「………ここは関係者以外立ち入り禁止ですよーお客様」
「………客の前で吹かしてる奴に言われたくはないな」
「客商売、息抜きしないとやってられないでしょ」
 ふぅ、と吐く煙は白い。臭いが鼻についたルルーシュは思わず眉をしかめ、そんな様子に男は「あ」と言う。
「煙草、嫌いなんだっけ」
「…………」
 うんとも言わぬ内に男は持っていた煙草を灰皿変わりのドラム缶に押し付けた。山のようになっている中に火が消えたばかりの一本がまだ少し煙をくすぶっている。
「アルコールもそんなに強くないんだろ? またそんなに飲んじゃって、大丈夫?」
 心配するような内容の台詞。しかしルルーシュは目を細め口の端を上げながら言われるそれが非常に腹立たしくて仕方がない。……否。失態は完全に自分のものだ。酒に呑まれてからの記憶が一切ない。
 ――気付けば、見覚えのない、奇妙に煌びやかな部屋で寝ていた。
 素っ裸の自分と乱雑に脱ぎ捨てられた服。極めつけは筋肉質なやっぱり肌色が目の前にあって、叫び出すどころではなかった。わけがわからず、とにもかくにも、自分が最大級の失態をしでかしたことだけはわかった。さらに救いと言うべきか地獄と言うべきか、強姦ではないことは状況が示していた。いくらなんでも、強姦されて朝までぐっすり眠るわけはあるまい。体の端々に攣るような痛さはあったものの、暴力的な痛みではなかった。ならばこれは酒に酔った自分の合意の上か……それはそれで最低最悪には違いなく。
 とにかく逃げ出さなければ。服をかき集める為にベッドを降りた途端、下半身から垂れ落ちたそれに腰が抜けた。泣きたい。だけれどそんな場合でもない。必死に服を着て、鞄から財布を取り出して。こんなホテルの相場、わからないから財布に入っていた五万の札束を放った。そして痛む腰に耐えて、逃げた。
 男の顔は、思い出せない。
「……本当、すっかり忘れちゃってるんだ……」
「? 何か言ったか?」
 男の小声を聞き取れず、問い返したルルーシュに、彼は童顔によく似合う人懐っこい笑みを浮かべる。
「あんまり酒強くないんなら、飲まない方がいいよ、おねーサン」
「っ!!」
「あ、でももう手遅れか…」
 その言葉が示す意味に、ルルーシュは発狂寸前。
「っ! っ!! っ!!! っ!!!!」
 腹が立つ。腹が立つ! 腹が立つ!!
 拳に力が入り、握り締めていた万札はシワが寄っていることだろう。
 忘却の彼方に葬り去ってしまいたい出来事だった。二度と思い出したくはなかった。実際、最近はようやく忘れかけていたのに。――二度と、顔も見たくないこんな男!
「っ?!」
 男は叩きつけられた紙切れに目を開く。
 足元に落ちるのは、五枚の万札。
 ルルーシュは精一杯の虚勢で、男を見下ろす。
「ホテル代だ」
「……だからどこに五万もする部屋があんだよ」
 逃げ出すようにしてホテルを出てみれば、いわゆるそういう行為をするためのホテルが並ぶ界隈だった。思い出してルルーシュは、あんな場所の相場なんざ知ったことか! と怒鳴り散らしたいのを飲み込む。……因みに、賭チェスだの実家の呼び出しだの、普段からルルーシュが利用するホテルは軽く5万はくだらなかったりもするので、普通のホテルの相場も知らないのは蛇足だ。
 何にせよ、名前も知らぬ男と共にあんな場所へほいほいと付いていってしまったのは完全な自分の落ち度であって。それをこの男に見透かされるのは我慢ならなかったし、金輪際こんなこともない。
 ルルーシュは口の端を上げてにこりと笑う。やけっぱちながら、嫣然な顔だって作った。
「これで私はお前を買ったんだろ? ――楽しい夜をどうもっ!」
 カツン! とヒールを鳴らして、翻る。
 腹立たしい、腹立たしい、腹立たしい! カッカッと地面を鳴らして足早に。怒った背中と肩を向けた相手には一度も振り返ることもなく。
 だから彼がルルーシュをじっと見送って、溜め息をついたことなんて知る由もなかった。





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