「な…っ?!」
ルルーシュは先ず驚いた。そして反射的に、逃げの姿勢を取っていた。
(なっ何のつもりだっ、スザク!?)
大声で呼びかけられた。と、思ったら、必死な形相の彼はそのままこちらにと走ってくるではないか!
一体、何があった。
そうルルーシュは思ったが、問いかけようと思う前に本能的に身を翻しては全力疾走を始めていた。
(何で俺が逃げなきゃいけないっ?!というか、何でアイツは追い掛けてくるんだ!!)
ルルーシュの居た場所は教室からだいぶ離れていた。そうでなくてはスザクは当にルルーシュに追いついていただろうし、今とて、それは時間の問題だ。
基本的に運動能力の差は歴然としており、スザクは着実にルルーシュに近づいている。
それでもルルーシュは懸命に走る。
捕まったら負けだ。そんな考えが頭を巡り、とにかく走った。
周りの生徒は不思議そうにそんな二人を見ていたが、どうにも鬼気迫る彼らの邪魔をしよう者はどこにもいない。
突き当たりに近付くにつれて、準備教室など普段は使われていない部屋になる。そこは閑散としていて、わざわざここの階段を使う生徒はいない。
そこまで行き着いて、ルルーシュは一度躊躇する。
(上、下………下かっ!)
上というものは基本的に追い詰められる場所だ。下に行けば、逃げ場はいくらでもある。逃げられたら、という前提があったが、逃げている最中、自分が捕まることなど考えていられない。
それ以前に、何故スザクが追い掛けてくるのか、どうして自分が逃げているのか、その理由がわからないのだが、そんなことにも構ってはいられなかった。
ルルーシュは、階段を駆け降りた。
一方でスザクは、角で曲がったルルーシュを見て一瞬だけ足を止めた。
しかしまた直ぐに走り出す。
まさか大人しく捕まってくれるとは最初から思っていなかった。が、ここまできたら諦めるわけにもいかない。
他の生徒に奇怪な目で見られたが、これから先は確か生徒も教員も普段、用事がなければ立ち入らない場所だと聞いていた。スザクもこちらに来るのは初めてで、つまり地の利はルルーシュにあることに気付き、一層床を蹴る足に力を込めた。
(僕はルルーシュを捕まえて何がしたいんだ)
殆ど本能的だった。理由などわからない。
それでも、もう足を止めようとは思わなかった。
とにかく一度、ルルーシュを捕まえなければならない。捕まえて、そのとき、自分がしたかったことがわかるはずだ。動かないと何も始まらないことは、スザク自身がよく知っている。
角に差し掛かったスザクは姿の見えなくなったルルーシュを、自身の耳でどちらに行ったのか探る。
(………下!!)
かつかつかつ、と下る音がした。
ついでに上るよりは下る方が体力的に楽だ。しかも逃げ道はそちらの方が断然広い。
迷うことなく、階段を駆け下りる。一段ずつ降りるのが面倒で、最後の方になると飛び降りていた。
四階、三階、二階の踊り場、ここまでくると、ルルーシュの息を切らす音が聞こえてくる。
すっぽり開いた壁から顔を覗き込ませて下を見下ろすと、黒髪のルルーシュが直ぐ階下を懸命に降りているのが見えた。
「ルルーシュっ!!」
「ッ、スザク?!」
彼の顔は、しまった、というもので驚愕に満ちている。追いつかれたことを悟ったルルーシュは、呼び止めたスザクから逃げるようにまた階段を降り始めた。
「っ、どうして逃げるのっ、ルルーシュ!!」
「お前が追ってくるからだろうがっ!!」
はぁはぁ、と息を切らしながらも、スザクへの反抗は怠らない。
それに、またスザクは自分の中で何かがぷちんと切れるのを聞く。
「そ、んなの…っ、ルルーシュが逃げるからに決まってるじゃないか!!」
「ふっふざけるな!だったら何でお前は俺を追ってくるんだ!!」
走りながらの攻防。誰もいない(おそらく授業はもう始まっている)階段では声がよく響く。が、防音効果がしっかりしている教室には、恐らくこの喧騒は届いてないだろう。
そこで、スザクはしまったと思う。二階の踊り場。即ち、ルルーシュは一階にそろそろたどり着いてしまう。そうなると外にまでフィールドが広がってしまうことになる。
追いかけっこをしたいわけではないのだ。
スザクは二階から階段半分下ったところで、手すりに足をかけた。そのまま、一階の階段半分まで飛び降りる。
背後の音に何事かと思って振り返ったルルーシュは、突然降ってきたスザクにぎょっとする。慌てて最後の二段を飛び降りたが、スザクはそのまま階段半分を飛び降りた。
その距離、僅か伸ばした手をもう一本。
殆ど転がるようにして、スザクはルルーシュを捕まえた。
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2006.11.30
207β
さま、片恋15題 『7.知らんぷり』