「……ああ、驚かせてしまったかな?」
苦笑い混じりに肩に触れてきた相手に、ルルーシュははっと遅い反応を返した。しかし何か声を出そうとしてもそれは空に消えてしまう。シュナイゼルはそんなルルーシュの反応にも「仕方ない」といった素振りで続ける。
「突然のことで君も驚いたと思うが、まだ学生の君をひとりにさせるわけにいかない。然るべき、というわけにもいかないが」
苦笑。今ここで初めて会った異母兄は遠慮がちに語るがその口調は否を許さない響き。
「私は君の保護者という形で君を引き取りに来たんだ」
いいね?と言った相手の意志はまるで既に確定しているようだった。
ここで慌てたのはもちろんルルーシュだった。突然やってきた身も知らぬ“異母兄”がいきなり保護者を申し出てきたところで大人しく従うわけにもいかない。聡いルルーシュは何か目的があるのかと思ったが、自分を引き取ったところで先ず相手にメリットがあるとは思えなかった。姓名から考えるに父の籍に名前を連ねる異母兄と名乗った相手は、その戸籍からも身なりからも経済的な問題はないと見える。無論ルルーシュは僅かな財産は持っているがそれもなけなし程度にしかない。考えられる可能性として金銭を狙ったようなものではないのだろう。
ならば何か。ルルーシュ本人に義兄に引き取ってもらう覚えはない。自分でないならば母か?そう思ったが、ルルーシュは異母兄のことに関して母から聞いたことはなかった。
「あの、有り難い申し出ですが、おれ…‥僕は、あなたと面識はないのですよね…?」
「やっと話してくれたね」
「………」
あまりにも唐突のことで自分が一言も発していなかったことに相手の言い分で初めて気付く。若干嬉しそうに微笑む相手にルルーシュは更に当惑。
面構え通りに相手を信じるような愚をルルーシュは犯すような人間ではなかった。
母子家庭に育ったルルーシュは常に母妹を守る心づもりを抱いていたし、基本的にルルーシュは周りには好意と同じくらいに悪意も蔓延っていることを幼いながらも理解していた。だから初対面の相手を信じるような真似はしなかったし、彼の幼馴染みに言わせればまるで猫のような警戒心の強さを持っていると言われたことがある。流石にこの年齢になればあからさまに態度に出すことはなくなったが、その分、選別の目は厳しくなった。第一印象、また二言なり話せば相手の思惑は大方知れる。
――――ところが目の前の相手が全く読めない。そのことがこの場においてルルーシュは大問題だった。
穏やかな態度、柔らかい物腰は疑うべくもない。しかし真っ向から信じるにはこの青年は潔癖すぎた。表面上は紳士の相手こそ、ルルーシュは警戒をより強めずには居られない。腹の内が読めない相手ほどに怖いものはないからだ。
「……随分と私は警戒されているようだね」
困ったように眉尻を下げる相手にもルルーシュは絆されるわけにはいかない。
「……あなたが父の息子で私の兄だとして、その証拠を今出せますか?」
「それは勿論。何なら…そうだね。コゥかユフィにでも確かめてみるかい?ああ、ナナリーにもここへ来る前に会ってきたよ」
「ッ?!」
ルルーシュの動揺にも関知しない。むしろ確信犯に見える素振りはより猜疑心を抱かせる。
「可愛らしい子だね。さすがマリアンヌ女史の娘だ。……でも見た目は君の方がより彼女に似ているのかな?ルルーシュ」
「っ!母をご存知なんですか?!」
驚きから目を見開くルルーシュにシュナイゼルは鷹揚に頷く。
母親の仕事先は確かに父親の会社に属していたがほぼ独立していた為に本家との関連はなかった筈だとルルーシュは記憶している。異母姉が母の下に居たのはただの偶然だった筈だ。
「とは言っても1、2度、話したことがあるとか、そんな程度なのだけどね。彼女の会社と私が経営している会社には取引があって、その時にたまたま彼女と会ったんだよ」
「経営……」
経営しているということは、取締役か。或いはそれに連なる立場か。
相手に聞こえない程度に呟いたのだが、ルルーシュはその情報に目眩を一瞬覚える。
「私としては些か気まずい面もあったのだが、彼女はそんな素振りは見せなくてね。…強い女性だったのだろう」
「………はい。母は私と妹のナナリーをひとりで育ててくれました。感謝、しています」
何を思ってかシュナイゼルは目を細めルルーシュをみる。そして撫でられた頭に、ルルーシュは何事かと相手を凝視。するとシュナイゼルは「ああ、済まない」と言いながらゆるりと手を離した。
「いや、弟が居たらこんな感じなのかと思うと嬉しくてな」
「………他に兄弟は居ないんですか?」
「いや?ひとり、なかなか面白いのが居るよ。今度ルルーシュにも会わせよう。きっと彼もルルーシュを気に入ることだろう」
ルルーシュが、ではなく、ルルーシュを、と主語はもうひとりの弟(ルルーシュにしてみれば兄かもしれない)なのか。
「………いえ、あの」
何か噛み合ってない気がするのだが、取り合ってもらえる様子もない。何だかこのままなし崩し的にこの青年に引き取られることになりそうな気配にルルーシュは内心で焦りを覚える。そもそもイレギュラーに強くないルルーシュにとって、この状況は後手に回るしかない不利。突然現れ自分を引き取ると言う異母兄に対して打つ手を思い浮かばない。
「……と、とにかく、あなたが俺の兄だったとしても、俺はあなたの世話になるつもりはありません」
そもそも先ずそれを言ってなかった。しかしそれさえもシュナイゼルは予想していたのか、彼の態度は揺るがない。
「それで君はどうするつもりだい?」
「……少しばかりは貯えがあります。学費の方も問題はないので、落ち着いてからアルバイトなりをするつもりで……」
「住む場所は?この家はもう買い主がついているのだろう?」
「………よく調べていますね」
ルルーシュの皮肉にもシュナイゼルは目を細めるだけ。
「……しばらくは友人のところに泊まらせてもらうつもりでした。その後のことは…まだ、考えていませんが…」
しかし自分で処理できる。わざわざ初対面の異母兄に頼る程のことではないし、つもりもない。
言い張るルルーシュにシュナイゼルはわざとらしく肩を竦める。
「友人のところに転がり、先のことは考えていない。少しお粗末じゃないかな?…君にしては」
「…?どういう意味ですか?」
「いや、気にしないでいい。…そうだな、ではこういうのはどうだろう。私の下で働いてみないかい?」
「……は?」
はたまた思いも寄らなかった提案にルルーシュは目を丸くする。
「なに、簡単な事務仕事だよ。アルバイトを探していたのだろう?きちんと給料は出すし、衣食住も保証する。まぁ、私と共に暮らすということになるから家事類も手伝ってもらうことになるだろうが、それは構わないかな?」
「はっ?!いやっ、だから俺は…っ」
勝手に話を進めるシュナイゼルにルルーシュは焦り止めようと、したところで何の効果もない。
「君は優秀だとコゥに聞いたよ。何が君にとって有意義な選択か、間違えるような人間ではないのだろう?」
「………では、言わせてもらいます。俺はあなたが信用できない。そもそも何故、初めて会ったような腹違いの弟にそこまでの好条件を?……何か裏があるのかと疑うのが正しい選択でしょう、この場合」
そのルルーシュの答えにシュナイゼルはふむと首を縦に振る。
「尤もな意見だ。ではルルーシュ、君は何故私が君のことを引き取ろうと思ったか、わかるかい?」
「……それがわかればとっととお引き取り願っているところです。あなたの目的は何ですか?」
ルルーシュは長身の相手を見上げる。その視線には険が見え隠れしていながら、シュナイゼルは笑みで受け入れている。心なしか、愉しそうな表情。
「では、こういうのはどうだろうルルーシュ。君が私の下へ来る条件をもうひとつ追加しよう」
「………」
「いずれ君に理由を話そう。私が君のことを引き取ろうと思ったその理由だね。必ず、私は約束を破るような人間ではないよ」
「……それを信じろと?」
「今はそうとしか言えないな。これまでの話の流れから君自身が判断すればいい。少なくとも私は君のことを悪いようにするつもりは全くない」
それさえもシュナイゼルの言葉を信じるしかないけれど。
ルルーシュはしばし迷う。いくつもの状況を頭の中に巡らせながら、状況を判断。先程シュナイゼルが言った通り、ルルーシュは誤った選択をするほど愚鈍ではない。もしシュナイゼルが何かを企んでいるとするならば、それを放置しておくわけにもいかなかった。
「……いいでしょう。結びます、その契約」
そのルルーシュの台詞にシュナイゼルはくすりと笑う。胡乱にルルーシュは彼を見上げたが、どうやら単純に気に入ったらしかった。
「契約、か。うん、悪くない」
「……早まったと思ってもいいですか?」
「なに、決断はいつでも迅速にしなければならないものだよ。後は君次第だ、ルルーシュ」
最早、胡散臭さしか見えなくなった笑みの前に、ルルーシュはやはり早まったかもしれないと思う。と、同時に、何かが変わる予感はこの時からしていた。
こうして、初対面の筈だった異母兄との生活が幕開けられることとなった。
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きな子/2007.07.26