1.



 机上に無造作に放られたいくつもの冊子。それをひと睨みしてから、神聖ブリタニア帝国の宰相を務める男――シュナイゼル・エル・ブリタニアは相対する少女に視線を投げかけた。
 その仕草はとても優雅で荒々しさなどひとつもなかったけれど、目は笑っていない。
「どういうことかな?ルルーシュ」
 問われて、彼の異母妹――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは彼から視線を逸らす。気まずい、と言うよりも強情さの方が些か強い。
 ルルーシュ、ともう一度シュナイゼルが呼べば、彼女は静かに顔を上げた。
「……兄上のお手を煩わせるほどのことではありません。これくらいのこと、自分で処理できます」
 ルルーシュの答えにシュナイゼルは嘆息。
 彼女の賢さはシュナイゼルにとって喜ばしいものではある。が、時に煩わしくなってしまうのは仕方がないだろう。…特にこういった場合、その賢さは忌々しいものでしかない。
「…ルルーシュ」
 少しだけ声音を強くすれば、ルルーシュは僅かにびくりと肩を揺らす。それでもきゅっと引き締められた口は、異母兄に指図されるだけの姫君ではなかった。
 ――― 予想、されてはいたことだけれども。
 だからこそこうならないようにと手回ししていたつもりだったのに、どうやら無駄だったらしい。今こうしてルルーシュと対峙する羽目になってしまった結果が全てだ。
(……どこのどいつだ。見つけたら、ただじゃおかない)
 物騒なことを心の中で呟きつつ。
 シュナイゼルはもう一度、目の前の冊子……ルルーシュの許へと送られてきた、見合い写真を憎々しげに睨んだ。


 つまるところ、神聖ブリタニア帝国の義兄妹は現在、姫君のお見合いのことで一悶着が起きているわけである。


 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア―――その名は、良くも悪くもとても広く知られた名前だった。
 庶民出のマリアンヌ皇妃の第一子。故に、血筋という後見を持たない彼女の皇位継承権は低い。
 しかし彼女の母親のマリアンヌ皇妃が実力で騎士候という地位を得、皇妃という座にまで登り詰めたのと同じく、彼女もまた頭脳という武器を持って周囲を黙らせるほどの実力を持っていた。その容姿と明晰且つ冷徹な思考力から『黒の皇女』の呼び声高い彼女は、皇族の中でも異色な存在であった。
 その実力か或いは美貌の為か――周囲の評判は先ずそこに行き着く――彼女は上位の皇位継承権を持つ幾人かに大変目を掛けられている存在でもあると知られている。
 第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア、第二皇女コーネリア・リ・ブリタニア、そして次期皇帝に手の届く位置に居るであろう第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア。
 錚々たる面子が贔屓目にするルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという皇女は、他の皇族と一線画した位置に立っているのは確かであった。
 特に彼女を庇護する第二皇子シュナイゼルは、おそらく彼女の実力を最も買っているであろう人物。寵姫、と噂されるほどに彼女を懐に入れているのは周知の事実。
 下位の皇位継承権を持つ者たちにしてみれば、これほど面白くないことはないのだが(何せルルーシュは庶民出の血筋である)彼女の実力に敵う者は居ないのが実情。故に彼女に対するやっかみや僻みは絶え間ない。ルルーシュが華やかな場所に招かれる機会は極端に少なければ、好奇や陰口の対象に最もなりやすかった。
 それがつい最近までの話である。
 何がいけなかったのかシュナイゼルも覚えがなければ、ルルーシュが目立つことをした覚えもない。ところが自然とそういった話が囁かれるようになり、いつの間にかシュナイゼルにまで直接話し掛ける者まで出始めた。
 所謂、ルルーシュの見合い話である。
 ルルーシュもそろそろ婚姻を考えても良い年頃だ。むしろ皇族の姫君としては、遅いくらいかも知れない。(因みに第四皇女であるユーフェミアもまた未だ婚約といった類はないのだが、それは実姉たるコーネリアが目を光らせているからである)
 しかしシュナイゼルはルルーシュにどこぞの貴族などと婚約をさせるつもりは毛頭なかったし、その手の話は全て切って捨ててきた。ルルーシュの耳にも入らないよう、徹底してきたつもりだ。
 大抵の貴族は、ルルーシュを間違った視線で捉えていることは一目瞭然。ルルーシュの頭脳や容姿を目的とするならまだしも(そうであったところで許すつもりも毛頭ない)庇護者のシュナイゼルとの繋がりを得ようと目論む輩が殆どなのだ。巫山戯たことを、とシュナイゼルは辟易していた。
 そうして全てルルーシュの見合い話は有無を言わさず握り潰してきた。ところが、この期になってシュナイゼルの目をかいくぐってルルーシュ本人に直接見合い話を持ち込んだ者が現れたらしい。
 ルルーシュならば、―――ルルーシュならば。
 シュナイゼルはうんざりしていた。こうなることがわかっていたからか、それともこうなって欲しくない願っていたのに、それが儚くも叶わなかったからか。
 だからといってまさか当人が自分を介さずに話を進めようとしていることを知った時は、流石に愕然とした。同時に、沸々と沸き上がるのは滅多に覚えることのない怒り。それがルルーシュに見合い話を手向けた愚かな貴族に対してか、或いはルルーシュ本人に向かっているのかは、シュナイゼル本人も判別できなかった。


「……ルルーシュ。いいかい、お前の保護者は私なんだ。誰に何を言われようと関係ない、無理に見合いをする必要など…」
 ないのだと、続けようとするもルルーシュ本人に遮られる。
「しかし私が兄上のお役に立てることと言えば、より強い繋がりを作ることくらいしかありません」
「なに?」
 次にルルーシュの言葉を遮ったのはシュナイゼルだった。聞き捨てならないと間に口を挟めば、ルルーシュは些か気まずそうに黙る。が、直ぐに後を続ける。
「…私がブリタニアの皇女であるのは事実です。こんなにも半端な自分を取り立てて下さった兄上には感謝しています。だからこそ、私ができることといえばより有力な貴族と結婚して…」
「ルルーシュ」
 有無を言わさない声音。低い響きに、ルルーシュは押し黙った。彼女もまた本意ではなかったに違いないだろうが、シュナイゼルにしてみればとてもじゃないが聞き難いことばかりだ。
 確かに彼女は合理的な思考力を持っていた。言っていることに間違いはない。しかしそれとこれとは話が別。
 姿勢正しく両の手を正面で組んでいたルルーシュだが、そこには不必要に力が篭もっている。それだけでルルーシュの心情が推し量れたが、今のシュナイゼルはそれを考慮する余地はなかった。
 自分を卑下する節があるルルーシュ。そうした立場に追い込んでしまったのは確かに自分かも知れないけれど、それを許容できるほどシュナイゼルもまた寛大ではない。
「お前は私を見くびっているのかい?」
「ッ?兄上、それはどういう…」
「それにルルーシュ。今、お前が言ったことはマリアンヌ皇妃を貶すことでもあるんだよ」
 わかっているのか?と問えば、ルルーシュは見るから悔しそうに顔を顰めた。手は震えている。彼女にとって実母と実妹のことを貶されるのは何よりも耐え難い仕打ちの筈だ。それを自ら口にするなど、普段の彼女にしてみればありえない。しかしここでは何が勝ってしまったのか、ルルーシュは震えるほど小さな声で「…しかし母の身分が低いのは事実です」と呟く。
 それに盛大な溜息を吐いたのはシュナイゼルだ。
 ルルーシュの正面を向いていた椅子を動かし、彼女から視線を外す。机の端に放置されていた書類を手に取り、シュナイゼルは言い放つ。
「…この話はなかったことにしよう。ルルーシュ、今日は下がりなさい」
「あにっ」
「ルルーシュ」
 繰り返し名前を紡がれたことで異母兄がこの話を切り上げたのは明白。何かを言いたげにルルーシュはじっとシュナイゼルを見ていたが、それも無駄だと悟ったのだろう。
 失礼します、とか細く呟き、ルルーシュはシュナイゼルに背を向ける。そのまま振り返ることなく、部屋を後にした。
 残されたシュナイゼルは手にしていた書類を放り投げる。ルルーシュの去っていった扉と、机の上に残された忌まわしい見合い写真に視線を彷徨わせたシュナイゼルは、これまでで一番重い溜息を吐いた。





学園パラレル、本国編。




2.
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暫く続きます。
きな子/2007.07.10