3.



「オレは兄上にとって皇女としての価値もないのだろうか…‥」

 しゅんと項垂れた少女を囲うのは、彼女の姉が一人に妹が二人。評判の皇女が集う光景は実に見目麗しく。但しこの場を覗ける果報者は居ない。
 リ家にて姉妹とヴィ家の姫君がいつものように談笑している所へ駆け込んできたのはヴィ家の長女。その様子は彼女にしては珍しくも肩を落ち込ませたものであり、2人の妹が直ぐさま彼女に駆け寄ってはどうしたのかと問い詰めたのは寸刻前のこと。
 その際に彼女が零した弱音をころころと笑いながら一蹴したのも彼女らであった。

「まあ、お姉様ったらおかしなことを言うんですね、ユフィお姉様」
「ええ、ナナリー。ルルーシュってば時々面白いことを言うのよね」

 はい?と顔を上げたルルーシュが見たのはまるで天使の微笑み。しかし何故だろう、可愛い妹たちの笑顔がこんなにも遠くに感じるのは。理解者を求めるように唯一の姉へと視線を送ってみれば、彼女もまた何というか複雑そうな表情でルルーシュのことを見詰めている。
 この姉妹の反応は何だ?
 思わず首を傾げたルルーシュに「ねえ、お姉様」と問いかけてきたのは、彼女が愛して止まない ―― それこそ目に入れても痛くないと豪語してしまえるほど溺愛している ―― 妹だった。

「お姉様はシュナイゼルお兄様のことがお好きですか?」

 唐突にそう聞かれ、ルルーシュはまた首を捻った。当たり前じゃないか、という即答に目頭を押さえたのは姉だったか。一方の質問者はその答えに満足したように笑み。この中で一番幼いながらも、その笑顔は見る者を魅了する力がある。快活な一方でたおやかな表情は母親の性質をよく引き継いだのか、ナナリーは姉たるルルーシュにずびしと聞く。
「ではお姉様。殿方の許へ嫁ぐことは嫌とか思わないのですか?」
 これにもまたルルーシュは即答。
「嫌も何も、兄上のお役に立てるなら構わない」
 その答えは彼女にとって結婚がそういった意味合いしか持たないという証に他ならない。勿論、可愛い妹たちをそんな目に遭わせるつもりは毛頭なかったし、尊敬する姉にだって幸せな結婚をして欲しいとルルーシュは思っている。ただ自分のこととなると話は別なだけ。そもそも自分にそういった対象の相手が現れると先ず思えないという理由がひとつ。皇女という肩書きが異母兄の為になるならばいくらでも差し出せるというのもひとつ。
 色恋沙汰に疎いのは十中八九あの馬鹿兄の所為なのだろうな――とは、姉の心中。残り2割は、妹煩悩とでも言っておこう。
 して、そんな彼女の現状に現実を突き付けるのは、意外にももうひとりの妹。夢見がちと言われる所以は彼女が動物と話をするなどといった奇妙な行動をするからなのだが、その容姿と相俟って割と世間様には好意的に受け止められている。もし彼女の姉2人が同じ事をすれば――……したらしたで、そのギャップが意外や受けるかも知れない。つまるところ容姿が良いというのはそれだけで得であるのはいつの時代も変わらないということなのだが、話が逸れた。
 ユーフェミアは人好きのする笑顔で宣った。
「それではルルーシュ。夫婦関係が伴うことにも異論はないのね?」
 その発言に驚愕したのはコーネリアだった。問われたルルーシュはと言えば、何のことかと理解できていないのか。きょっとりと首を傾げている。
「夫婦関係?」
「結婚すれば子供だって作らなくてはならないのよ、ルルーシュ」
「ユフィ?!」
 奇声を発したのは勿論コーネリア。ルルーシュはぽかんと口を開けている。ナナリーはユーフェミアの横で承知のことと言わんばかりににこにこ笑顔を絶やさない。
「ユユユユフィ、おまえ、どこでそんな…っ」
 ユーフェミアが口にしたのは紛れもなく意図があってのこと。夜の関係、男と女。何も子供はコウノトリが運んでくるとかそういう夢物語ではない、生々しい意味をルルーシュに伝える意志があった。コーネリアはユーフェミアを馬鹿にしているつもりは全くないのだが、こうした話題を伏せてきたのは勿論ユーフェミアに清く正しくちょっとどころか相当コーネリア自身が夢を見ていた故に激しく動揺。
「あら、お姉様。当たり前のことではないですか」
 だからそんな風に愛らしくもはっきりきっぱり言われると、姉としては心境複雑というか大層ショックというか。自分の知らないところでいつの間にか成長していたらしい妹を目の当たりにして姉は現実を思い知る。
 一方、突き付けられたルルーシュは暫し呆然。その様子は、ユーフェミアの言が全く頭になかったことを証明しており、余談だがルルーシュに関して言えばコーネリアの理想像は叶っていたと言えよう。
「こども……‥」
 子供を作ると言うことは、ほにゃららな行為をしなければならないということか。流石にそれくらいの知識はあれど、現実味としては、結婚という単語と結びつかないくらいに、ない。
 確かに貴族との婚姻……しかも皇族という身分である以上、子作りは欠かせまい。むしろそれこそが目的だろう。真理である。
 見も知らぬ男とそういった行為を想像して、ぞわりと背中が粟立った。
「オ、オレは………」
 ショックで打ち拉がれる姉に妹2人はそっと身を寄せた。ナナリーは彼女の手を握り、ユーフェミアは頭から抱擁。慰めるよう温かな2人の妹の存在にルルーシュはついうるりと瞳を潤ませる。ひとり距離を置いていた長姉は心中複雑だったわけだが、目の前の光景に絆されショックもどこかへ飛んでいったらしい。妹たちが寄り添え支え合う光景は彼女にとって眼福に値する。
「大丈夫よ、ルルーシュ。シュナイゼルお兄様だってちゃんとわかって下さるわ。私はルルーシュに望まない結婚なんて絶対して欲しくないの」
「ユフィ…」
「そうですよ、お姉様。私たちはお姉様には心から好きになった方と幸せな結婚をして欲しいんです」
「ナナリー」
 妹たちの気遣う様子にルルーシュは感激。ナナリーが「コーネリアお姉様だってそう思いますよね?」と矛先を長姉に向ければ、一同の視線は自然とそちらへと集まる。普段は凛々しくも猛々しい女傑も力強く頷きながら、ルルーシュに近付いては艶やかな髪撫でた。
「ああ、安心しろ。お前や勿論ユフィもナナリーも、下手な男の許になんて私が嫁がせない」
「姉上……」
 見上げたルルーシュの表情には異母姉に対する尊敬と信頼に満ち溢れている。無防備なまでの態度は見ている方の庇護欲をなんと駆り立てるのだろうか。
「ナナリー、ユフィ、姉上、ありがとう。……もう一度、兄上とは話してくるよ」
「もしお兄様が何か言うようでしたら、私たちに言って頂戴ね?」
「私たちはお姉様の味方です。いざとなったらシュナイゼルお兄様からだって守ってあげますから」
「はは、それは頼もしいな―――」
 妹たちの優しさに泣きそうだ。ルルーシュは照れながら微笑み、コーネリアはその光景をとても満足した思いで眺め、ぽつり思いの内を呟く。
「――― そもそもあの兄上がルルーシュを他の男の許へなど先ずいかせるわけがないと思うのだがな……」
「?何か言いましたか?姉上」
 コーネリアの呟きを聞き取れなかったらしいルルーシュは再び異母姉へと視線を向けたが、彼女は伝えるつもりもなく「いや、何でもない」と首を振る。不思議そうに目を瞬かせていたルルーシュだったが、妹たちに気分転換にお茶をと促されたことでされるがまま腕を引かれた。後に待つのは穏やかな午後のティータイムだ。

 麗しきかな、姉妹愛。
 この一件で悶々と悩み続けているだろう異母兄の心知らず、妹たちは暫し心休まる時間を過ごしていた。





学園パラレル、本国編。




→ 4.
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きな子/2007.07.12