※にょた注意!
保健室編から続く。
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ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの公式記録は極端に少なかった。
同年に生まれたユーフェミア・リ・ブリタニアにおいては慈善活動が認められ数多くの雑誌にその功績が褒め称えられている。皇女という立場からはユーフェミアの実姉、コーネリア・リ・ブリタニアは武人という特殊な立場に就いていたが、武勲ひとつひとつが長々と語られていた。また他の皇女とて、目立った功績はなくともその母親の生家や後ろ盾となる貴族のステータスが埋もれるように並べられている。
そんな中、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの公式な記録はとにかく少なく、また奇異な部分もいくつか見受けられた。
彼女の母はブリタニア皇妃の中でも最も異質と言わざるを得ない、騎士候。つまり庶民出。ナナリー・ヴィ・ブリタニアという次女も彼女は出産していたが、階級意識の高いブリタニアという国、更に言えばその頂点とも言えるブリタニア皇族の中で騎士候という立場がどれだけ下位にあったかは想像するに容易い。
更にルルーシュの訪問先が全て第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアと被っていることに、公式記録を見ただけではなかなか気付けなかっただろう。その詳しい訪問目的は記されていない。機密事項扱いのそれは、第三皇女の公式記録としては些か不釣り合いなものがあった。
そして一般に公開されている情報だというのに顔写真が記載されていない。ブリタニア皇族は現在、100人を超える皇妃とその子供たちで構成されている為に大変数が多い。その中には取るに足らない者も居て然り、そういった類の者の記録は杜撰な面がありルルーシュもまたそれに連なる扱いなのかと思わせられる節があった。しかし帝国宰相の地位に就いているシュナイゼルと共に各国を訪問していると言うならば、その扱いは少々おかしい。
その答えとして、各国の要人ないし事情通ならば、ブリタニアの『黒の皇女』の噂を一度は耳にしたことがあるだろう。本国が皇女を表立たせない理由もある程度の推測ができた。
が、一般市民がそのような存在を知るべくもない。更に、帝国宰相の傍に付くことを許されるほどの人物がまさか他国の、小さな島国の学園に身分を隠して留学しているなど思うわけがない。
ここで重要なのは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがブリタニア本国においてどのような立場に立っているかなどではなかった。
ルルーシュ・ランペルージの本名が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであること。即ち、歴としたブリタニア皇族であること。第17位と下位ながらも皇位継承権を有した、皇女殿下であること。
枢木スザクは行き着いてしまったその事実に、とりあえず愕然とした。
(ルルーシュが皇女殿下……?)
何の冗談だ。スザクはそう思ったが、冗談などではないことは他ならぬ自分がわかっていた。
先ほど、朝の集会で倒れてしまったルルーシュの見舞いに向かったところで(ミレイに昼休みまで待てと言われたが到底我慢できず三限が終わった時点でスザクは教室を後にしていた)扉の向こうから聞こえてきた会話。
扉に掛けていた手を思わず止めてしまったのはルルーシュが目覚めていたことを察したからだったのだが、おそらくそれが失敗だった。
ロイドは気づいていたのだろう。気づいて、わざと普段通りの会話をしたに違いない。おそらくはスザクに真実を突きつけるために。
以前はその関係を秘匿していたロイドが何故、今日に限ってこんな形でスザクに教えたのかはわからない。しかしスザクは知ってしまった。否、与えられた情報から調べてしまった。
(ルルーシュとロイド先生はブリタニア出身。殿下、と呼ばれるのは皇族の証。第二皇子シュナイゼル殿下をルルーシュは兄上と呼んだ。)
ロイドの口調は明らかに従者のものだった。そして臣下の忠誠を当たり前のように受け取ったルルーシュ。冗談で行われる行為とは決して考えられないそれ。ロイドがルルーシュの手の甲に口づけをする影を思い出して、スザクはぎりと拳を握った。
(こんなの……っ)
まるで道化ではないか。スザクは自分の置かれた立場に苛つく。
騙されていた?
ルルーシュに対して覚えたのは怒りだったのだろうか。
見下されていた?
ロイドに対して覚えたのは悔しさだったのだろうか。
(僕、は、俺、は、俺、は…ッ)
憤りがあるのは確かだった。しかしそれが誰に対してのものなのか、何に対してのものなのか、スザク本人にもわからない。
ただ、ただ嫌な汗ばかりが背中を伝う。焦燥感が募る。やるせない。
しかし思い出すのは、この腕に抱いた時のルルーシュ。細い身体。自分の前ではひとりの女学生でしかなかったルルーシュがいきなりブリタニアという大国の皇女だと言われたところで、スザクはその事実を受け入れることはできなかった。
そうして気付けば再びその場所に戻って居た。
「や。来ると思ってたよ」
くるり、と、ノックもせず入ってきたスザクを咎める様子なくロイドは迎え入れる。
既に窓の外は夕暮れだった。授業終了のチャイムはもう何時間も前に鳴り終え、部活動に励む生徒の声が校舎に響いている。しかしそれもどこか別世界のもののような気がした。世界から自分だけが切り取られるような奇妙な感覚。
「………ルルーシュ、…は、」
「帰ったよ〜。そんなに大したこともなかったんだけど、一応念のためアッシュフォード嬢がタクシーで送ってくれたから」
僕は残業、と肩を竦ませる相手を無視して、スザクは聞き慣れない「アッシュフォード嬢…」という呼び名を反芻。そうすればロイドは事得たりとにんまり笑った。
「そ。ルルーシュ殿下の御母堂、マリアンヌ皇妃の後見として、今はルルーシュ殿下をこの地で預かってる子爵家」
あっさりと暴露するロイドにスザクは驚きを隠さない。そんなスザクもロイドは愉快そうにしか見ない。
「調べたんでしょ〜?だから僕の所に来た」
「………どうして、僕にばらしたんです?」
わざとだったのだろう、と言外に聞くスザクにもロイドはあっさりと答える。彼にしてみればこれは予想の範囲内の会話でしかないのだろう。
「そろそろフェアじゃないと思っただけ。君も後からまさかルルーシュ殿下がブリタニアの皇女様でしたぁ!なんて聞かされるの嫌でしょう?」
「……身分差弁えて早々に諦めろとでも言いたかった、ということですか?」
「それもあるかなぁ」
何の衒いもなく肯定するロイドにわずかばかり沸き上がる熱。
諦めろ、と。言うのか、この男は。
「どこまでたどり着いたのかは知らないけど僕が君に知って置いて欲しいのはひとつ。覚悟がなければ彼女には近付かないこと。これは君の為の警告。」
「覚悟…?」
「うん。命さえも投げ出す覚悟」
「ッ!」
ロイドは平然と言った。笑いながら、それが当たり前のことだと言うように。いくら日本国首相の息子であろうとも一介の学生でしかなかったスザクにしてみればそれは唐突すぎる忠言。
クラスメートだと思っていた女の子が大国の皇女で、彼女に想いを寄せるなら命を投げ出す覚悟をしろなど、非現実的にも程があると思わざるを得ない。
しかしこれは現実で、スザクに突きつけられたのは選択。
「ま、命を賭けろっていうのは流石に大袈裟だったかもしれないけど、有り得ないことではないからねぇ。あの方、敵多いし……その分ガードも堅いっていうか味方がアレだしねぇ。あ、君の場合殿下の味方が敵になるかもしれないしね」
うん、やっぱり命の危険はあるかもね。
物騒なことをさらりと言いのけるロイドに最早口を挟む気にはなれなかった。与えられた情報で混乱している中、これ以上どうしろというのだ。半ば八つ当たりに近い衝動さえ覚え、スザクは拳を握る。
考えがまとまらない内にスザクはロイドに頭を下げてその場から走り去っていた。
逃げ、だった。
スザクは走って逃げた。―――知らなかった頃には戻れないことを深く、思い知りながら。
学園パラレル、発覚編。
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……まだ続く。(予定外)アッシュフォードの爵位は子爵あたりで。
きな子/2007.08.13