※皇族シュナルル騎士スザルル、幼年
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 神聖ブリタニア帝国、日本国に宣戦布告。
 当時の日本国首相は病床に耽っており、圧倒的武力の差とキョウト六家の立ち回りにより、日本国は大きな抵抗をする間もなくブリタニア帝国の属国となった。
 神聖ブリタニア帝国、11番目の属国は、名称をエリア11となる。

 友好関係の証として留学という名目でブリタニア帝国から送られていた第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとその妹ナナリー・ヴィ・ブリタニアの生死はこの時点では不明。

 本国において母親をテロリストにより殺害された兄妹が日本国に送られたのは半年ほど前のこと。
 一説では人質として日本国に送られた彼らの死を通達させる証拠がブリタニアに送られ、それがきっかけでブリタニアは日本国のブリタニアに対する友好関係を踏み躙られたと戦を仕掛けたとも囁かれていた。しかし緊張状態にあった国が果たして相手を逆上させるような真似をするのだろうか?――或いは、ブリタニアの一部の貴族と日本の一部の有力者の癒着もまた囁かれ、兄妹の殺害を仄めかしたのはブリタニアだという噂も後を絶たない。
 その真偽の程もまた、兄妹の生死と同様に、不明。



 神聖ブリタニア帝国の技術力は世界でも抜きん出ており、日本国を制圧する際に試験的に投入されたナイトメアフレームはその国土を踏み荒らした。
 一時的とはいえ、戦火が広がった国は荒れた。
 ブリタニア帝国が日本国に宣戦布告をした、直ぐ後のことだった。






 どうしてこんなことになってしまったのか。
 崩れ落ちた家屋の合間を歩きながら、行く宛のない道を彷徨い続けた。辺りはしんと静まり返っていて、人の気配は感じられない。砂利道には多くの残骸が転がっていて、原型を留めないそれが何かはわからなかった。
 夏の蒼穹は高く、蝉が鳴き鳥が羽ばたき木々が風で揺れる自然の音は変わらない世界を感じさせる。だというのに、目の前に広がる光景が現実を知らしめる。
 この国は負けたのだと。蹂躙されたのだと。見せつけられた事実に、しかしスザクが覚えたのは敗北した祖国に対する屈辱ではなかった。
(父さんが、いれば、)
 母国のトップに立っていた父親。数日前に息を引き取ったのは、往年の病が原因だ。もし父が生きていれば、このような事態にはならなかったかもしれない――そんなことを考えて、スザクは直ぐにそれを否定した。
 病床に伏していた間も、父は大国たる彼の国を忌み嫌っていた。むしろ病状が進むに連れて父のブリタニアに対する憎悪は深くなるばかりで、ともすれば父親の方から戦を仕掛けてもおかしくはなかったのだと、スザクは察していた。否、既にその兆候はあったのだ。――枢木が預かっていたブリタニアの皇子と皇女。彼らに危害を加えようとしていたことから。或いは、そのために彼らを預かったのだと、最初から。
 スザクは己の父親が人格者ではないことを知っていた。日本国を束ねる立場でありながら、もしくはだからこそというべきか、スザクにとっても彼は良い父親とは言えなかった。だから父の死は、確かに情もあったけれど惜しむ程のものではなかった。
 父親の死を惜しんでいる場合もスザクにはなかったからだ。
 ブリタニアとの交渉は既に決裂寸前だった。相手国に悪感情ばかりを持っていた首相がその関係を泥沼にしたのはそう最近のことではなかったが、多くの国を属国化して勢いづいていたブリタニアもいつまでも黙ってはいなかった。敵対感情の最たる首相が倒れた隙を狙って一挙に仕掛けてきた。当然、混乱していた日本がまともな抵抗をする間もなく、一部の領土が激しく焼かれた。圧倒的な武力は世界一の大国に対する畏怖と恐怖心を植え付けるには十分すぎるほどで、日本はあっさりと降伏する他なかった。そうして日本が日本という国名を奪われ、エリア11と名付けられたのはつい先日のことだ。イレブンと蔑まれるようになった日本人は、当然ブリタニアに対して憎悪を抱いた。
 だからこそ、スザクは今、こうして人気のない場所をどこに行くわけでもなく歩く羽目になった。
 傍らで足の不自由な妹を背負うルルーシュがいたから。彼らを放っておくことが、スザクにはできなかった。

「………おい、ルルーシュ。大丈夫か?」
 もう長い間、歩きっぱなしだ。しかも人一人を背負っているルルーシュの疲労はスザクの倍であろうし、そもそもスザクよりも体力のないルルーシュが平気な筈ない。そうと思ってスザクが声を掛けても、ルルーシュは「大丈夫だ……」と声を掠れさせながら答えるだけで。明らかな疲労も、強がって吐露しない。その訳が、誰でもないナナリーの為だとわかるからこそ、スザクは握る拳を堅くするしかなかった。
「代わる。ナナリーを俺に寄越せ」
「さっき代わったばかりだ。それにナナリーは寝たばかりなんだ。君に渡している間に起きたらどうする」
「ヘロヘロになったお前の背中なんて寝心地が悪くて直ぐに起きちまう。大体、代わったのは朝だろう! いいから代われ!」
「うるさい。ナナリーが起きるから大声を出すな!」
「ルルーシュ!」
 きっ、とスザクを睨むルルーシュの視線は、全てナナリーを守るためだ。ルルーシュが全身全霊でナナリーを守ろうとしていることはスザクとて嫌と言うほど承知している。だけれど己の身を省みようとしないルルーシュには苛立ちが募るばかりで、もっと自分を頼れと言ってもちっともそうしてくれないルルーシュに更に腹が立った。
 力尽くで、ともいかない状況がスザクを余計に苛々させる事ともなり、つい声を荒げてしまえばそれがルルーシュの機嫌を損ねるらしく悪循環。だけれど、それでも並んで歩いているのは半年の間に生まれた互いの信頼が確かに存在していたからだ。
 スザクはルルーシュの気持ちが嫌と言うほどわかったし、ルルーシュもスザクにならば大切なナナリーを一時といえど預けることができる。だからこそスザクはルルーシュたちを見捨てることができなかった。ルルーシュの信頼の欠片でも得たことが嬉しくて、自分の身を構うことなくナナリーを守ろうとするルルーシュを守ってやりたいと思う。ナナリーはルルーシュが居れば大丈夫だと思えばこそ、ルルーシュを守らなければという思いは強まるばかりだ。
 スザクは彼らが好きだった。
 出会った最初こそ気に食わないだけの相手だったけれど、ひとつひとつ相手を知っていく度に、彼らから離れられなくなっていた。その身ひとつで日本に送られてきた子供たち。背後に潜む思惑を敏感に察していたルルーシュの最初の警戒心はとても顕著なものだったが、スザクがナナリーにぶっきらぼうでも優しさを見せれば素直に喜んだ。本当にナナリーのことが大切なのだと全身で露わにするルルーシュを、スザクは羨ましくさえ思った。大切にする相手がいるルルーシュと、そんな風に大切にされているナナリー。どちらの方が、とも言えないくらいに、スザクは彼らが羨ましかった。だから少しずつでも彼らに信頼してもらえることが嬉しくて、その優しさを自分にも向けてもらえることに喜びを覚えて。気がつけば最初に覚えていた敵対心はいつの間にか消え失せ、自分こそが彼らを守るのだと意気込んでいた。
 父親が死んで、祖国が敗北して、住まいは焼け落ちて、ブリタニア人を憎悪する日本人からルルーシュたちを匿って。
 けれどルルーシュたちは、ルルーシュたちの祖国にこそ裏切られた。最初から人質として日本に送られ、見捨てられたのだと。逃げ落ちてから語られた真実にスザクは愕然とした。それまでの彼らの立場と状況に気付いていなかった己の浅慮さと、これからの彼らの立場と状況を救う術が思いつかなくて、結局こうして共に宛のない道を彷徨うしかない現実。己の無力を思い知りながら、それでもルルーシュがスザクに小さく感謝の言葉を述べたときは、絶対に自分は彼らを見捨てないと誓った。自分こそが彼らを守るのだと心の中で強く誓った。
 生まれた決意は、この時から絶対だった。