2.
「こぉんにちはぁ?」
こん、と軽く一度。帝国宰相の部屋に入室するには大層礼を欠いた訪問者。
異母妹が退室して間もなくやって来た不躾な訪問者は、軽い声音で挨拶。のそりと顔を上げたシュナイゼルが見たのは、それは当然無礼者だろう。友人と呼ぶには些かしっくりとしない、けれど他に当て嵌まるカテゴリも特にない相手。
ロイド・アスプルンド伯爵。研究者かぶれの放蕩貴族としか言えない彼は、シュナイゼルが皇族だろうが宰相閣下だろうが関係ないと言わんばかりの態度でにんまりと笑った。眇められたアイスブルーの瞳は、大変愉快そうだ。タイミング的にロイドが何を悟っているのか、シュナイゼルも気付かないほど鈍くない。相手の態度に対し、忌々しげに睨んだところ――ロイドはその視線に態とらしく肩を竦めた。
「今しがた、泣きそうなルルーシュ殿下と擦れ違いましたよ。何言ったんですぅ?」
おおよその見当は付いているだろうに揶揄する相手が憎らしい。シュナイゼルはもうひと睨みしてから視線を外した。
「君には関係ないことだよ」
まるでふて腐れたような態度だ。世界を手中に収めんとせんブリタニア帝国宰相のものとは思えない。くつくつと肩を揺らしたロイドは、シュナイゼルの机へと一歩ずつ近付く。
目を通すべき、決済すべき書類は山ほどあるだろうに、整理整頓されている机は流石と言うべきか。しかしその中、端に追い遣られ乱雑に積み重ねられていた冊子をロイドは見逃さなかった。色は様々だが、大体似通った形状。豪華に装丁された表紙ほど、中身は詰まっていない。勿論、同じような物をロイドもまた『伯爵』という身分を持つ以上、何度か渡されたことのある代物だった。
順当に考えるならば、これはシュナイゼルに渡された物と考える方が筋である。なんといってもこの男、実力で登り詰めた帝国宰相である前にブリタニア帝国第二皇子という大層な生まれである。しかも四捨五入したらもう三十路。ご立派な肩書き背負ってこの年齢。未だ結婚していないなんて狂気の沙汰といっても過言ではない。
しかし事実として未婚であるシュナイゼル。当然ながら周囲が黙っているはずがなかった。一昔前までは、それはもう凄まじかった。言葉通り、見合い写真が山となっているのを見た時は流石のロイドもシュナイゼルに同情したものだ。それでも尚シュナイゼルが結婚していないのは、周囲を黙らせられるだけの力を手に入れたからに他ならない。何を吹聴したのかは知らないが、シュナイゼルの未婚問題は概ね好意的に取られているのだから実情を知るロイドとしては溜まらない。
――― その最たる要因だろう人物をロイドは思い浮かべる。
まさに今さっき、ここへ来る途中に擦れ違ったその人。気丈な彼女にしては珍しく、眉を顰めて口をきゅっと縛って。ロイドに気付いた彼女からは普段の気さくさも窺えず、思い詰めた表情で泣き言。
『オレなんかでは兄上のお役には立てないのだろうか…?』
は?と思わず問い返してしまったロイドはその対応が失敗だったのだと直ぐに思い知った。(だってロイドにしてみれば彼女がそんな弱音を吐く理由が思い当たらなかったのだから咄嗟にできなかったのも無理はない)
ロイドに弱音を吐いたことを失態と思ったのか或いはロイドの答えを必要としないほど思い詰めていたのかは定かではないが、ロイドが間抜けな声を出してしまったことで彼女は「すまない」と言ってそのまま去っていってしまったのだ。
思い出してロイドは嘆息。シュナイゼルをからかってはみたものの、ロイドもまた思うところがないと言えば嘘になる。
そうしてロイドは再びシュナイゼルの机の上に放置された冊子を見た。シュナイゼル当人の物ならば、こんな所に置いたままにはしまい。先ず今のシュナイゼルは見合い写真など受け取らないし、無理に渡されたとしたところで直ぐに破棄していることをロイドは知っている。そうなれば、先程までこの部屋に居た人間に打診された物と考えるが妥当。更に先程、擦れ違った姫君の様子と口走った弱音。
詰まりは、これらの見合い写真は第二皇子ではなく、三番目のブリタニア皇女であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアへと送られてきた物だろうと予想されて。しかもシュナイゼルの目をかいくぐってルルーシュに届けられたのだろうとも容易く考えられる。
ロイドはシュナイゼルのことも、ルルーシュのこともまたそれなりに理解していた。そうなると自分が来る前にこの部屋でどのような遣り取りが行われていたかなどは手に取るよう想像できた。
「優秀なのも考えものですねぇ」
誰が、とは言わないでもわかるだろう。案の定、シュナイゼルはロイドの言葉に深い溜息を吐いた。
「…何もこういったことまで利口にならなくて良かったのだ。私はあの子を手放すつもりなどはないというのに」
――― それは政略道具として、だけの意味ではないことを無論ロイドは知っている。
「ルルーシュ殿下は献身的ですからねぇ。あなたへの恩返しになるならばと結婚のひとつやふたつくらいにしか考えていないのでしょう?」
「それがあの子の良くないところだ」
同時に、愛おしむべきところでもあるのが大変厄介なのであるのだけれど。
相手の心中、察するまでもない。ロイドは随分と昔からシュナイゼルと付き合ってきたので(こういうのを腐れ縁と言うんですよ、とはいつかルルーシュに言った言葉だ)彼の考えてることは殆どわかってしまう。こと、彼が幼少期より大事にしている姫君のことならば尚更だ。
むしろ。
(特権、とも言えるんだろうなぁ。……悔しいけど。)
シュナイゼルと付き合ってきたことで、自然とルルーシュと接する機会も多い。ルルーシュの覚えも良いのは、間違いなくシュナイゼルのお陰であることは否定できない。こればかりは第二皇子様々である。
「……ねえぇ、殿下」
話の延長。何だね、と答えたシュナイゼルは億劫そうだ。未だ異母妹との遣り取りが尾を引いているのだろう。
どうやらロイドと会話しながらでも必要な書類のチェックはきちんとしていたらしい。しゃっ、とペンを擦る音が聞こえた。その採決が可か否かはロイドはわからないし興味もない。
「僕と殿下とか、どうですかぁ?」
「なに?」
怪訝に顔を上げたシュナイゼルにロイドはやはりいつものにんまりとした笑み。
「ほら、僕、腐っても伯爵ですし。体裁が悪いって言うんなら今後少しは社交的になってみてもいいですしぃ」
「却下」
有無を言わさず切り捨てられる。ついでに次の書類は見もせずにサイン。間違いなく否決されただろう。
ロイドは口を尖らせ不満。
「何で」
「嫌だから」
「わかりやっすい本音ですね」
いや、わかってはいたけれど。ロイドもまた本気は本気だったのだが、まさかこの男の口から良い返事が貰えるなんて毛頭思えなかったので結果は見えていた。態とらしく肩を竦め、ロイドは今しがた否決されシュナイゼルの手から捨てられた書類を手に取りながらも嫌味は惜しまない。
「第二皇子も形無しですねぇ」
「黙りたまえ」
わぁ不機嫌。けらけらと笑いながらロイドは書類を見た。
それが先日ロイドが特別派遣嚮導技術部において提出した予算案だったことに泣き声を上げるのは、直ぐの話。
学園パラレル、本国編。
3.
----------------------------------------------
ロイドと兄。特派は存在します。保健医になってるけど。
きな子/2007.07.10