皇族付きの専任騎士になることに、基本的に地位や肩書きは必要ない。
簡単に言ってしまえば、主となるべき皇族が指名し、騎士となる人間が諾といえば成立する。例え平民だろうとも、騎士に任命された時点でブリタニアの最下位且つ一代限りとは言え立派な『騎士候』という貴族位が授けられる。
しかし騎士とは皇族の身を命を賭けて守るという使命を持つ故、従軍経験者が常識、例え従軍の経験がなくとも士官学校なりを出ていることが常である。そうでなくてはとてもではないが騎士など務まらないし、見掛けだけの騎士を持った皇族も過去に例がないわけではないが、ろくなものではない。
騎士とは、心身を主に尽くすべき崇高な存在。
生半可に務まるものでは、ない。
「士官学校に入るのに条件はあるの?」
「帝立士官学校に突然編入となれば、それなりに箔のある人間の推薦状などは必要だ。貴族位の人間の後ろ盾と身元保証は不可欠だな」
「貴族位……ロイド先生とか会長の名前でも大丈夫?」
「あの2人の家名ならいずれも問題ない。立派な保証人として務まる」
何せ、片方は伯爵位を持ち、片方は皇族の後見人を果たしている。士官学校の口利きには申し分ない家柄だ。
「へぇ……そんなにスゴかったんだ…」
「お前の家名でも十分話は通じるとは思うがな。国政に関わる家柄の人間がブリタニアの士官学校に入学することは珍しくない。社会勉強とコネクション作りには打ってつけだからな」
と、そこまで言って、ルルーシュの目が胡乱げにスザクを見た。
スザクの質問は唐突だった。
ブリタニアの軍ってどんな感じ? て言うか軍に入るにはやっぱり士官学校? 士官学校に入る条件とかあるの?
当然、ルルーシュはスザクの真意を疑問に思うはずだ。
「………お前、ブリタニアの士官学校に入りたいのか?」
まさか? と、かなり訝しげに聞かれ、スザクは肩を上げる。答えは、否、だ。
「アッシュフォード学園を中退してブリタニアの士官学校に編入する気は欠片もないよ」
「なら何でこんなことを聞く?」
「……興味、かな」
クラブハウスの一室。今、ここにはルルーシュとスザクしか居ない。
ルルーシュの素性を知ったことと、今まで特定のクラブに所属していなかったスザクが生徒会に籍を置くことになったのは、幾分か前のことだ。もちろん、この待遇はスザクにとっては幸運と言う他ない。放課後、当然の権利でルルーシュと共に過ごせるのだ。しかも授業外では大抵クラブハウスか保健室に入り浸っているルルーシだ。こっちなら目の上のたんこぶであるロイドも、いない。
興味? と、ルルーシュはさらに怪訝にひとりしかいない話相手を見る。
「ルルーシュの騎士になるには、従軍するか士官学校に入学するのが一番近道なんでしょう?」
そうスザクが言えば、ルルーシュは呆気に取られているようだった。ぽかんと口を開け、目を丸くしている。あまり見られる顔ではなく、そんな彼女の表情にスザクは胸が一度撫でられるようなくすぐったさを覚える。
「………お前もくどい奴だな。身を滅ぼす冗談は慎んでおけと言っただろうが」
初めて騎士制度と言うもの知ったスザクがぽろりとこぼした言葉。それを質の悪い冗談としてルルーシュは記憶しているようだった。スザクだとて、あの時のルルーシュの憐れむような目と、ロイドの馬鹿みたいな笑いは忘れられない。彼らにとって『騎士』とは先ず夢想のようなもの、越えれば、命の選択に関わるものだ。甘い気持ちで語れないことはスザクも薄々気付いていたし、ロイドの言っていた言葉も忘れられない。
「うん……騎士が簡単になれるものじゃないし、簡単に口にしちゃいけないものだってこともわかってるよ」
「なら、」
「でも興味があったっていいじゃないか。ブリタニアでは常識なんでしょう?」
と、言われてしまえばルルーシュだとて他人の好奇心をむやみに非難するつもりはなかったのだろう。口を噤んで、少しだけ不満顔。それも溜め息で吐き出された。
「………お前の興味がブリタニア史の方に向いていればと思わずにはいられないな」
「うっ」
非難するつもりはない。が、ここぞとばかりに嫌みは言わせてもらおう、と。
何故、今、スザクがルルーシュと2人きりかと話が多少戻れば、先日の小テストで赤点を取ってしまったが故だ。歴史なんて他人が教えるようなものではないが、ルルーシュは文字の塊のような歴史も筋立てて物語のように教えてくれる。さすがに幼少の頃からたたき込まれただけあるか、否、ルルーシュ自身がまさに生きたブリタニア史に刻まれている人間なのだから詳しくて当たり前でもあろう。
そんなこんなで、特に単位を落とすほど切羽詰まっているわけでもなかったので、膝をつき合わせてスザクはルルーシュに教えを請うている真っ最中というわけだ。
その話の流れで、再び騎士という単語が浮上した。なるほど、ブリタニア皇族にとって騎士とは非常に重要な存在らしい。歴史の節目節目で、騎士の存在は重い。他国との戦争において皇帝の盾となり剣となる。皇位継承権を持つ皇子皇女の骨肉の争い。庶民から騎士候に成り上がったら英雄。語られる騎士像は様々だ。
平和な学園で過ごす中、戦乱とは無縁。現状、ルルーシュの身に襲い掛かる危険なんて、ミレイの無謀無茶な祭りくらいしか思い当たらない。ひとたび皇女という立場のルルーシュの命が危険な目に遭った時、スザクは自分の命を呈して彼女のことを守れるかわからない。
(守りたいと、思う)
本音。
他の人間に、ルルーシュを一番に守る権利を渡すのは嫌だと思う。
一番側に居て、一番に彼女を守る存在。それが騎士だと思うのに、ロイドはスザクの考えが必ずしも正しいことではないように言った。
“騎士になったら結婚できない”
一番側に居て彼女を愛する存在と、一番に彼女を守る存在は別なのだと言う。それがいまいちスザクには理解できない。
そのどちらの役割も男なら当然、自分だけのものにしたいと思うだろう、と。
「スザク。お前、やる気あるのか?」
「へ?」
「上の空で聞かれても心外だ。やる気がないなら帰らせてもらうぞ」
と、うっかり物思いに耽ってしまっていたスザクに突き刺さっていた視線。咎められてしまえば姿勢を正さずにはいられない。すみませんやる気あります! だから帰っちゃわないでルルーシュ! と懇願すれば、彼女は不承不承と言った様子ながらスザクの勉強の続きを見てくれるようだった。
そういえば、とルルーシュが思い出したように口を突いたのはそれから10分も経たない頃だ。
どうやら先の会話はルルーシュの中でも尾を引いていたらしく、呟いた先を追いかけるようスザクは顔を上げた。
「お前と似たような奴が士官学校に入学したな…」
「え?」
「ひとつ年下の、お前みたいに犬っぽい奴だ」
「……犬……?」
「名門貴族の五男坊で、俺がアッシュフォードに来る前に士官学校に入学したんだ。まあ貴族で士官学校に入学するのは珍しくもないことだ。ロイドも士官学校を卒業してるし、同期生だったジェレミアとは在学中にずいぶんやりあったみたいだが…」
「やりあった?」
ジェレミア・ゴットバルト。自称、ルルーシュ殿下親衛隊長。名前だけはスザクも聞き覚えがあるけれど、ロイドとやりあったと聞いてもいまいち想像しがたい。白衣を着込んだロイドから軍人の匂いがしないせいだろうか。それにしてもロイドが士官学校を卒業していることは驚きだ。
「ああ。ロイドが散々怪しげな実験でジェレミアに煮え湯を飲ませたらしくてな。未だにジェレミアは……まあ、それはいい」
くつくつと喉を鳴らしながらも、ルルーシュはそこで一旦話を区切った。
話が逸れていた。軌道修正を図ろうとするルルーシュをスザクは「さっきの、士官学校に入学した、僕と似ているって人?」と手伝う。正直、スザクはそんな存在をルルーシュが口から発せられて心穏やかではなかった。ロイドとジェレミアの因縁なんてどうでもいい。ルルーシュが何を思って、自分と似ている、と思い出したのか――
「ああ。アイツは……」
と、そこでルルーシュはまた区切った。
視線が窓の方へと移動する。
スザクもその視線を追った。
窓が、カタカタと揺れていた。強風のようなものに煽られているせいだろうか。確かに窓から見える木々も影になって揺れている。……影?
ついでに、奇妙な轟音が響いているような。
何だと一度ルルーシュと顔を合わせて、2人で窓際へ寄った。
その時、室内が突然暗くなった。陽光を取り込む窓全体が影…何物か物体に遮られた為。
「なっ…」
影が通り過ぎる。窓を開ければ、突風に煽られた。
飛行物体の正体が、窓の下、クラブハウスの真ん前に鎮座している。
――それは小型飛行機のようだった。
「な……」
また呆気に取られたような声がスザクか、或いはルルーシュから発せられる。
学生の聖域に突如として現れた飛行機。一体どこの輩だ、とスザクが目を凝らして飛行機を検分していたら、突然、ルルーシュが呻いた。
「っ、あの、放蕩貴族が……!!」
え? と、スザクが振り向く間に、ルルーシュは背を翻していた。ええ? と、もう一度呟く間にルルーシュは走って部屋を飛び出していて、再び眼下の飛行機に視線を落としたスザクの目に飛び込んできたのは見覚えのない、紋章なようなもの。形は、先のブリタニア史の勉強中に教科書で見た、貴族の家紋に似ている気がした。
「っ! ぼうっとしてる場合じゃないだろ!」
ルルーシュが走って向かったのは、あの飛行機の元に違いない。何をボケッと突っ立っているんだ僕は! と自分を叱咤したスザクは、遅れて部屋を飛び出して――――辿り着いた先、クラブハウスの目の前で起こった光景に、鈍器で頭を殴られるような目眩を覚えた。
「ジノ・ヴァインベルグ!!」
ルルーシュは、飛行機から降りてくる人影に向かって叫んでいた。
飛行機に見た家紋から、ブリタニアの有力貴族の持ち物であることは間違いなく。その一家とルルーシュが面識あるのは、当主と家督を継ぐ長男、そしてルルーシュと年が近い五男。
こんな、非常識極まりない方法でやって来る相手が当主と長男であるとは考えも及ばず、見覚えあるシルエットが見えた時点でルルーシュは無理無茶をしでかして降り立った相手を怒鳴りつけていた。
が。
「――ルルーシュ様!」
2年近く振りだろうか。記憶よりも随分と縦に伸びた背丈にまず驚いた。しかし顔面いっぱいに広がる笑みは変わらず、日に浴びてキラキラ光る髪も記憶に残るままだ。昔、首筋まで伸びていたそれをルルーシュが冗談半分で結った髪型も、今は彼のトレードマークになっていた。
彼もまた、一番に現れたのがルルーシュであることに驚いているようだった。その驚き振りは、歓喜だ。
走り寄って、久しぶりの再会に勇む心は止まらず。
「ルルーシュ様!」
彼はルルーシュの目前まで走り寄って、そして何をするかと思えば、その場に跪いた。
顔には、恍惚と興奮と。
瞠目するルルーシュに、彼――ジノ・ヴァインベルグは、頭を下げる。
「ご尊顔を拝すること、恐悦至極に存じます」
「ばか、やめろ! 誰かに見られたらどうするつもりだ…っ」
焦るルルーシュからは相手に対する馴染みが感じられて。
しかし彼は彼女の焦燥を意に介さず、熱に浮かされたような瞳を一心に彼女に注いだ。
そして、告げた。
「ルルーシュ様、私をあなたの騎士にして下さい」
「…………………………は?」
スザクはその間抜けな声が自分か、ルルーシュから零れたものなのか、その判別もつかなかった。
ジノ・ヴァインベルグ、イコール、嵐到来。
----------------------------------------------
ジノ乱入の騎士編続き。ジノ五男坊末っ子は捏造。宣誓編に続きます。
きな子/10.04.12