ルルーシュにとって、ミレイとシャーリーは数少ない心を許せる友人だ。夢に突き進んでいる姿には尊敬もしているし、気兼ねなく本音をさらけ出せる相手でもある。
 酒の量が増えている。そのことに自覚はあった。しかし飲まないではやってられない日々が続き、大失態と言うべきか、人生最大の過ちと言うべきか、忘却の彼方に葬ってしまいたいような――と、いうか、殆ど覚えていない――ただ、目覚めた後の意識ははっきりしていて、状況から推測するにとんでもないことをしでかしてしまったらしいことは記憶に新しい。それがさらにルルーシュに酒を飲まずにはいられなくさせ、但し多少の学習はひとりで飲むことだけは止めさせた。授業料はいたく高くついた
 週末の夜に捕まえた友人と共に、近場のバーでワインのボトルを三本目。以前たまに足を運んでいたバーには、1ヶ月以来近付いてさえも居ない。

「――で? 小父様に無理やり連れ出されたら見合いの席だったと」
 ケラケラと笑い出しながらひとつ年上の先輩だ。面倒見は実に良いのだが、人の弱味を実に愉しそうに突っ込む節があるのが玉に瑕。
「ルルの着物姿、見てみたかったなー…」
 一方で顔を真っ赤にした友人は、ワイングラスを延々と回している。大変出来た娘さんではあったが、難を言えば乙女思考に偏りがちな節がある。
 そんな紛うことなき酔っ払いに挟まれたルルーシュは、一気に飲み干したワイングラスをテーブルの上に叩きつける。もちろん割りはしない程度の力で、とは微かに残っている理性が発動。ついでに容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備等々ありとあらゆる四字熟語で褒めそやされ、果ては立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とまで称されたことのあるルルーシュ当人はと言えば、鼻息荒く叫び出す。
「間違っている。間違っているぞシャーリー! 私は騙されたんだぞ?! あンの狸親父…!! 何が言いなりになるのが嫌だったら儂が認める経済力と政治力を持った相手を見つけて来いだっ! このご時世で政略婚か?! いったいどれだけ時代ボケしてるんだあのクソ爺ッ!!」
 姓は違えど、世界きっての大財閥。元を辿れば建国の祖とか何とか、政界にも財界にもありとあらゆる世界に名が通る名家のご令嬢。親族は数知れずとは言うけれど、直系の三女は何かと現当主に目をかけられていた。
 要は彼女の父親は自分が目の届かない場所で変な虫に引っかかって欲しくないのだ。その教育はある意味で成功していて、何だかんだと箱入り娘のルルーシュだったけれど、父親に対する反感は筋金入り。特に大学を卒業後、強制的に実家の関係会社に放り込まれたことがより一層ルルーシュの癪に障った。ただしかと言ってルルーシュがその会社に大人しく居座っているのは、自分の実力でその会社を乗っ取ってみせて父親の鼻の穴を明かすためらしい。それこそ父親の思うが壺なのだけれど、それくらいはしなければ腹の虫が収まらない。
 されどそんな背景をよそに、まだ入社して数ヶ月。様子見として大人しく内情を探っていたけれど、早速腐敗した会社内情にルルーシュは荒れていた。しかも畳み掛けるように、父親が見合いを言い出した。1ヶ月ほど前は奇妙に大人しくなっていたが、最近また荒れだした友人にミレイとシャーリーは気兼ねなくつきあっている。
「だいたいっ、ブリタニアに居ながら何が財力だ政治力だ! 見合いなんざして決めるくらいならシュナイゼル兄さんと結婚した方がまだマシだっ!!」
 母親違いの七つ上の兄(※未婚)。確かに誰もが求める経済力を保持し、政界にももちろん顔が利く。ついでに顔もよし。異母妹に対する愛情も間違いはない。
 ただし道徳的に問題あり。な、発言にも、ミレイは笑い出し、シャーリーは女の夢を語る。
「シュナイゼルさんなら喜んでルルちゃんのことお嫁さんにしそうね〜。戸籍上は問題ないしね〜」
「シュナイゼルさん相手なら結婚式はルル、真っ白なドレスかなあ? あ、絶対可愛いっ! 結婚式、呼んでくれなきゃ私泣いちゃうからね! っ……でも、ルルがお嫁にいっちゃったら、それでも私泣いちゃうよぉ…っ」
 笑い上戸に泣き上戸。立派な酔っ払いに囲まれて、ルルーシュに歯止めが利くわけもない。
 基本的に店内はどこもかしこも酔っ払いに溢れていて、女が三人、喚いていようが周りは気にも留めない。レベルは高いけれども少し耳を傾ければ生々しい婚姻話。声をかける勇者など、それがお仕事なウエイターを除いてはいまい。
「――お客様、お水をどうぞ」
 真四角の氷が雲を作った透明なグラスを差し出されて。暗に飲み過ぎだと示すお節介に顔を上げてみれば、そこにあったのはベビーフェイスな甘い顔。
 どこかで見たことがあるような、ないような――緑色の瞳をじっと見つめてしまって。
「………お客様、どこかで会ったことが?」
 問いかけられて、ルルーシュはしばしきょとん。しかし顔に覚えはなかったので、「………いや?」と答える。あれ? と思ったのは、今の問いかけがルルーシュに求めたものか、それとも彼の言葉だったのか。何故、そう思ったのかわからなかったけれど、ルルーシュはつい口が滑った。
「……どこかで会ったことが?」
 しかし男はうんとは言わない。代わりに、ポケットから何かを取り出して、ルルーシュの目の前にそれを置く。
「五万で買われたわけじゃないから」
「……………は?」
「この前は楽しい夜をどうも、ルルーシュ・ランペルージさん」
 耳に吹き込まれた声。
 ぎょっとするほど色艶めいた声に、寸秒遅れて全身が鳥肌立つ。その次に、上がった熱が一気に爪先まで冷えた。
 男はそのまま去った。友人たちも呆然と見るしかなく、机の上には諭吉が五枚。五万という数字にはとても覚えがあって――しばし呆然としてから何事かと問うてくる友人たちにも、何も答えることができず。
 ルルーシュはしばらく放心した後、テーブルに置かれた五万円分の札束を掴んで裏へと消えた男を追った。





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