2.
――3、4限、保健体育。
ミレイがその騒ぎに気付いたのは、3限目の授業が始まってしばらくしてからだ。
せっかくジノというおもしろい人間がブリタニアからやって来たというのに(しかも理由がルルちゃんに会うためだけ! 騎士になりたいって宣言するためだけ! まあ簡単には認めないけどね!)普通の授業ではミレイがおもしろくない。一体今ごろ、どんなおもしろいことが起こっているのかしら! と思えば、授業を黙って受けていることすら我慢できなくなってしまいそうだ。どうせなら1日休みにして学園祭でも開催したいくらいだったけど、それではジノの『普通の学生生活を見たい』=『ルルーシュ殿下の学生生活を見たい』という要望を叶えてやることができない。さすがにミレイだってそこまで野暮じゃないし、彼がルルーシュの『普通』の学生生活をみることは、彼女の騎士になりたいと思う人間には必要なこととも思っている。
何せ、ルルーシュはミレイにとって大切なお姫様だ。亡きマリアンヌ皇妃に惚れ込んだ祖父が彼女に傅いて以来、アッシュフォード家はヴィ家の正式な後見人である。今は父が家督を継いで、ミレイは長子として跡継ぎの立場ではあるけれど、尽くすべき主と年齢がほぼ等しいということはミレイにしてみれば行幸だ。彼女の幸福のためなら尽力を惜しまない。アッシュフォードの誇りと、『ルルーシュ』の姉としての覚悟。もちろん、皇女であるルルーシュに騎士は必要だと思っているし、その人間は能力人格ともに優良でなくてはならない。それ以上に、ルルーシュを理解し、慈しんでくれる人間でなくてはミレイは認められないだろう。――ただし、他ならぬルルーシュ自身が、選ぶ人間であれば、おそらく何の問題もないだろう。(彼女が己の騎士に任命するには、実妹を任せられる人間だという条件が付き、その条件こそが最難関であり、ルルーシュの信頼を勝ち得る最たる条件だからだ)だからミレイはルルーシュの騎士選びに口出すつもりはなかったが、あまり本人が騎士選びに気乗りしない点についてはこっそりやきもきしていた。重ねて、ミレイはルルーシュに騎士は必要だろうと思っている。これまではルルーシュに相応しい人間が現れなかったから、表立って進言したことはなかった。けれど少しでも可能性がある人間が現れたならば、積極的に働きかけていくつもりだ。これぞ臣下の務め! さあて、どうしてくれようかしらね〜と、物思いに耽っていたミレイの肩を叩いてきたのは、背後の女子生徒。
「ねぇねぇ、ミレイちゃん。下、すごい騒ぎ」
「下?」
一応、授業中であるから小声で呼ばれて。促されるまま窓の下に視線を向けてみれば、そこには広々とした校庭が広がっている。全校生徒が揃っても悠々とするだけのある広さを持つ校庭は、たかが1学年が体育の授業で使用するにしても余裕がありすぎるのだが。今日は、いつもとほんの少しだけ様子が違っていて。
「なに? 何事?」
ミレイも、眼下の光景に目を丸くした。
アッシュフォード学園の体育の授業は数クラス合同による選択制。各々が数カ月毎に好きな種目を選択する方式になっており、人気の種目に生徒が固まることもままあるが、不思議な事にそれなりに分散するものだ。
が、今日は、まるで全クラスが集結したような人数が校庭に集まっていた。しかも、そのほとんどは競技に参加していない。――中央を囲うようして、黄色い悲鳴が目に見えるような。体育の『授業』としては、あるまじき光景。
ミレイのクラスでも窓際の生徒のほとんどが気付いたようだった。するとクラス中の興味が授業よりもそちらに向かうのはあっという間で、代表してミレイが窓を開ければ、他のクラスでも校庭の様子を窺っている生徒がちらりほらり。そして歓声。競技はサッカーのようだ。一見、遠目ではよくわからない。けれどよくよく目を凝らしてみると………
「ジノと……スザク?」
長身で金髪の1日転入生は遠目でもよく目立つ。そんな彼は敵チームらしい生徒の合間をすいすい縫うようにくぐり抜けて、軽くシュート。上から見てもその鮮やかさは圧巻だ。
一方、敵チームに属する、スザクも上から見れば一目瞭然だった。クルクルと特徴的な癖っ毛を跳ねさせて、ジノのような軽やかさよりも、パスをまるで味方ではなく自ら浮かして自らキャッチ、そのままダイレクトシュート! わっとさらにギャラリーは盛り上がり、気付けば校庭に面している教室の窓はほぼ全開、さすがお祭り好きな学生諸君だ。思わずミレイも口笛を吹いた。お前らチームプレイって言葉を知っているか? なんて突っ込みはナンセンス。ついでにサッカーはそんなに大量得点を稼ぐゲームでもないことも目を瞑っておこう。
そういえばとそんな突っ込みをすることが目に見えて思い浮かんだ人物の姿はギャラリーの中に見当たらなかった。
(まーたサボったわねぇ)
今ごろ保健室かしら? と、思いきや、意外なことに、白衣を着用した人物と女子生徒が校舎奥から連れ添ってやって来たことをミレイは上から確認した。おそらく校庭の騒ぎは保健室に届いていたのだろう。
ギャラリーからは外れた場所で、二人並んでその光景を眺めていることがわかった。
(ナイト様はお姫様のお眼鏡にかなうかしらね?)
もちろん、お付きの伯爵にも、後見人の自分にも、認められなければ話にはならないけれど。
「ねぇ、先生」
もはや、この教室も授業は放棄されたも同然。さらに生徒会長に呼び掛けられてしまえば、教師は早々に観念したような声音で「何だい、ミレイ君」と答えた。
ミレイ・アッシュフォード。この学園の権力の象徴。
彼女のクラスを受け持ったら、必ず通る通過儀礼。それも一度や二度じゃない、彼女が思い付いたその時に居合わせたら不運だと嘆くしかないだろう。
「せっかくブリタニア本国からはるばるお客様がいらっしゃってるのだから、今日の午後は全校でおもてなししたいなぁって思うんですけどぉ」
ミレイの提案を察したクラスメートは、祭りの開催に待ってましたと言わんばかりに歓声。
――この時点で、本日の午後の授業、全校自主学習が決定された。
…のだが、とりあえずそれを知っているのはミレイ・アッシュフォードのクラスだけであろう。
3.
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きな子/10.09.11