日が落ちるのがいつの間にか遅くなったものだ。
初夏の日光は強いから、今が昼間なのか夕刻なのかわからなくもなる。
砂浜を歩きたいと言ったのはルルーシュだった。元々海になんて来る気がなかったから、ルルーシュが履いているのは楽なミュールだ。足、汚れるよ? とスザクは心配したが、せっかく久方振りにこんな浜辺に来て砂浜を歩かないのはもったいない気がしたので、ルルーシュは構わなかった。
「意外とアウトドア派?」
はしゃいでいるようにも見えるルルーシュに、スザクは笑いながら問う。
「残念ながら見かけ通り、インドア派だ」
「じゃあ、今度は山にでも連れて行こうか」
お前みたいな体力バカには付いていけないよとルルーシュは笑った。
まるで往年の友人のようだった。
だから「でも、たまにはいいかもな」と何の躊躇いもなく声にしていたし、スザクも気軽にルルーシュがバテない山を探さないとなと言った。
そんなやり取りを楽しんでいたのだと思う。
ルルーシュのヒールは砂浜に足跡を刻む。振り返ってみたら、だいぶ距離を歩いてきていたらしい。最初に降りた駅とは違う駅が見えてきたのは、3つめだ。傾いていた日もあっと言う間に橙に変化していて、辺りの人気もさらにまばらになっていた。見えるのは、それこそ男女のカップルくらいのものだ。
辺りをぼうっと見回していたら、スザクが「疲れた?」と声を掛けてきた。ルルーシュは素直に「少し」と答える。
思えば、今朝も多少二日酔いを覚えていた。薬が効いたのか、外を歩いたからかはわからなかったが、頭痛や吐き気は気付かない内に治まっていた。けれど万全ではなかったらしく、歩き続けただけでも体は疲れてしまったらしい。
ベンチ代わりになる石段に並んで腰掛ける。真正面の空は薄紫闇と夕焼けのグラデーションが織り成し、海には漆黒の闇がかかり始めていた。
男と女が肩を寄せ合い、ドラマのワンシーンのような光景。ロマンティックという柄にもない単語が脳裏によぎり、ルルーシュは笑う。
「どうしたの?」
少し、首を傾け、覗くようスザクはルルーシュを窺う。
視線を合わせることに多少気恥ずかしさを覚えるようなことが思い浮かんでしまったので、ルルーシュは俯き加減に「いや…」という。
「何だか、恋人みたいだなと思って」
ルルーシュはこれまでに付き合った相手がいくらかの演出を持ち掛けてきたことはあったが、こんなベタなシーンに直面したことはなかった。本当にあるものなのだなと逆に感心したくらいで、だから口にしたのはそんな冗談でもあった。ただ、冗談にしてもルルーシュにしてみれば、かなり恥ずかしい台詞だった。口にした後でさらに恥ずかしさが込み上げてきて、頬がほんのり熱を持つ。馬鹿なことを言ってしまったな、と思っていたところ、俯き加減の頭上から降ってきたのは「そうだね」と肯定の意。
思わず声に吊られるままに顔をあげた。
細められた緑の双眸が、ルルーシュの視線を捉える。
並んで座った距離は近い。
薄く唇が開いたまま、ルルーシュはスザクを見た。
「じゃあ」
スザクの口が開く。
息が吹きかかりそうな。
「本当に、恋人になってみない?」
は? と、ルルーシュは返す。音にはならなかった。
「僕に恋してみない?」
「っ……………」
開いた口から酸素を肺に送り込んだ。胸に空気が入ったのをいやに実感してから、ルルーシュは唇を一文字に結ぶ。
「……軽薄な男は嫌いだ」
「ひでぇ」
言葉の割に音は軽いものだった。今までの会話の延長上のような空気を壊すことはなかった。スザクもクスクスと笑いながらルルーシュから離れた。冗談を楽しんでいる、そんな雰囲気だ。
さて、とスザクは今の会話が何でもなかったように立ち上がる。
風避けになっていた相手が立ったことで、ルルーシュの肌を潮風がなでた。その心地に、安堵する。一抹にも寂しさを覚えたことには気づかなかった。
(………キス、されるかと思った)
スザクの口が開く度に、引き寄せられるような錯覚を思った。その甘さを知っていることを思い出した。
(って、何を考えているんだ私はっ!)
我に返って、自分の想像にのたうち回りたい気分に陥る。顔に溜まった熱が脳内を支配し、頭がガンガンと鳴っている。酒を飲み過ぎた時と似たような感覚だ。
「どうしたの?」
「なっ、何でもない!」
振り返ったスザクに慌てて首を振り、ルルーシュはスザクを追う。スザクの顔は夕日の差し日によって少し赤く見えて、ルルーシュは助かったと思う。きっと、自分の顔も、同じように赤くなっているのだろう。原因なんて認めたくもなかった。
スザクは特にルルーシュの態度を気にすることもなく、再び前を向いて歩き出した。その背中の後に付きながら、ルルーシュは無意識ながら先ほどの接近を思い出していた。
この時、はたとルルーシュはあることに気付いた。
「ッ……」
思わずルルーシュがスザクの背中を注視する。視線は彼の頭から首、肩、腕に移り、そして5本の指に辿り着く。意識されていない指先はただ投げ出されているだけで、今日、その指がルルーシュに一度も触れたことはなかった。
あれだけ近付いた時ですら、彼の体温が直にルルーシュに触れることはなかった。
昼間のスザクの声が脳裏に蘇る。
今、ルルーシュが気付いてしまったくらい、彼は忠実に口約束を守っていた。もう一度、吐息がかかるくらいに、体温が伝わるくらいに、触れてしまいそうになったくらいに、意識の全てをスザクに覆われた時のことを思い出す。
心臓が止まるかと思った。
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