幼すぎた気持ちは、まだ幼い彼らにしてみたら大きくなりすぎていて。
 どこかで運命が転がり劇的な変化を見せていれば、また違った未来もあったかもしれないけれど。
 ただ、今の彼にとっては。

 彼女を想う気持ちと彼女に想われる気持ちは、重すぎた。





「え? ……どういうことですか? ルルーシュ…」
 突然の申し出に戸惑うユーフェミアは動揺を隠さずに震える声で聞く。返すルルーシュは努めて平静であり、年齢よりも幾分か大人びた調子でもってユーフェミアに答えた。
「そのままの意味だ。僕はシュナイゼル兄上の元に就く。兄上のお役に立ち、いずれは兄上の側近として取り立てて頂くつもりだ」
「そんな! 突然…っ」
「突然なんかじゃないよ、ユフィ。かねてより兄上は僕に目をかけて下さっていたし、そろそろ僕も自分の身の振り方を考えなければこのブリタニアの中では生きていけない。君だって、そのくらいはわかるだろう?」
 優しく、諭すように。しかしユーフェミアはまるで聞き分けの悪い子供のように首を振った。
 違う。そういうことではない。違う違う。そんなことわかってる。違う。そんなことじゃない!
「だって…っ、だって、ルルーシュはお姉様の下につくのではなかったのですか?!そうすれば、ナナリーともずっと一緒に居られる、って…!!」
 ――私とだって――!
 悲鳴にも似た声は掠れてしまっていたけれど。ルルーシュはほんの一瞬、悲しそうに視線を揺らした。しかしそれも一瞬。消えてしまってからは、もうその瞳からは何も見えない。
「…姉上には感謝しているし、できるならば姉上のお役に立ちたいと思っていたこともあった。でも、姉上の下に居たのでは僕は上には行けない」
「なっ」
 それはユーフェミアにとって驚きの一言だった。なんせ今までルルーシュは“上”を望んだことはなかったから。ルルーシュの望みは、妹と母が穏やかに暮らすこと。些細な幸せが彼の望む幸せなのだと。ユーフェミアはそう思っていたし、母妹の幸せを願うのはルルーシュの口癖のようなものでもあったから。
 だからルルーシュが明確に“上”を望む発言に、ユーフェミアは驚愕する他になかった。
「このブリタニアを変える為に僕は上に行く。シュナイゼル兄上ならば、それができるお立場まで上がられるだろう。――コーネリア姉上には悪いが、姉上が軍属でいる以上、僕の望みはシュナイゼル兄上の方に就く方が合理的なんだ。……姉上にも許可はもういただいている」
「なっ! そんな…っ、私はっ、聞いてません…!!」
 もう殆どその声は泣き声混じりだった。いやいやと首を振りなから、彼女は目の前に降った裏切りに途方に暮れる。
 裏切り。それはユーフェミアにとってルルーシュの裏切りだった。
 何か約束があったわけではない。明言したわけでもない。しかしこれからもずっとルルーシュは傍に居てくれると信じて疑わなかったユーフェミアにとって、自分に何一言も言うことなく、自分の元を離れようとしているルルーシュを、受け入れられる筈がなかった。
 ユーフェミアはいやいやと繰り返しながら泣く。その涙を舌で掬い、瞼にキスしてくれる優しい異母兄はここには居なかった。
「……ユフィ。君だって、わかるだろう? 僕はこのままでは到底上にはあがれない。そうなればいつまでもナナリーと母上は日陰の生活を続けなければならない。このまま姉上の好意に甘んじてるわけにはいかないんだ」
 涙を滔々と流し続けるユーフェミアはルルーシュの言葉を聞き入れようとはしなかった。ただルルーシュが自分の傍を去ってしまうことが悲しくて、そのことをルルーシュがまるで悲しんでいない様子が悔しい。
「ルルーシュは…っ、ルルーシュは、私と離れることを、悲しんではくれないのですか…!」
 淡々と語るルルーシュからはそんな素振りがちっとも窺えない。それどころか離れるのはまるで自分の意志だとでも言うルルーシュのことがユーフェミアは恨めしい。自分が子供の理屈を口にしていることはわかっている。しかしルルーシュの態度はユーフェミアを悲しみに突き落とすものでしかなくて。
 だからユーフェミアは気付かなかった。俯いて泣くばかり、自分を見詰めるルルーシュの瞳がどれだけ揺れていたか。泣きそうだったか。その手のひらでユーフェミアを慰めたいのにそうするわけにはいかないのだと堅く握り込まれていたか。
 この場で直ぐにでもユーフェミアを宥めて、涙を拭って、やはり異母姉の下に就くと撤回することは可能だったけれど。それでもきっと母と妹に平穏な生活を送らせてやることは可能だったけれど。
 それでは駄目なのだと、ルルーシュは思ったから。それでは自分が耐えられないと思ったから。
「……ユーフェミア」
 びくり、とユーフェミアの肩が跳ねる。恐る恐る見上げるそうぼうは哀れなくらいに涙に濡れ、そして驚愕のあまりまん丸に見開いて。
 ルルーシュがユーフェミアを愛称で呼ばなかったのは、思いつく限りでは初対面の時以来のこと。
「俺は兄上の下に行く。君とはもう、一緒には居られない。…だから君も、自分の為すべき事を考えるんだ」
 顔面を蒼白にしながら、それでもユーフェミアは糸の切れた人形のように小さく首を横に振り続けた。
「いや……いやよ、いやよルルーシュ。いや、どっか行っちゃうなんていや、そばにいてくれるんじゃなかったの? ナナリーと私を、ずっとまもってくれるんじゃなかったの?」
 子供のようにしゃくりをあげて泣く姿は、威厳ある大国の姫君の姿からはかけ離れている。痛ましいまでに泣くユーフェミアにも、やはりルルーシュは慰めの手を伸ばすことはなかった。
「ルルーシュ!」
 悲痛な声で呼ばれ、ルルーシュはわずかに唇を開く。しかしそれは空気を吸う程度に止まり、再びきゅっと一文字に結ばれた唇。
 それがユーフェミアに絶望を与えた。
「……ごめんね、ユフィ」
「え」
 ふわり。
 現実感の伴わないまま、それは触れて、離れる。
「ルルー……」
「さよなら、ユーフェミア」
「ルルーシュっ!!」
 追い縋る手は虚しく空振り、背を向けたルルーシュはユーフェミアを振り返ろうとはしなかった。
 1人残されたユーフェミアは、その背中が見えなくなっても尚、恋しいその人の名前を呼び続けた。



 許しを乞うたのは誰? 誰に? 何に? 何のために? 誰のため?
 ここからまたひとつの運命はゆるりゆるりと廻り始める。




閉鎖的な遊園地


きな子/2008.01.13