3.
――昼休み
「いやぁ、ジノ、お前すっげぇのな! スザクに対抗できる奴なんて初めて見たぜ」
自分より頭1つ分以上高さのある相手わ見上げながらも腕をバンバンと叩き賞賛を送るのは、先ほどの授業で大活躍を見せたジノに仰天したリヴァルだ。
この場合、世界一の大国ブリタニアの歴とした帝立士官学校を優秀な成績で卒業したジノに張り合っていたスザクの方こそを本来ならば誉めるべきなのだが、あいにく日本の学園に通っているリヴァルにとっては比較対象は常に化け物じみた身体能力を見せてきたスザクが基準になるのは仕方あるまい。ただし、ルルーシュはそれなりにジノの実力を正しい尺度で把握している。だからスザクの能力がジノと張るものだという事実を目の前で見せられて、こちらは心の底から驚いていた。この件に関してはもちろんジノも然りだ。
「いや、私の方こそスザクには驚かされた。本国でも私にこれほど拮抗した相手は同年代では居なかったからな」
「へぇ! すげぇじゃんスザク!」
あまりそのすごさがわかっていないだろうリヴァルは、ブリタニア本国からの客人が非常に気になって仕方ないようだった。
「それよりもお前、その喋り方。どうにかなんないの?」
「喋り方? …何かおかしいかな?」
「おかしい! いーか、お前、俺らのいっこ下だろ? 今日は特別に、同級生だとしても、だ! その貴族ぶった話し方はなしなし!」
ぶったも何も本物のお貴族様で、まさに貴族という貴族らしい人間ではあるのだけれど。
「そうだ、ジノ。お前の今日の目的は日本の学校を知ることだろう? 郷に入っては郷に従え、だ」
「ご……?」
「日本のことわざだよ、ジノ君。ブリタニア風に言うなら、ローマに行ったらローマ人に従えって意味かな」
「君は」
「シャーリー・フェネット。よろしくね」
挨拶の印にと差し出された手を、ジノは指の先で受け取る。それは握手にならず、落とされたのは手の甲にキス。
「はひっ?!」
「これはこれは可愛らしいお方じゃないか! お目に掛かれて光栄です、フェネット嬢」
「ルルルルル、ルルーッ?!!」
「…………すまないシャーリー。リヴァル、コイツに一般庶民の礼儀というものをたたき込んでやってくれ」
「オーライ!」
顔を真っ赤に染め上げたシャーリーの肩をぽんと宥め慰め、庶民教育は一番俗世慣れしているリヴァルにバトンタッチ。
スザクは一歩離れた席でカレンと共にそんな光景を笑いながら眺め、さらに離れた場所ではニーナがサンドイッチを食べながらパソコン作業に没頭していた。
「………そういえば会長は?」
賑やかな雰囲気だ。それでも何か足りない。見渡せば答えは簡単で、最たる陽気な人物が居ない。
「ミレイちゃんならちょっと職員室寄ってから来るって連絡あったよ」
「職員室?」
「多分、もう直ぐ来ると思うけど……」
ニーナの控えめな語尾はバンッ! と、豪快に開かれた扉の音にかき消された。
「――学園中噂の転入生君はいるかしらーっ?!」
「会長!」
派手に扉を開け放った彼女は真っ直ぐ長身のジノを捉えて歩み寄りながら。
「見てたわよ〜。さっすが、本国で鍛えられてるだけはあるわね! スザクもいい勝負していたじゃなぁい」
「……どうも」
控えめな答えは思うところがあるのか。
そんな反応のスザクにもミレイはにんまり笑う。
「それよりも、もうお弁当は食べたの?」
「え? まあ…」
「んふふ、ルルちゃんの手作りお弁当、味はどうだった?」
昼食のことなどまるで考えていなかったジノは、昼休みに生徒会室へ連れてこられ差し出されたそれに目を丸くしたのは数十分ほど前のことだ。まさか皇女殿下のお手製弁当など、恐れ多い…! など、言えるわけがないジノは「俺の作った弁当が食べられないとは言わないな?」と笑顔で攻められては首を縦に振らざるを得なくて。食べた料理は、絶品だった。聞けば、家事全般はほぼルルーシュが請け負っているのだと言う。それこそ皇女殿下が――! と、卒倒しそうな衝撃を覚えたものの、こんな手料理が毎日食べられるロイドが羨ましすぎる。と、正直を言えば、思った。その辺の心情を全て察していたのだろうミレイの質問には、素直に「毎日頂きたいくらい美味しかったですね」と答えた。
「おっと〜、これはプロポーズかしらぁー?」
「プロポーズ?」
「日本には、君のお味噌汁が毎日食べたいっていう求婚があるのよ」
「お味噌汁……?」
「お袋の味よ!」
「………ミレイちゃん、面倒くさくなるくらいなら最初から言わない方がいいよ」
幼なじみの控えめながら的確な突っ込みは華麗にスルー。
「まあまあ、お昼も食べ終わったならちょうどいいわ、ほらほらぁ、いつまでこんなところで油売ってるの、せっかくなんだから校内案内してあげなさいよ、スザクもそんなところでボケッとしてないで2人っきりで行かせちゃっていいのいいの? よくないでしょ? ほらあ、じゃ、楽しいアッシュフォード学園見学ツアー行ってらっしゃ〜い!」
と、ここまでされればいつもならば怪しいだの多何かしでかすつもりかと少は勘が働いてもいいものだったけれど、今日はルルーシュもスザクも、ジノというイレギュラーのせいで、我らの生徒会長が生徒会長たる最大な性格をうっかり見過ごしていた。ジノはもちろんミレイ・アッシュフォードの人となりなど詳しく知らない。
――して。
「………会長。3人を追い出して何を始めるつもりですか?」
残された生徒会役員。今まで沈黙を保っていた、正しく傍観者であったカレンは、じとりとミレイの動向を伺う。えっ?! と驚きの声を上げだのはシャーリーとリヴァルで、ニーナに至ってはいつもミレイの補佐役なのであまり事態を気には留めていないようだった。
「あらぁ、カレン。あなたも教室に戻って大丈夫よ?」
「巻き込まれるのは絶対御免なので、会長がここを動かない限りらチャイムが鳴ろうがここを動くつもりはありません」
「……シャーリーも、って、あら…?」
「会長っ! また何かよからぬことを考えてるんですかっ?!」
「よからぬことって失礼ねえ。私はただブリタニアからはるばるルルちゃんにプロポーズしにやって来たお客様をもてなしたいだけよぉ」
「プロッ……?! あっ、あれは会長が言い出したことじゃないですかっ」
恋バナに夢中になりやすいお年頃のシャーリーは、ぼっと顔を真っ赤に染め上げて。そのことじゃあないんだけどねぇ、と意味ありげに呟いたミレイをカレンは胡乱げに睨んでいる。どうやら彼女たちの参戦は望めなさそうかと早々に見切りを付けたミレイは、両手を机に置いた意味深な微笑みを浮かべた。
「…………ねぇ、ブリタニアの騎士って言えば、そりゃもう憧れの的よね?」
「そりゃ……」
答えたのはカレンだ。彼女は日本人とブリタニア人のハーフで、どちらかといえばブリタニアを疎んでいる節はあれど、ミレイを始めアッシュフォード学園の生徒や友人のブリタニア人、ひいてはブリタニア文化までを否定しているわけではない。特に女だてら武道を嗜む彼女にしてみれば、ブリタニア軍のある種、最高峰の栄誉を持つ『騎士』という存在は気になるところ。カレンですら、そうなのだ。一般的感覚、生粋のブリタニア人であればなおさら、ミーハーとも取れたってかまわない、皇族やそれに連なる肩書きは少なからずそういう役目もあるのだ。身を乗り出したシャーリーとリヴァルはもちろん、少し席の離れたニーナだって耳を傾け目を輝かせている。
「我がアッシュフォード学園の麗しの副生徒会長。そんな彼女を守るように両脇を固めるイケメン2人。こりゃもう、やることと言ったらひとつっしかないでしょーがっ!」
ふっと掲げた片手、が、ばんっ!と景気良い音を立てて机の上に広げられた。広げた風呂敷を上手に丸めていくのは、長年連れ添った幼なじみの役目。
「つまり……騎士ごっこ祭り………?」
「そのネーミング、いっただきぃ!」
「まんまじゃない……」
呆れたよう呟きながら、何にせよ自分が巻き込まれないことに越したことはない。そうなれば所詮は他人ごと。カレンは数分後にこの生徒会室を去ったことをひどく後悔するだろうクラスメート2人とブリタニアからの客人に、ま、がんばりなさいよ、と心ないエールを送った。
4.
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きな子/10.09.11