スザクは酒には強い。もちろん記憶を飛ばすという失態をしでかしたことがないし、帰りの途次で粗相をしたこともない。気分は良くなることが多いが、どうして周囲の人間が酒を飲んだだけであんなに足取りがふらついたり、眠ってしまったり、阿呆なことをしでかすのかが理解できないくらいだ。
つまり、酒を飲んだ時のことは全て記憶にある。覚えている。昨晩のあまりに熱すぎる夜のことだって全て覚えている。酒の勢いとと甘さだけの情欲に支配され、持て余すものを全て注ぐが如く情熱的で運命的な夜だった。まさに夢のような一時。思い出すだけで下半身は再び熱を持ち始めているくらいだ。
が。
「……………ゆめ?」
否。
そんな筈はない。そんな筈は絶対にないと、スザクは頭と身体が覚えている。間違えようもない。絶頂に達した時の人生で感じたことのない程の快楽。そして下で喘いでいた女の柔らかく気持ちの良すぎる身体と声と全てと。こんなにもはっきり思い出せるそれが全て夢だというならば、自分は立派なポルノ作家にでもなれそうだ。
だけれど、ならば、この状況は何だ? ――自分は、まさか、まさかの大失態をやらかしてしまったのだろうか?
頭を片手で抱えてみたが、昨夜の酔いは全く残っていない。むしろ残っているのは初めての相手との行為後の倦怠感。睡眠を取った後だというのに未だに疲れが残っているなんて今までに一度もなくて、どれだけ激しく動いていたのか、どれほどに執拗に彼女を求めてしまったのか、この身体が覚えていた。そして疲弊した身体は回復の為の休息を必要としていて、昏睡なまでに落ちた身体は、普段ならば他人の物音でも醒めるスザクの意識を呼び起こすことはなかったのだろう。
(……………こんなことなら、彼女の身体を抱いて離すんじゃなかった)
きつく抱いて、逃げてしまわぬように。いや、それさえもできないほどにスザクは疲れ切っていた。そして過去、行為後にスザクより先に姿を消した女なんて居なかった。完全にこれはスザクの油断であり、失態だ。
一見、豪奢すぎるほどのベッド。毒々しい色のカーテンと、真白のシーツ。その上には数枚の札束が乱雑に放置されていた。それこそがここに『彼女』が居た証でもあって、スザクはたった一人で起きた惨めさに腹立たしささえ覚える。
泡沫の夢ではなく、現実として。
冷たいシーツが、より一層の惨めさをスザクに覚えさせる。
スザクは彼女が残した紙切れに手を伸ばす。
「……五万………アホか……?」
日本円、最高額を示すお爺さんの描かれたお札が五枚。果たして何を考えて、こんな大金を置いていったのか。いくらスザクとは身分の違う社会人と言えど、これは大金の部類に入る筈だ。そういえば金には困っていないと言っていた彼女を思い出して、はてとスザクが首を傾げたのは、状況と言葉の不一致か。彼女の言っていた『危ない遊び』……とは、まあ、つまり、こういう事ではなかったことだけははっきりした。もしこの手の事で彼女が小金を稼いでいるというならば置かれていたのは五枚の諭吉さんではなく、空になったスザクの財布であろう。更にそもそも彼女の身体は明らかに男に慣れたものではなかった。むしろ最初から『そういう目』で見ていた自分にスザクはショックに似た衝動を覚えて今度は両手で顔を覆って俯せた。今まで女の子を可愛いとは思ったことは数知れず、付き合った子の数も知れず、女の子の身体は気持ちがよい物だと思ったことも数知れず。だと、言うのに。どうしたことだ。出会ったのは昨日の晩。話した時間は数時間。残していったのは相場知らずの大金だけ。スザクの攻め立てにただ泣くだけの女だった。スザクを喜ばせるような手管もなにもなかった。ただ、一方的にスザクが彼女を貪り尽くしたようなものだ。――その感触が身体と頭と、心から離れない。思い出して身悶えすらする。もう、彼女以外抱けないのではないかと思わされるくらいに。
「………冗談じゃない」
このまま、はいさようなら? 私のことは忘れて下さいと言わんばかり。金だけ残して、一夜限りの夢として終わらせましょう。
そんな彼女の声が聞こえるようで、スザクは持っていた五枚の札束をグシャリと握る。
湧き出た感情は何だったのだろう。怒りにも似ていた。けれど心が悲鳴をあげるようなそれが、ただひとつの希求を渇望していた。
彼女に、会いたい。
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