何も全てお前が脱がせる必要はないのだと慌てたルルーシュに、スザクは心なしかほっとした。
 下着を二、三枚残した段階でスザクは一度、手伝いの手を止める。床に散らばったドレス類を集め、ついでに自分の礼服も上着は脱ぎ、軽くたたんだ。
 皺ができてしまうのは必至だろう。このドレスの持ち主なのかはわからなかったが、貸し出しをしたユーフェミアには丁重に謝らなければなるまい。
 そんなことを考えながらも、傍らで衣服を全て剥いだルルーシュにすかさずバスタオルを掛ける。
 勿論まとっていた布がなくなったルルーシュの身体は、真っ平らな板。つまり、紛れもない男の身体。見慣れていると言えば見慣れているルルーシュの裸ではあったが、自分が女物のドレスを脱がせた姿には何だかいけない気分が沸々と懲りずにも沸き上がってしまう。
 それをどうにか抑え、スザクはタオル越しにルルーシュの身体を浴室へと押しやった。余談だが、彼は生粋のブリタニア人の割に、浴槽に湯を張って浸かることを好んでいる。イレブン……もとい、日本人のスザクの影響であることは言うまでもない。
「スザク」
「はいはい」
 渡したものの、直ぐに剥がされてしまったタオルをスザクは受け取る。そもそもスザク自身の目隠しの為に渡したに過ぎないのだから、ルルーシュにとっては邪魔なものでしかなかっただろう。
 ちゃぷん、と音を立てて、ルルーシュは肩まで湯に浸かった。その様子を見て、どうにか自制を保てたとスザクが微かにほっと一安心するように息を吐いた。……僅かに、のつもりだったのに、それをルルーシュが見逃していなかったことにスザクは気付いては居なかった。


* *


(ドレス、片付けないと…‥)
 脱衣所に放置してしまったそれ。湿度の高い所に置いておくのも、多分あんまりよくないことだろう。せめて向こうに持って行かなければと思いながら、ついでにスザクはこの場をできるなら離れたかった。
 じりじりと神経を擦るように煽られている気がするのは、間違いない。これ以上この場に居ようものなら、どうなってしまおうか。
 ―――と、思っていたのに、それは他ならぬルルーシュの声で阻まれた。
 煽らないでくれ。スザクの余計な懸念は、あながち外れではなかったりする。

「なあ、スザク」

 ちゃっぽん。
 身体をずらしたのだろう。湿った浴室では、よく響く。
 変に聴覚ばかりを意識してしまいそうになるのを抑えながらも、スザクは自分を呼ぶルルーシュに「なに?」と、振り返った。
「お前、妬いてた?」
「……へ?」
 スザクの理性など、ルルーシュは知ったこっちゃないらしい。
「さっき。視線が痛かった」
「………」
 しょっちゅう空気が読めないと罵倒される割には、どうしてかルルーシュの言いたいことは言葉数少なくともわかってしまう。――多分に、覚えがあることを言い当てられただけであるということなのだろうが。
 わかっていながらいちいち確認してくるルルーシュが恨めしい。
(…だって、もうルルーシュ、ドレス脱いじゃったし。)
 ばれているならば、白状してしまった方がきっと賢い選択。
「…自慢半分、嫉妬半分。かな」
「自慢?」
「僕のご主人様は美人」
「阿呆」
 心底呆れたと言うルルーシュにスザクは口元を弛める。浴槽の側に寄り、お湯を掬ってルルーシュの項にかけた。ルルーシュは気持ちよさそうに、スザクの行為を受け入れる。
「妬いてたよ。シュナイゼル殿下にも、クロヴィス殿下にも、コーネリア殿下にも」
 本当はきっと、ユーフェミアやナナリーにだって妬いていたけれど。
「……姉上は予想外だった」
「そう?だっていつもユーフェミア殿下とも踊られてるじゃない」
 件の第二皇女は、男女の差異を感じさせない勇ましさがある。彼女と実妹が躍る姿は薔薇と百合の如く絵になるものであったが、コーネリアとルルーシュ(勿論、ドレス姿の)が躍った姿は、また別の意味で絵になっていた。
「…僕とは踊ってくれなかった」
「踊りたかったのか」
 驚いたように目を丸くしたルルーシュに、今度はスザクが口を尖らせた。
「当たり前だよ」
 と、言えば、益々ルルーシュは驚き怪訝な表情になる。
「……お前、変な趣味があるのか?」
「……ルルーシュ、僕、かなしい」
 ガックリと項垂れたスザクに、ルルーシュは何を思ったのか。
 ふむ、と一息。
 ちゃっぽん、とスザクに向かってお湯を払いスザクを振り向かせ、ちょいちょいと招き寄せる。
「?」
 ただでさえ近かった顔。―――が、一部、接触した。
「―――ッ…‥ふッ!?」
 驚愕のあまり硬直したスザクに、ルルーシュは接触した唇を僅かに離した隙にぺろりと舐める。若干上目遣いでスザクを見上げ「気付かなかった詫びだ」と言いながらも、居丈高な態度。
 度肝、という程ではないが、腰が一瞬なりと引けたのは確かで。引けたというか、浮いたというか。
「ルルーシュ」
 呼ぶ声は既に色が変わっていた。
 スザクはシャツが濡れるのも構わず、浴槽に腕を置いてルルーシュに口付けた。そこに理性なんてものは見当たらなかった。




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リクエスト企画より / 2007.06.10