幼なじみに心配してもらうのがありがたいのと同時に罪悪感。どうにもあれ以上、異母兄のことを聞かれるのが居心地悪くて逃げてしまった――と言いながらクラスメイトに呼ばれたのも確かであって、すべてが意図的ではなかったにしろ、そういう気持ちがあったのも正直なところだった。
何故?
ルルーシュにとってスザクは最も信頼できる友人だった。幼い頃からそれこそ本当の兄弟のように育ったのだから、彼に言えないようなことは何一つない。隠し事だってしたことないし、したところでお互い隠し通すことは不可能だったろう。それくらいに近い存在。正反対の考え方は衝突することも多かったけれど、その都度、歩み寄った自分たちはだから今がある。
そんな相手から、逃げてしまった。否、逃げたつもりはない。だがあれ以上、異母兄について言及されるのが嫌だった。
何故?
(……俺がわかってないことを、言えるわけがないだろう)
大丈夫?危なくない?
そんなことは自分が聞きたい。今だってどうして異母兄の手を取ったのかルルーシュはよくわかっていない。
彼が何かしら企んでいるなら、外側から探る手だってあった筈だ。どうしてあの時、その選択をしなかったのか。おそらく自分が断固として断れば異母兄も無理強いはしなかっただろう。―――果たしてそうか?彼はその目的が何にしてもルルーシュを保護するつもりだったのではないだろうか。自分にそれを拒むことはできたか?相手の方が一枚も二枚も上手なのは認めざるを得まい。ならばやはりどうして彼は自分を?
(……………堂々巡りだ)
ルルーシュは溜め息。すると横から悪友たるリヴァルが目敏く…というよりもずっと話しかけていたのに上の空で無視された挙げ句、しまいにはそんな物憂く溜め息吐かれて気にするなというほうが無理な話。「溜め息なんて吐いちゃってどうしたー?」と話しかけてきたリヴァルにルルーシュは横目を向けるだけで答えた。
「……いや、何でもない」
「そういう態度、聞いてちょーだいって言ってるのと同じってわかってる?」
「………」
まあ無理に聞くつもりはないけど、と付け加えるのがリヴァルの良いところだろう。どこかの誰かと違って根ほり葉ほり先ず聞かない。…むしろどうせ後でどこかの誰かが面白いことなら言い触らすだろうからその時でいいかとか思っているかどうかなんてことは今のルルーシュにはわからない。
「……ああ、そうだリヴァル。悪いが当分、火遊びにはつき合えない」
「ええっ?!何で!だってお前、今日からスザクんとこに居候だろ?!遊び放題じゃん!」
「事情が変わったんだ。スザクのとこに居候はなくなった」
「はぁ?!」
驚き大層なリアクションをするリヴァルにもルルーシュは極めて冷静に言い放つ。スタスタと歩くルルーシュを慌ててリヴァルは追いかけるが、勿論相手は待ってくれやしない。
「ちょっ、おいっルルーシュ!スザクんとこ行かないって何で?!」
「何でも何も事情が変わったんだ」
「事情って何!」
「プライベートだ」
とりつく島もない。こんな様子じゃ事の次第を聞き出せるわけがない。そう思ったリヴァルだが、辿り着いた先は生徒会室。リヴァルの質問を聞き流し答えようとしなかったルルーシュがその扉を開ければ、思いも寄らないところからリヴァルの求めていた答えは降ってきた。
「ルルちゃん!玉の輿おめでとう!」
「…………は?」
扉を開けた瞬間ルルーシュの眼前にやってきた彼女がどのようにしてタイミングを見計らってたのか疑わずにはいられない。
しかも何を言い出すかこの人は。
ぽかんと間抜けに口を開けたのはルルーシュで、背後のリヴァルもまた呆気にとられていたが立ち直りは彼の方が断然早かった。どこかの誰かさんのお触れを期待したのは正解だったらしい。
「会長!リヴァル・カルデモンド、詳しい説明を要求します!」
「ふむ、それでは教えて進ぜよう。ルルちゃんてば、玉の輿よ玉の輿。とんでもない大物に嫁入りしたんだから」
「俺はどっか嫁に行った覚えもなければ玉の輿に乗った覚えもないんですが!」
「あら、似たようなもんじゃない」
「ルルーシュ、お前、どっかに売られたのか?!だからスザクんとこ行かないのか?!」
「そこっ!変な勘違いするなっ!」
びしっと指を指して先ずリヴァルを黙らせる。もうひとり、元凶を黙らせるのはルルーシュも一苦労。むしろ何故知っている。いや、理事長の孫娘なら知っていても全くおかしくないのだが、なんだかとてつもなく嫌な予感。
「……………会長。どこまで知ってるんですか?」
「ふふん、このミレイさんを誰と心得る。ルルちゃんが気にしてそうなことは殆ど調べ尽くしてあるわよっ」
「………」
この好奇心旺盛すぎる上に面白いことに目がない女傑はどこから仕入れてきたのかとんでもない情報を何てことのないように持っているのだから恐ろしい。
押し黙ったルルーシュに満足したのか、踏ん反り返ったミレイはにやりと笑う。
「それにしても本当にルルちゃん、とんでもない大物に目をかけられたものね?」
どうやったの?と大変人聞きの悪い言い方で聞くミレイにルルーシュはふて腐れたような態度。
「知りませんよ。向こうが勝手にやって来たんですから」
「シュナイゼル・エル・ブリタニアっていえば、その筋じゃ相当な有名人よ。ブリタニアの次期当主って噂もあながち嘘じゃないんだから」
「………らしいですね」
ブリタニアといえば世界中でも有数の大企業を抱える一族。その実力主義経営は近年ますます頭角を現しており、次期当主と噂されるほどの人物なればどれほどの傑物かと一般人には想像も及ばない。筈、だった。
「俺も姉さんに聞いて初めて知りましたよ。あの人が本家の次男だったってこと」
「まあ変わり者でも有名みたいだしねぇ?ルルちゃんも知ってるでしょう?うちの大学部の研究室」
「……スザクを実験体にしてたり会長の32回目の見合い相手の」
「余計なことは覚えてなくてよろしい」
「ロイド・アスプルンド?あのマッドが何か?」
「あそこのパトロンも彼よ。というより、ロイド博士と旧友なのよ、彼」
「…………………マジで?」
「マジ。何ならロイド博士に直接話聞いたら?お兄さんの面白い過去が聞けるかもよ?」
むしろ聞きたいのは彼女の方ではないのかと思わせられる笑顔の前にルルーシュはしばし呆然。噂のロイド博士と異母兄が旧友と聞いてショックだったのは、それだけ件の博士に対するルルーシュの印象がよろしくない為か。
背後で黙って二人の会話を聞いてたリヴァルはといえば、ここでようやく口を挟むタイミングを得たのだろう。
「なに?ルルーシュって兄貴がいたの?」
できるならば言いたくなかったのだが、どこかの(以下略)のお陰で、隠した意味が全くなくなってしまった。
「………いたというかできたというか出てきたというか………」
「なーる!それでスザクんとこ行くの止めて、スザクはあんな落ちこんでたってわけか」
教室でルルーシュを呼んだ時、傍らに居たスザクと妙な空気だった。リヴァルがルルーシュを呼んだところでいつもならスザクもセットのようにくっついてくるのに、ルルーシュが今日に限って置いてきた理由はここにあったらしい。
ようやくすっきりしたところでリヴァルはルルーシュの肩を叩いた。気安い仕草はルルーシュが彼に心を許してる証拠でもある。
「まっ、何か困ったことがあれば何でも言えよ!」
「おっ、リヴァルったらおっとこまえー!」
「……お前って本当に良い奴だよなリヴァル……」
ノリで突っ込むミレイを横目に流し、悪友もとい級友の親しみ溢れた心にルルーシュは感嘆。
「あら、ルルちゃん。困ったことがあれば私だっていくらでも力になるわよ?」
「嫌ですよ。会長に言ったら何されるかわかったもんじゃないんですから」
「ま!ルルちゃんたらかわいくないんだから」
なんだか前にも聞いたような科白だ。男たるルルーシュが可愛いと言われて嬉しくも何ともないことを承知で繰り返しそれを言うのだから全く質が悪いというのだとルルーシュは思う。
「かわいくなくて結構です」
「…でもこの前の男女逆転祭りの時のルルーシュはかわいかったよな…」
「でしょー?!やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」
「…………会長、また何か変なこと企むつもりならこちらも全力で対抗しますよ」
いつもと変わらない会話の応酬。気付けば遠くなっていた日常にようやく帰ってきた気がして、ルルーシュはこそりと安堵の息を吐く。直に他の生徒会メンバーも集まるだろうと思うとなんだかどっと安心した。もう少しでやって来るだろうスザクともこれならば普通に話せるだろう。――いや、彼のことだからしつこく説得してくるかもしれないが、その時はその時か。
ルルーシュは戻ってきた日常に万感の思い。
但しそれが放課後までの僅かな時間でしかないことを都合よく忘れられない辺りが損な性分だった。
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きな子/2007.07.29