母が亡くなった。
母はとても強い女性だった。記憶に残る彼女の印象はその一言で十分に表されているとルルーシュは思う。
女手ひとつで2人の子供を育てた母をルルーシュは尊敬していた。母の優しさに包まれていた記憶はとても温かく、3人で暮らしていた日々はとても幸せなものだ。
残されたのはまだ義務教育中の妹と自分。それと僅かな財産。
幼い頃に疎遠になっていた父親の存在は知っていたが、ルルーシュは頼ろうなどとは一切思わなかった。母以外にも妾を幾人も持っていた男をルルーシュは父と認めていない。そもそも父親の方もまたルルーシュたちを省みることが一切なく、母の葬式にも便りのひとつすら寄越さなかった相手を父と思えと言う方が無理な話だった。
ただ、現実的な問題として、生活が厳しくなることには違いなかった。今まではルルーシュも普通に学校へ通っていたが、母が居なくなってしまった今は、それほど余裕があるわけがない。一時は学校も退学しようと思ったが、その昔、学校の理事長と母に縁があったこととルルーシュが優秀なことから学費の件は元々奨学生であるということも考慮され免除してくれることとなった。しかし生活面が苦しいことに変わりはなく、またルルーシュはできる限り妹に不自由な生活をさせたくなかった。残されたたったひとりの妹だ。大切にしたいのは当たり前だった。
これからどうすればいいのか―――ルルーシュは母の死は勿論ショックだったが、残された妹の為に直ぐに今後の生活のことを考えざるを得なかった。
母の葬式はひっそりと行われたが、弔問に訪れた人の数は多かった。彼女が生前、多くの人に慕われていた証拠だ。
その中でひとり、ルルーシュにとっても縁の深い人間が居た。
唯一ランペルージ家(父親と離婚した時点でルルーシュの一家はランペルージを名乗っている)と交流があった異母姉妹。
ルルーシュにとって腹違いの兄弟が何人も居ることは知っていたが、実際に会ったことはない。ただ異母姉だけは母マリアンヌと職場を同じくし、マリアンヌのことを尊敬していた為に彼女の実妹と共にランペルージ家にもよく足を運んでいた。ルルーシュもまたこの異母姉妹が純然な好意を向けてくれていることがわかっていたので、例え父親が同じ別腹のきょうだいだろうと彼女たちとはそれなりにうまくやっていた。
母の葬式時、異母姉はマリアンヌの死を悼んだ。そしてルルーシュにある提案をした。
もしよかったら自分たちの元へ来ないか、と。
その申し出はルルーシュにとって驚愕すべきと同時に、とても有り難いことだった。特に妹のことを考えると、悪くない話だった。
異母姉妹の家庭は裕福だったし、彼女たちの善意は疑うべくもない。まだ義務教育中の妹には保証された環境が必要だったので、ルルーシュはこの話をありがたく受け入れた。
ただし、異母姉に引き取ってもらうのは妹だけだった。
これはルルーシュが望んだことだった。
異母姉は問題ないと言ってくれたが、そうもいかない事情がいくつかあったからだ。
先ず、異母姉妹の一家は女系家庭だった。そんな中にいきなり若い男が入るのは外聞的にあまりよいことではないだろう。年頃の娘たち――自分たちのことを大切に思ってくれている彼女たちのことをルルーシュもまた心の底から慈しんでいる――に自分の所為で変な噂が立っては堪らない。何かあってからでは遅く、用心するに越したことはない。
もうひとつ、問題は彼女らの母親にあった。彼女らの母親はマリアンヌのことを好いてはいなかった。むしろ階級意識の高い彼女はマリアンヌの身分の低さを蔑んでいる節があったのだが、彼女は特にルルーシュのことを疎んでいた。自分の第二子が産まれる直前に産まれたのがルルーシュ。ルルーシュには異母妹がいたが、同じ年に産まれたことと若干ルルーシュの方が早かったことが大層気に食わない様子だったということをルルーシュは異母姉に直接聞いたことがあった。
だからルルーシュは自分をも引き取ってくれると言った異母姉の申し出は丁重に断った。妹と離れ離れになることは辛かったが、妹の環境を第一に考えるならばこうするのが一番だと判じたからだ。ルルーシュが居なければ妹に対する風当たりも悪くはならないだろうし、その点に関しては異母姉がしっかりとしてくれると約束してくれた。
またルルーシュは自分のことならば自分でどうにかできるという自負もあった。わざわざ異母姉に迷惑をかけることもない。
渋々ながら異母姉は了承してくれたし、何か困ったことがあれば直ぐに相談することと釘も差してくれた。また異母妹はいつでも遊びに来て良いのだと言ってくれ、それだけで十分だった。
ルルーシュは妹のことをくれぐれも頼むと頭を下げた。そうすれば異母姉妹は力強く頷いてくれたので、ルルーシュもまた安心した。
―――――妹としばしの別れを惜しみ、彼女は異母姉妹の元へと行った。
維持することの難しくなった家も売らなければならなかったので、そこを片付けして思い出の詰まった家ともさよならをしようとした、3日前のことだった。
その人物は唐突にルルーシュの前に現れた。
「君がルルーシュだね?」
見上げる程の長身に、その先は金色の髪と整った顔。瞳の色には何故か既視感を覚えた。
誰だ?と訝しんだルルーシュに青年は優雅な笑みを湛えて仰天するようなことを言い放った。
「初めて会うが、君の異母兄だよ。―――君を引き取りに来たんだ、ルルーシュ」
思いもよらなかった人物の来訪といきなりの申し出に、ルルーシュは驚愕のあまりただぽかんと口を開けて呆けるばかりだった。
青年は、シュナイゼル・エル・ブリタニアと名乗った。
→
きな子/2007.07.26