。
「ルルーシュッ!おいっ、ルルーシュ!!」
「スザク!無理に揺すらないで!」
駆け寄ってきた生徒会長――ミレイ・アッシュフォードはルルーシュを寸での所で受け止めたものの扱いが暫し粗雑な枢木スザクを一喝。ルルーシュの額に手を当て、温度を測る。
顔色を窺いつつ、症状に思い当たる節があったのか「この子は…」と溜息。
「会長!」
「大事じゃないわ。リヴァル、ルルーシュを保健室に連れて行くから後のことはお願いね」
「えっ?あっはい!」
「会長!ルルは…っ」
「大丈夫よ、シャーリー。カレンも、ニーナも。あーそこの副会長を心配してくれた生徒諸君も。ちょーっとばかし無理がたたったんでしょうね。保健室で安静にさせるから、みんなも騒いじゃダメよ。ルルちゃん安静の為、本日は仮病サボりの保健室使用、禁止!いいわね?」
元々アッシュフォード学園の保健医は大変変わった人物なので自ら関わろうとする生徒が少く、保健室利用のサボりは無きに等しいのだけれど。
「スザク、ルルちゃんお願いできる?」
「任せて下さい」
こくり、と頷いたスザクはルルーシュを腕に抱える。所謂、“お姫様抱っこ”というそれに、周囲の女生徒は小さな歓声。一部の男子生徒(と、生徒会長)は口笛。
「んー……中々絵になるわねぇ」
ぽつりと漏らしたミレイの言葉に反応する生徒はこの場には居なかった。
こんこん、と叩かれた扉に億劫そうな声が返ってくるのはアッシュフォード学園、保健室においてはいつものこと。
「はぁい〜いらっしゃ……………」
が、本日は少しばかり事情が違ったらしい。
ぐるり、と椅子を回した保健医は入ってきた3人の生徒に動きを止める。目をぱちくりとさせ、男子生徒の腕でぐったりとしている人物にその視線は縫い止まっている。
「……………って、なに?どうしてルルーシュでん‥君、が、気ぃ失ってるの?」
「それは私の方が聞きたいくらいですね、ロイドせ・ん・せ・い?」
いやに「先生」の部分が細切れで強調されている会長の口調に、ロイドは「あっはっはっははー?」と渇き笑い。何かしら含みのある遣り取りであることは一目瞭然なのだが、スザクはそれに気付いた様子なく。
「ベットは使えますか?」
と、聞かれたロイドは「ああ、うん」と答え彼もまた近寄ってルルーシュの様子を観察。暫し悩んだ素振りでミレイへと問う。
「……アレ?」
「アレ、でしょうね」
「アレ?」
首を傾げるスザクにロイドは「んじゃ、後は僕に任せて〜」とスザクに向かって手を振るものだから、彼は納得できずルルーシュが目覚めるまで居ると主張。
愉しそうに目の奥で笑ったロイドはと言えば、軽い口調で「スザク君さぁ」と言う。
「僕が許すと思う?」
その口調にスザクは怪訝にロイドを見た。彼は笑っていた。口元にゆるりと描いた弧。しかしその目が語るものが、スザクは読めない。
ざわりと波立つ胸の内。その真意を汲む前に―――ロイドはまた笑った。
「保健医といっても仮にも教師。生徒に授業放棄させるなんてするわけないでしょー?」
「っ……」
その台詞からはもう先ほどのような牽制する雰囲気はない。誤魔化しのような口調に嫌な違和感だけが残る。
それでもこの場に残ろうとするスザクの襟を引っ張ったのはミレイだった。
「もう、スザク!デリカシーのない男は嫌われるわよ!」
「デ、デリカシー?って、うわっ、会長!」
ごんっ!とか、がんっ!とか、痛々しい音を立てながらも気にせず引っ張られるスザクにロイドは「じゃあね〜」と手を振る。その姿にまた胸のざわつきを覚えたのだが、扉を閉められてはロイドどころかルルーシュの姿ももう見えない。
そこでミレイはスザクの襟をぱっと放す。して、顔面を付き合わせ人差し指を立てスザクに凄む。
「いいこと?ルルちゃんが心配ならせめて昼休みまでは大人しくしてなさい!ロイド先生がちゃんと看てくれるから、問題はないわ。お見舞したい気持ちはわかるけど今はルルちゃんを寝かせてあげること最優先なんだからね!」
そしてどこから取り出したのかミレイはマジックとプリントを取り出して裏面に『副会長、安静中!面会謝絶!by会長命令!』と書き込んだお触れをスザクの目の前で保健室の扉に貼った。この学校において会長命令は絶対命令。独裁政治と抗議する声がないのは人徳か権力か。ともあれ、会長命令が下された以上はスザクもまた引き下がるしかなく、未練がましく保健室を振り返っていたがミレイに押されるまま教室に戻ることとなった。
スザクの脳裏には血の気を失ったルルーシュの顔が離れず、腕にはまだ彼女を抱いた感触が残っていた。同時に、ロイドの牽制以外の何物にも見えない表情もまた、浮かんでは消えないままだった。
* * *
一瞬、浮遊感のようなものを覚えた。意識が醒めた時に感じたそれはしかし直ぐに消えた。
「……?」
鼻につく消毒液の匂いはもう慣れたものだった。しかししょっちゅう出入りしていた場所でもこうして見上げる景色は初めてだ。目覚めて直ぐはここがどこかわからなかったが、保健室だということはやはり慣れた匂いでわかった。
どうしてこんな所に自分は寝かされているのだろうか?と、ルルーシュは自問。
(………集会のあと、スザクが駆け寄ってきて……)
そこで途切れてしまった意識。倒れてしまったのか、と状況を把握。
下部に物質的な違和感を覚えて手をやってみれば、どうやら下着の下にタオルが敷いてあるらしい。制服とシーツを汚さずに済んだことにほっとした。
「起きましたぁ?」
頭上から声をかけられ、ルルーシュは頭だけを動かす。そうすればやはり見慣れた姿。
「……ロイド」
呼びかけて彼がにこりと笑ったところで、ちょうどチャイムが鳴った。
「……今、何限だ?」
「三限が終わったところですよ。ああ、一応必要な物はアッシュフォード嬢が持ってきてくれましたよ」
枕元に置いてありますとロイドが指差した先には、小さな包み。中身は推し量るべくもない。
「最近、一日目は結構辛かったんでしょう?大丈夫ですか?生理痛」
女の人って大変ですねぇと言うものだからさすがのルルーシュも眉を顰める。
「………みなまで言うな」
羞恥なのか呆れなのか、判別しにくい表情で唸るルルーシュにすみませんとへらりとロイドは謝罪。その時、背後でカタンと音がしたがまだ寝起きのルルーシュは些細な音には気づいた様子がない。ロイドがふと顔を音の方へと向ければ、扉の向こう、半透明のガラス窓からは特徴的な髪型がうっすらと見えた。
「………」
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありませんよ」
ロイドの妙な沈黙に首を傾げたルルーシュだったが、ロイドは何もないと首を横に振る。目を瞬かせるルルーシュの気を引こうとロイドは「それにしても」とにんまり笑った。
「ルルーシュ殿下が倒れたなんて本国にバレたら、速攻で連れ戻されそうですね」
「なっ!」
「ああ、シュナイゼル殿下あたり、政務ほっぽりだして見舞いにくるかも知れませんねぇ」
ロイドの言葉にルルーシュは心底慌てたように声を上げる。
「たっ、頼むっ!頼むから兄上だけには知らせないでくれ…っ」
「でも僕、ルルーシュ殿下のことは逐一報告入れろってあの人に脅されてるんですよ〜?」
「ロイドっ!頼むから兄上だけには言わないで!お前の好きなプリンでも何でも作ってやるから兄上には今日のことは…っ」
半身を起きあがらせて懇願するルルーシュからは必死さが伺われて。それが異母兄に知られたくない、心配させたくないという気持ちからか、或いは本国に連れ戻されたくない気持ちからかは定かではないが、ロイドはまた意地悪く笑った。元々ロイドはこの件を彼女の異母兄に報告するつもりなど更々なかったわけで(原因はわかりやすすぎる単純なもので且つこの程度で彼女を連れ戻されてはロイドも溜まったものではない。ついでに連れ戻されるまではなくともネチネチ文句言われるのは御免だった)異母兄に報告すると脅したのはお灸を据える意味もあった。
「では殿下、約束して下さい。集会も大事かもしれないけど、何よりも先ず御身を大事にすること」
「………善処する」
「あと少しでも体調が悪くなりそうなことがあれば僕に話してくださいね。そうじゃなきゃ僕、何の為に医師免許とってアナタと暮らす権利もぎ取ったかわからないじゃないですか」
「………趣味だと思っていたのだが…」
「これくらいのオプションがなきゃあの人がルルーシュ殿下を僕に任せてくれるわけがないじゃないですかぁ」
それでも最後まで渋られたし毎日定期報告は欠かせないけど、とグチるロイドにルルーシュは呆れ溜め息。
その様子にロイドは笑いながらルルーシュの頭を撫で、「もう少し安静に寝ていて下さい」と促す。まだ本調子でなく大人しく横になったルルーシュに布団をかけながら、彼女の手を取った。
「どんな些細なことでも、貴女がお倒れになったらどれだけの人が心配するか、わかってらっしゃいます?」
「……すまない」
ロイドの真摯な声は珍しく、それがルルーシュにまた罪悪感を芽生えさせたのか。どうにも自分に向けられる他者の好意というものに鈍感な彼女だから、言葉にすることが如何に有効かをロイドは知っていた。
「わかって下さったなら結構です、我が君」
ロイドはルルーシュの手の甲に口付け。ルルーシュもまた、慣れた仕草でそれを享受。
「…その呼び方は止めろと言っただろう…」
「だからたまぁにしか言ってないじゃないですかぁ」
へらり、と。緊張感の欠片もなく宣うロイドに再びルルーシュは溜息。果たして何度目の遣り取りかと呆れるルルーシュにもロイドは「まあまあ」と子供をあやす仕草でベットを叩きながら、視線だけで扉の方を確認した。
既にそこに人影はない。音も立てず立ち去ったのがどのタイミングかはわからないけれど――――
「………立場を弁えてもらうくらいはしないとねぇ」
「?何か言ったか?ロイド」
上目遣いで問うルルーシュにロイドは「いいえ〜何も」と笑顔で答える。
「野良犬がね、居たみたいなんですよ」
―――もう居なくなったようだが。
ルルーシュの意識は朧気だった。さして気にする様子もなく寝入るルルーシュをロイドは微笑みをもって見守る。
(さて、お姫様が本物のお姫様だと知った彼はどうするんだろうねぇ?)
彼女を大事そうに腕に抱いてここまで運んできた青年に覚えた明確な対抗心が始まりだったのだろうか。思い出して、ロイドはまた小さく笑った。
学園パラレル、保健室編。
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発覚編に続きます。
きな子/2007.08.10