休日の真昼間の電車は空いていた。
 隣に座ったルルーシュとスザクの間に会話はない。
 都会の電車よりも間隔の長い車窓を眺め、緩やかに揺られながら小一時間ほどの移動。そこからローカル線に乗り換えて、辿り着いたのは初夏の潮風が心地よい海岸沿いだった。


「まだ少しシーズンは早いし、意外と空いてるだろ」
 目の前に広がっているのは、石段の向こうに広がる肌色の砂浜と、太陽の光を浴びてきらきら輝きを放つ海。水平線にはいくつかの島が遠く近く見える。
 スザクの言うとおり、人はあまり居なかった。ボードで波に乗っている人間は数人いたが、穏やかな風で波も立っていない今日はあまり人気でないらしい。浜辺にもぽつり、ぽつりしか人の姿は確認できない。
 そもそもルルーシュが海に来たのも久しぶりだった。真夏の混雑した浜辺なんて絶対に御免であるし、暑さに強くもない。昔、家族で海に行った記憶はあるが、それもかなり古いものだ。
 都会からそう離れていない場所に、海があったことも知らなかった。
「……こんな近いんだな、驚いた」
「デートとかで来たことないの?」
 素直な感想を零したルルーシュに返ってきたのは明け透けな質問。何やら悔しいような気分が湧き出たが、ルルーシュは「ない」の一言。ふうん、とスザクの答えは素っ気なかった。
 その後は海岸沿いをただ歩く。
 最初、何かしらの意図があって自分をここへ連れてきたのかとルルーシュは思って聞いたりもしたが、特に目的はないのだと言う。海って夏のデートスポットじゃない? と言われれば、意味を考えることなど放棄した。
 そうして意味なく歩きながら、スザクは多くをルルーシュに質問した。
 会社のこと、学生時代のこと、趣味のこと、家族のこと、好きなもの、嫌いなもの、よく聞く音楽、チェスのこと、ルルーシュのこと。どれも当たり障りないもので、深く内情を探るようなものではなかった。ただ、ルルーシュのことを知ろうとしていた。
 そしてルルーシュも、会社のことを聞かれれば大学のことを聞いたし、武道全般に秀でていることも聞いたし、彼が一人っ子であることも聞いた。詳細をルルーシュは決して語らなかったが、兄姉妹が多いルルーシュのことを羨ましいとスザクは言う。
 恋人はいるの? とスザクが聞けば、ルルーシュはいないと答える。お前はどうなんだとルルーシュが聞けば、スザクはいないよと答えた。ルルーシュは意外だと思った。スザクならばモテそうなものだ。実際こうして歩いていながら思うのは、スザクが女慣れをしていたことだ。話し方や扱い方、女としての勘がルルーシュに教える。そもそも身を持って知っている――ことを思い出してしまった自分を誤魔化しながら、ルルーシュは皮肉混じりにお前はモテそうなのになと言った。そうするとスザクは笑いながら、君だって、と言う。否定はしなかった。
「君だって、男が放っておかないだろ」
 潮風に煽られたフワフワした髪の毛先が宙を泳ぐ。最愛の妹とおんなじ印象だ。
「……どうだかな。私みたいな女は御免だろう」
「は?」
 別に、恋人が欲しいと思ったことはない。ただ、女としての魅力というものが自分には欠如している。その自覚があったルルーシュは、時に愛らしさに溢れんばかりの妹たちが羨ましくなることがある。自分にも彼女たちのような素直さがあれば、もう少し可愛げもあったのではないだろうか。……否、それはもう培った性格なので、望むだけ無駄ということはわかっていた。だからこそ、あの誰も彼からも愛される妹たちを…特にまだ幼さの残る実妹のことを、ルルーシュは殊更大事に思っていて。
 自分の色恋沙汰は、自分が一番無関心だった。
「それに彼氏より大切な存在がいるのは男として許せないんだろう?」
「……は?」
 スザクは引き続き豆鉄砲を食らったような顔でルルーシュを見る。やはりこれは首を傾げるような質問なのだろうか。
「それって……」
 口を開いたスザクだったけれど、言い淀んだ後に「いや、やっぱり何でもない」と続けられて。歯切れの悪い話し方に、ルルーシュは何だと思う。
 昔、それこそルルーシュが『お付き合い』をした男は幾人かいた。けれど彼らが離れていったのは全て同じ要因だったし、友人や兄姉、さらには妹当人にまでも苦笑いをされてしまった時は、ルルーシュの方こそ訳がわからなかった。
『私を幸せにしたいと思っているお姉さまの気持ちはとても嬉しいです。でも、私だってお姉さまに幸せになって欲しいと思っていることは、忘れないでください』
 そう言ってくれることが嬉しかった。
 だから――
「…大切な人が、いるんだ?」
「ああ」
 即答するルルーシュに、スザクは穏やかな顔をして笑っている。だからついルルーシュも気が緩み、普段ならば身近な相手にしか晒さない内情を零していた。
「誰よりも、幸せになって欲しい…したい、相手だ」
 あの子が幸せに笑っていれば、ルルーシュの心はいつも温かかった。あの存在以上にルルーシュを幸せにするものはなく、スザクが続けた問いはまさにそのものだった。
「君は、その人が幸せなら、幸せ?」
 当たり前だと答える以外、ルルーシュに選択肢があるわけもなかった。






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