4.
扉を叩こうとして寸止め。右往左往、その場をぐるぐる。
先程からそれを繰り返してばかりのルルーシュを自室の前に見たのは寸刻前のこと。思い詰めると思考ばかりに気を取られ些か注意不足になるところがある彼女は、部屋の主が不在であり且つたった今帰ってきたことに気付いていないらしい。未だに部屋をノックするか否かで迷っているのだから、逡巡の時間は長い。
直ぐに気付くだろうと思い少しの間その場に黙って立っていたのだが、どうにもこちらを向く気配もない。それほど距離がないにも関わらず他人の気配に気付かないとは彼女にしてみればとても珍しいことなのだが、多少なりとこの場に気を許しているというのもあるのだろう。それは喜ばしいことなのだが、ここまで無防備だと逆に心配にもなってきてしまうのは親心というものにも近い。そこまで考えたら、つい彼女を呼んでいた。
「ルルーシュ」
「ほぁっ?!」
びくり!と身体を跳ねた様子があんまりに素直すぎてついシュナイゼルは喉を鳴らした。そうすればルルーシュは顔を真っ赤にして「あっあああ兄上…ッ!」と、漸くシュナイゼルがそこに立っていたことに気付いたらしく。胸の辺りに手を置いて息を整えているのは、驚いた証拠なのだろう。
「で、出掛けていたんですね……」
「ああ、少しね。中へ入ろうか」
シュナイゼルは早々にルルーシュの側に寄り、扉を開ける。薄い布地越しにルルーシュの肩を抱き、中へ入るよう促した。その時、ルルーシュの顔が何か言いたげにシュナイゼルを見上げたのだが、彼にしては珍しいことにその様子には気付かなかった。
「ルルーシュ?座らないのかい?」
「……いえ、」
気まずそうに視線を彷徨わせる仕草。言いにくいことがあると態度で示しているのだが、そういった態度を取っている自分には何の意識もないらしい。ルルーシュは躊躇いながらもシュナイゼルに口出しされたことでおずおずと高質なソファに腰掛けた。
ルルーシュの様子がおかしい理由は前回の別れ際のことを思えば悩むまでもない。あんな風にルルーシュを追い出したのは初めてだったし、シュナイゼルもまた気まずいと言えば気まずい。なかったことにしようと言った手前、先の遣り取りのことを自ら口にするつもりなんて毛頭ないわけで、むしろ誰があんな見合い話など繰り返すものかと内心で悪態。ただルルーシュの態度がこうである以上はどうせきちんとケリを付けなければならないだろうと思うのもまた事実。シュナイゼルは表面上では穏やかな表情を浮かべていたが、心中は決してその通り穏やかではない。
「…お茶でも持ってこさせようか」
とりあえず場凌ぎの提案にルルーシュは要らないと小さく首を振る。再びの沈黙。ある程度の間を置いた後、口を開いたのはルルーシュだった。
「……兄上。兄上は全部わかっておられたのですね」
「…ん?」
間抜けな返答。しかしルルーシュは構わない。
「私に覚悟が足りないことも兄上にはお見通しだったのでしょう?」
ことり、首を傾げられて見詰められて。しかし何のことだとシュナイゼルも首を傾げど、ルルーシュは再び顔を下げてしまう。伏し目で語るは憂い顔。この異母妹の思い込みの激しさは微笑ましいと思うこともあるけれどどちらかと言えば手を焼くことの方が多い気がする。
「申し訳ありません、兄上。私は浅はかな子供でした。ユフィの方が余程しっかりしている……」
「…は?」
シュナイゼルは三度、瞬き。ルルーシュの口から出てきたもう一人の異母妹の名前。鮮やかな髪色を揺らし天真爛漫さを見せるユーフェミアは確かに愚鈍ではないが、かと言ってルルーシュよりもしっかりしているかと言われれば首を傾げてしまうのも無理はない。それはシュナイゼルに関わらず大多数の意見の一致を見るだろう。
「……ユフィが、どうかしたのかい?」
聞いてみないことにはわからない。シュナイゼルが質問すれば、何を思い出したのかルルーシュは顔を徐々に紅潮させた。益々シュナイゼルは状況が掴めない。
「………兄上にお話しするまでもないことです。ただ、自分の無知を恥ずかしくも思います」
「いや、だから」
「申し訳ありません、兄上。まだ私はそういった覚悟は持っていません。ですからもう少々、考えさせて頂きたいと思います」
「覚悟?」
だから何のことだ。いくらシュナイゼルが疑問符を掲げたところでいっぱいいっぱいのルルーシュは気付かない。矢継ぎ早に「あ、先日送られてきた分に関しては責任を持って丁重にお断りしておきます。今後はきちんと兄上に話を通すようにしますので…」と自己完結させられてしまえばもうシュナイゼルはぐうの音も出ない。
というよりもむしろこれまでの話は件の見合い話のことでよかったのか。そもそもそこから不透明だったとは之如何に。
しかし結果だけを見ればルルーシュが変な意地を張って自ら見合いをしようという気持ちが潰えたのは確からしい。更に自分を介することを明言した以上、シュナイゼルに文句があるわけがない。理由は不明のままだが後で何かしらをルルーシュに進言したらしいユーフェミアに訊けばわかることだろう。よし、問題ない。
シュナイゼルはここぞとばかりに微笑んだ。
心の底から浮かんだ笑みだ。一見、普段通りの紳士的な笑顔にしか見えないが見る人が見たらわかる殊更甘さを含んだ笑みは言うなればルルーシュ仕様。ロイドあたりが見れば「胡散くさぁ!」と言ってしまうだろうそれも、ルルーシュにとっては信頼できる兄の信頼できる笑みでしかない。
「…ルルーシュ、わかってくれたのならば私も嬉しいよ。私が望むのは、私の傍にお前が居てくれることなのだから」
「はい、兄上。私もまだ結婚などせず、私自身の力で兄上のお役に立ちたいと思います」
あれ、まだ何かずれてる?―――とか脳裏を掠めたが、些細なことはもう気にしてられない。
とりあえず現状、妨げになるような輩は存在していないのだし(ロイドが当て嵌まりそうな気もしたがそこは何だ。複雑な事情がシュナイゼルの頭の中に絡み合っている為、現状維持で構わないだろうと今は思っている)今回の件は一件落着、円満な解決を迎えたということにしておこうとこちらもまた自己完結。
なんだか気持ちが一気に楽になったシュナイゼルは、殊の外この一件が自分の胸の内を大層重くしていたことを自覚。気の緩みからか思わずぽろり。
「……ああ、それにしてもお前の花嫁衣装は見てみたいのだが、花嫁姿は見たくないな」
冗談でそんなことを言ってみれば顔を赤くして「兄上!」と声を荒げるルルーシュ。しかし異母兄の発言を心外と言いたげなのと同時に照れや満更でもなさそうな様子が見え隠れしているものだからシュナイゼルは肩を揺らして笑った。
まるで父親のような心境だな、とシュナイゼルはちらりと思っては共通の実父を想像して些かよろしくない気分になる場面もあったのだが、概ね幸福感に満ちていたのでこの場は良しとすることにした。
ルルーシュが日本という国へ留学し、そこでとある少年に出会うことになる、ほんの数年前の話のことだった。
「ところでユフィ。君はルルーシュに何を言ったんだい?」
「大したことではありませんわ、シュナイゼルお兄様。夫婦関係には夜の関係も付きものだと言っただけです」
「………なんだって?」
「だって私もルルーシュにお嫁になんて行って欲しくなかったから、つい……。ですから、お兄様。お兄様もまさかルルーシュにお嫁に行けなんて言いませんよね?」
「え?…あ、ああ、それはもちろ」
「信頼してます、シュナイゼルお兄様!」
――――― 確かにもう一人の異母妹はしっかり者なのだと認識を改めることに決めた。
学園パラレル、本国編。
----------------------------------------------
おしまい。兄→ルルはこの時点で親愛以上、恋慕ではない程度。
きな子/2007.07.12