「いっ、つぅ……」
「つ、捕まえ、た………っ」
壁に押し付け半ばルルーシュに乗り上げるようにして、スザクはルルーシュを捕獲した。何をするんだ、そう抗議の声をあげるルルーシュに対して、スザクは戸惑った。
何かが切れて、思わず追いかけていた。
(何をする?)
それは自分が聞きたい。ルルーシュを捕まえてみれば、わかると思った。だが、実際は自分がどうしたいのかがわからない。少なくとも、頭には何も思い浮かばない。
(だって、ルルーシュが無視して……)
ふい、と逸らされた視線。
今はその深い紫暗の瞳は、ぎっと自分を睨んでいる。が、それをじっと見ていたら、また逸らされた。
(……ああ、)
これが、いけない。
ダメだと思った。
何が?
その自問を認識する前に、体が動いていた。
「スザ……っ?!」
ふっ、と息を吸い込む音。
そのまま押し込むように閉じこめた。合わさった唇からは、呼吸をどうにかしようとする小さな声が零れるばかり。
突然の接触に狼狽え、抗議しようとする声は全て押し込まれ、どうにか手足をばたつかせて抵抗しようものも力の差の前に無力となる。ルルーシュは次第に体力も底を尽き(当たり前だ、彼は既に走り疲れて限界の位置にいたのだ)抵抗も弱まる。されるがままに唇を吸われ、その表情はただ驚きに満ちていた。
「っ……」
どれくらいの時間が経ったのかわからない。
離れた熱に、今度は目がかち合う。茫然とするルルーシュにスザクは何も言わない。…正しくは、スザク本人も自分が今、何をしたのかわかっていなかった。
「っ、ス、ザク、いま……」
何をした、と。問われて、スザクは自分のしたことを振り返る。
「……え?…あれ?」
相変わらず姿勢は変わっていない。ルルーシュはスザクに両脇を挟まれ、スザクは壁にルルーシュを押し付けている。
茫然としているのは、スザクも同じだった。
(僕、いま……)
何をした?
ルルーシュを掴まえたら、どうにかなると思っていた。捕まえて、そのとき、自分がしたかったことがわかるはずだ、と。
その結果がこれだ。
ルルーシュは未だ事態を把握していないのだろう。何をされたのかわかっていない様子が、狼狽しきった表情から窺える。
真正面から見詰めてくるルルーシュの目に、自分が映っているのをスザクは視る。
そしてそのまま、また引き寄せられるようにして口付けをしていた。
「……ッ、ス―――スザクッ!!」
その声に、はっとした。
身を反射的に放した眼下には、顔を真っ赤にしたルルーシュの顔。2度目の口付け。流石にいつまでも呆けていられるほど、ルルーシュも鈍くはなかった。
鈍かったのは自分なのかもしれない、とスザクは後になって思う。
ルルーシュの自分を呼ぶ声で、漸く自分が何をしでかしたのか、自覚した。
「ッ…!!」
かああ、と自分の顔が赤くなるのがわかる。全身から何かが噴き出しそうだ。
(ッ、僕は、今…っ、今、何をした?!)
咄嗟にルルーシュから身を離していた。
彼がじっと自分を見てくることが堪えられない。見てくれなかったことに苛立ちを感じて、理性を忘れてしまう行動をしでかした自分が信じられないくらい、彼が自分を見てくることがこんなにも居たたまれない。
「ごっ、ごめ…っ、ゴメン、ルルーシュ!!」
謝っていいものかがわからなかった。けれど謝らずにもいられない。
一方のルルーシュは、開いた口が塞がらない。それは決して呆れた故の態度ではなく、不条理なスザクの行動に為す術がない為だ。
ごめん、ごめんルルーシュ。本当にごめん。
完全にパニックに陥ったのは、手を出した方であるスザクであって。怒るべきか、罵るべきか、行動の意味を問い質すべきか、ルルーシュには取るべき行動が全くわからない。故に、スザクの謝罪さえも返答のしようがない。
「ッ…本当に、本当に、ごめんルルーシュ!!」
そうして、スザクは一歩後退る。
その様子にルルーシュは嫌な予感を覚える。
(まさ、か……)
まさか、まさか、と。
何かを答える前に。次のスザクの行動を予測して。
「スザ」
ク、と。
答えどころか、名前すら呼び終わる前に、「本当にごめんルルーシュッ!!」と言って、スザクは身体を反転して全力で走り出していた。
その様は、まさに脱兎の如く。
―――逃げられた。
ルルーシュがそう認識したのは、彼の背中が見えなくなって、暫くしてからだ。
「………ヤり逃げされた……」
ぽつりと漸く口に出た言葉に、悲しいかな、相手をしてくれる人間はどこにも居なかった。
(僕は、僕は、僕は、ルルーシュに何を…ッ!!)
息が上がる。原因は全力疾走というよりも、過度の動揺の為の方が大きい。
己のしでかした行為に、心拍数が上がるばかりだ。
ここがどこだかわからなかった。とにかく一目散に駆けて、校舎裏らしきところまで辿り着いた。ルルーシュを置いてきたことに罪悪感を感じたが、きっとあれ以上一緒に居た方がよっぽど彼に悪いと思った。
そう、ルルーシュに。
「ッ…!!僕は、なんてことを………」
その場に蹲る。
顔から火が出るとは、こういうことか。そんなことを思いながらも、スザクは己の行為を振り返る。
考えての行動などではなかった。もう本能的に、それこそ欲情に促されるままの行為だった。
「……どうしよう、僕……」
スザクは呟く。これもまた、聞く相手は居ない。
自覚してしまった。嫌と言うほど、自覚してしまった。
ルルーシュに視線を逸らされたあの時に感じたもの。それの原因に、行き着いてしまった。
「僕、ルルーシュのことが好きだ……」
ああ、でも、しまった、と思ってももう遅い。
気付いたところで、気付く前に自分は実に己に正直な行動をしてしまったのだ。あんなことをした後に自覚したところで、ルルーシュに会わせる顔がないではないか。
頭を抱えるスザクだったが、そもそもこの思いを自覚する羽目になったのは、他ならぬルルーシュが元凶だ。
責任転嫁をして、開き直るまではあと数分後のこと。
己の恋心を自覚した少年がこれからどうするのかは、神様も知らない。
2006.11.30
207β
さま、片恋15題 『7.知らんぷり』