神聖ブリタニア帝国には、頂点に君臨する皇帝を筆頭に、多くの皇位継承権を持つ皇子皇女が存在した。
世界の三分の一を席巻する、世界一の大国。その至上とも言うべき一族の彼らには、とある特権が許されている。
皇帝には12人の、そしてブリタニア王族の血を引き継ぎ、尚且つ皇帝に成り得る資格――皇位継承権を持つ者たちには、唯一無二の『騎士』を得るという権利。
騎士と選ばれた者は主に絶対の忠誠を誓い、主の為に一生を尽くす。但し、騎士になる者にも主を選ぶ権利があり、己の主として不服であればその申し出を断っても構わない。それは主もまた、騎士の主に相応しいだけの器量が求められるということだ。
己の騎士として、時には命を預けられるだけの存在を。そして騎士として己の命を預けるに相応しいだけの主を。――それ程に主従の絆が強くなくては、血生臭い権利争いが繰り広げられるブリタニア皇室では生き残れはしない。
故に、絶対の主に騎士として選ばれたし者は、栄誉ある一生となるだろうと云われていた。
「――実際、それ程までに恵まれている主従なんざ、そう簡単には拝めないさ」
世界一の大国、まさに至上の一族――ブリタニア皇室に名を連ねる皇女殿下は、無碍もなく庶民の夢を一蹴してくれた。
ちょっとギリギリなんじゃないかと思うくらいに短い丈のスカートか伸びた足がまたギリギリのアングルで組まれていたが、膝上のニーソックスのお陰というべきか所為と言うべきか真白に近い肌は僅かにしか垣間見えない。しかしそれが逆に白い脚を際立たせてしまっている為、ちらりちらりと気になって仕方ない。が、スザクはなるべくそちらに視線を向けないよう心掛けた。見たいのは山々だし、わざわざ見せつけてくれているのだから(例え本人無意識でも)ここは素直に拝んでも罰は当たらないとも思うのだが、如何せん厄介な人物が同席している以上健全な青少年の欲望も抑えざるを得ない。彼女の保護者を気取る青年は目下目の上のたんこぶだ。下手に見てしまえばその扇情的な光景から目が離せなくなってしまうことは間違いない。まだ変態のレッテルは貼られたくない。
して、スザクは自然を装って不自然なくらいにルルーシュの顔から視線を外さないよう心掛けながら会話を続けた。
「本国に騎士はいないの?」
「居るさ。そもそも殆どの皇位継承者は騎士を持っている」
「え? でも君、さっき」
「だからぁ、恵まれてる主従はいないって言ってたでしょうぅ?」
横からロイドが口を挟んでくれば、ルルーシュはそうだと肯く。知らないから教えてもらっているのに横槍を入れてくるロイドを恨めしく睨めば、拗ねた表情をしたスザクに何を思ったのかは知れないがルルーシュは直ぐに続けてくれた。
「そうだな…ラウンズはまた別だが、俺が知っている限りで理想的な主従と言えるのはコーネリア姉上のところくらいか」
「ギルフォード卿はコーネリア殿下命ですからねぇ」
「姉上自身が最前線を駆っているというのが大きいんだろうが、あそこは親衛隊も立派な働きをしている」
「親衛隊?」
また聞き馴染みのない単語。日本で生まれ育ち、ろくに他国の文化を知らない(首相の息子としては問題があるかもしれないが日本は世襲性ではないしスザク自身政治の世界にとんと興味がないから仕方がない)スザクは、興味津々にルルーシュの語るブリタニアの文化についてを聴く。ルルーシュもスザクの素直な反応には満更でもないのか、面倒くさそうな態度ながら随分と親切に教えてくれていた。ロイドはといえばこちらはあまり面白くもないのか、しかしスザクとルルーシュを2人だけで会話させるのが癪なように先ほどから茶々を入れてくる。
「親衛隊は皇族を守る一個隊みたいなものだ」
「騎士とは違うの?」
「騎士は皇族にひとりだけと決まっている。しかしひとりだけでの護衛には限度もあるし、騎士だからといって常に主と一緒に居るわけでもない。時に主の名代も務められる騎士だからこそ、騎士不在の時に皇族を守る小隊が必要になる。親衛隊にしても、やはりコーネリア姉上のところのダールトンに勝る者はいないな」
先ほどからよく名前が挙がるコーネリア第二皇女は、スザクも聞いたことがある。ブリタニアの魔女と畏れられる女傑…と記憶していたのだが、ルルーシュの態度を見ると随分と信頼しているように見える。聞けば、ルルーシュは頬を緩めながら「姉上は俺とナナリーの面倒もよく見て下さる」と、相変わらず『ナナリー』の名前が出ると彼女の機嫌は2割り増しだ。それこそ『ナナリー』のことを聞いた日には肌身離さず持っている小さなアルバムから延々と妹の可愛さについて語られた経験があったので、なるべく聞かないようにしている。否、もちろんルルーシュが嬉しそうに且つ幸せそうに妹のことを語る姿はそれこそ極上の表情なのだが、如何せん長い。そしてあまりにも幸せそうに……――それこそ、まるで恋人を語るような表情をする為、会ったことのない妹姫に思わず嫉妬を覚えていた日にはいつの間にかこんなにも彼女に嵌ってしまっていたのかと思い知る羽目になってしまった。だから、スザクはなるべくルルーシュの口から『ナナリー』の話は聞きたくなかった。会ったこともない、それも彼女の実妹に嫉妬なんて、不毛すぎる。
して、先ほどからルルーシュの騎士談義は続いていた。
曰わく、彼女が心酔するもうひとりの人間、第二皇子(こちらはもう遠慮なくスザクは危険視している。相手が男でしかも半分しか血が繋がっていない以上、遠慮できる相手ではない。――無論、今の自分が相手よりも格段に不利な立場なのもまた事実だったりする)は、未だに騎士を持っていないらしい。自ら先陣を駆るコーネリアと違い、後方で指揮に徹するシュナイゼルには確かに戦場での危険はおおよそ低いのだろうが(更に本人が戦負けしらずの知将だ)それでもいつどんな時に危険があるかはわからないのだから騎士は持つべきだ――とは、ルルーシュの言。それをスザクは軽く流す。誰が想い人が他の男の心配をしている姿なんて見たいものか。ついでに口を可愛いらしくも尖らせているルルーシュに思ったことは同じなのか、ロイドは「あの人の取り巻きは盲信者多いからわざわざ一人の騎士とか一個小隊とか必要ないんですよぉ」と言っていた。
だからスザクはついに聞いてみた。
騎士、と聞いてからずっと気にかかっていたこと。
――――皇族と騎士は、一生の伴侶にもよく似ている。
「ルルーシュ、は……騎士、は、いない、の?」
言葉にした途端、喉から腹の底にかけてひやりと熱くなる。急激に心拍数があがるのを自覚して、自分が緊張しているのだと知った。
一方のルルーシュはといえば、スザクの質問にきょとりと目を瞬かせて。ああ、と呟いた彼女の答えは。
「いない」
の、一言。
その答えに、スザクは胸の内がまたじわりと熱くなるのを感じる。
「いないの? 本当に?」
「? 念を押すようなことか? 兄上が騎士を持っていないのに俺が持つわけにもしかないし」
「あの人は殿下に騎士を持たせたがってるじゃないですか」
まあ騎士に殿下取られるのは本意ではないだろうから半分以上は自分を心配してくれるルルーシュ殿下を見たいが為のパフォーマンスでしょうけど。と、呟いたロイドの声をスザクはスルー、不思議とルルーシュの耳には届いていない。
「………それに俺が騎士を持つ理由はない。姉上みたく最前線にいるわけでもないし、今だってこんな暢気に留学できる身だ。信頼できる者もいるしな」
(あ)
途端、つきん! と胸に響く鈍痛。
一瞬、見上げたルルーシュの視線は確かにロイドを捉え、それを感じたロイドはにへらと締まりのない顔で笑う。
「嬉しいですねぇえー。 殿下に頼りにしていただけるのは!」
「誰が体たらくなマッドのことを言った。俺はジェレミアやミレイのことを言ったつもりだが?」
「そんな言い方しなくたっていいじゃないですかぁ。そりゃオレンジ君は自称ルルーシュ殿下親衛隊長だし、ミレイ嬢はアッシュフォードを今以上に盛り立ててく器量の持ち主だけどさー」
ふふん、と吊り上がったルルーシュの口元は自信に満ちていて、魅惑的だ。それが何から派生するものかなんて、そんなもの。
「俺は幸せ者だな」
「貴女に仕える者が幸せですから」
(………ちょっと待て。なんでこうなる)
いつの間にか置き去りにされている。気安く親しみが嫌ってほど滲む会話にはルルーシュのロイドに対する信頼(それこそ相当な)が見て取れたし、自分よりもよっぽどルルーシュと過ごした時間が長い(悔しい!)ロイドがそれに気付かないわけがない。
何だこれ。見せしめか。新たなイジメか。畜生、保健医はともかくルルーシュは他意がないから余計にショックなんだよ!
「ルッ、ルルーシュは…っ、……騎士は欲しくない………の………?」
噎せながら言ってしまった。しかもだいぶねちっこい聞き方だ。やってしまった、とスザクは思ったが、ルルーシュは聞き方よりも質問内容そのものが既にお気に召さなかった模様で。
お前もしつこいな、と訴えられたそれには、だって仕方ないじゃんと返すしかない。
「欲しくない。…というわけでもないが、必要性を感じないし、そもそも騎士として使いたい人間に会ったことがない」
“騎士と主は一生の伴侶にも似ている”
しかしルルーシュの言葉の裏には、彼女なりの騎士像があって、それにロイドやジェレミア、ミレイといった信頼を置ける相手が含まれないことを示唆していることにスザクはこの時はまだ明確にわかっていたわけではなかった。ただ、感じ取ってはいた。ルルーシュは優しい。そして厳しい。両極端の彼女は、信頼を置ける人間だからこそ、自分の騎士だけにはできなかったし、彼女は自分の騎士には相当な条件を強いるだろう。無意識といってもいいほどに。
彼女の騎士に対する理想は非常に高かった。
彼女自身が、おそらく自分は理想の騎士には出会えないだろうと自覚しているくらいに。
「どの道しばらくは気ままな学生の身だし、いずれ兄上の手伝いをすることになったとしてもやっぱり騎士を持つ気がしないな」
うんうん、と、頷くルルーシュはまるで自分の確信は間違っていないと再確認しているようでどうやら余計なことをまた言ってしまったようだ。が、そう簡単にはめげない。
「ルルーシュ」
「何だ?」
まだ何か聞きたいのか、少しげんなりとした顔。しかしやっぱりスザクはめげない。
そういえばロイドがいつの間にか静観の構えになっていたがそんなことも気にしてはいられない。
何で、って言われても困る。
そう思って、それが正しいと思ってしまったから、理由や理屈なんかは必要なかった。
「僕、ルルーシュの騎士になりたい」
間。
「…………………は?」
それは本当に驚いた。と、いうよりも理解できない、そして何を言ったのかが先ずわからない。そんな感じで呆けている様子だった。
こちらとしてはまあ覚悟はしていたけれど、何か言ってくれないと困る。ある意味で一世一代の告白だ。
――例え、その場の思いつきだったとしても。
それはとてもじゃないが直ぐに失せるような気持ちではないことは、他ならぬ自分自身がわかっていた。
目をぱちくりとさせてスザクを凝視するルルーシュは、無防備だ。じっ、と見つめられることに照れないかと言えば、状況が状況なのでだいぶ居たたまれなくはある。しかし答えが欲しい。できれば頷いて欲しい。舞い上がった頭には、ルルーシュの騎士として彼女の隣に立つ自分の姿が思い浮かばれて。
あ、なんだかとても素敵だぞ。
ほわんとちょっと夢心地を覚えたスザクを現実に引き戻したのは、ルルーシュの携帯電話に呼び出しがかかった為。ルルーシュも同じようで、機械音にまるで条件反射のように手を伸ばした。
「はい。…会長? 生徒会予算案に納得ができない部分? ああ、何に使われているか怪しい不透明な資金については削減させてもらいましたよ。はい? 今から生徒会室に? ええ、構いませんよ。直ぐに向かいます」
ぴっ、と押された通話終了ボタン。折り畳み式の携帯電話を閉じ、ポケットへと押し込む動作すら流麗だ。
そうして立ち上がったルルーシュは、ロイドに「それじゃあ今日はミレイに送ってもらうから」と帰りの手段を伝えて。はいはーいと受諾したロイドの態度も普段と変わりないもの。
え? と、首を傾げたスザクは、退出しようとするルルーシュの背中をただ見送るしかできなくて。振り返った彼女が、「ああ」と、スザクを見たことで、途端に緊張が走った。
「相手が俺だから良かったものの、そういう冗談はお前自身の身を破滅させるから謹んで置いた方がいいぞ?」
何故か向けられる視線には同情めいたものが込められていた。
再び、え? え? と思った時には既に彼女の背中は見えなくなっていた。
ただ、寸刻後、ロイドの爆笑だけがスザクの耳に残された
学園パラレル 騎士編。
----------------------------------------------
続きは多分あるんだろうけど続けるかはまだちょっとわからない騎士編。
きな子/08.09.14