「…足が痙りそうだ」
自室に戻り次第、ルルーシュは先ずヒールの高い(過ぎるほどの)靴を脱ぎ捨てた。硬い上に不安定なそれは、重心を支えるには足に負担が掛かりすぎる。倦怠感を覚えながらも、ルルーシュはそのままシャワールームに向かい――「スザク!」と、呼んだ。
「お呼びですか?ルルーシュ殿下」
遠慮しているのか、開けたままの扉の一歩手前で停止しては腰を折るスザクに。ルルーシュは拗ねるよう、口を尖らせた。
「その口調、止めろ。いい加減、俺が言わなくても二人っきりになったら戻していいと言ってるだろう」
主従としての態度の話だ。それにスザクは、苦笑とも、微笑とも呼べる表情を浮かべ答える。
「そうは言っても、ほら、ケジメとかも大事じゃない?こういうことは。――で、何?ルルーシュ」
どうにもスザクが本分としてよりもこの遣り取りを愉しんでいる節があるように見えることがルルーシュは目下のところ気に入らないのだったが、とりあえずも砕けた口調に戻ったことに満足したのだろう。用件を問われ、ルルーシュはスザクに背を向けた。
そして、言い放った。
「脱がせろ」
「………」
端的な命令は実に分かり易かった。その理由までもが(悲しいかな)しっかりと汲み取ってしまえるスザクは、ひとつ溜息を吐いた。
「……だから、ユーフェミア殿下か咲世子さんにでも着替え、手伝ってもらえば良かったのに……」
「冗談じゃない。着させられた上に脱がせられるまで、遊ばれて溜まるか」
プライドの高い彼のことだ。女性に服を脱がせられるのはともかく(そもそも彼は皇族という身分の高い人間である為、着替えを手伝われることはままある――と言っても、それも必要最低限なのではあるが)、それが女性のドレスとなると、男としての矜持が許さなかったのだろう。いくら身内、妹姫に甘い甘過ぎるほどのルルーシュでも、何もかも好き放題に弄られるのは嫌だったらしい。
「……一人でできるって言ったくせに」
「うるさい」
ぴしゃり、一刀両断。
「仕方ないだろう。そもそも自分がどうやって着せられたかもわからないんだ。…それに、背中に手が届かない」
続けられたのは、言い訳染みた文句。更に最後に不本意ながらだろう付け加えられた事実に、「ああ…」とスザクは納得した。
元々、女性のドレスは一人で着付けたりするものではない。特に格式の高い物となれば、2人3人掛かりは当たり前、一種の力仕事でもある…と、スザクは聞いていた。無論、着付けよりは脱衣の方が容易である。が、背中で幾十にも組み込まれた紐といったものを、正しく解くには一苦労する。下手に力任せにやっては、ドレスが破れてしまうこととてあり得る。そもそも、ルルーシュは不器用とは言わないが器用でもない。ましてや、見えない背中での細かい指作業ができる筈もない。
それで、スザクに手伝わせようという魂胆。脱がせろ、と一言。
しかしドレスをしっかりと着込んでいるルルーシュは、一見、女性にしか見えない。はっきり言って、その命令は年若い健全な男子には酷だ。
「……鬘、とったんだね」
それは幸か不幸か。おかしな話だが、ウイッグを被ったままだったのならまだ良かった。“変装”なのだと素直に思えたし、そうでなくとも女性扱いができた。
しかし、素のままのルルーシュ。そのドレスを脱がせるという行為。余計に妙な意識をしてしまうだなんて、ルルーシュには言えない。
「…あれを被ってると、鏡を見た時に変な気分になる」
「鏡?」
スザクがあらぬ方向に思案していたところを、ルルーシュは何を思ったのか。スザクの問いに対しての答え、なのだろう。
はて、何のことを言ってるのだろうか。スザクは首を傾げ、ルルーシュは続ける。
「……似てないじゃないか」
呟くルルーシュの言葉は指し示す対象がない。が、スザクはそれが何かを悟る。
おそらく、先の夜会で何度か耳にした―――マリアンヌ皇妃に生き写し、という言葉。
実妹のナナリーでさえそう言っていたのを、スザクは覚えている。
けれど本人は、「似てない」と言う。
「ルルーシュ?」
問いかけに応える声は納得できない様子がありありと。
「…母上は俺みたく目付きは悪くないし、動きもがさつじゃない」
「……は?」
「母上にそっくりなのはナナリーだ。優しくて、可憐で、あたたかい。お前も、そう思うだろう?」
期待するように問われ、今度はスザクの方が狼狽してしまった。
「え、う、ううん、僕は、その、…写真でしかお姿を見たことないから、わからない…かなー……」
そんな答えは、お気に召さなかったらしい。ルルーシュは口を尖らせ、賛同してもらえなかったことに拗ねたに違いない。
……それにしても。
(……相変わらず、お母上とナナリーのことになると……)
いろいろと駄々漏れである。
事実、ルルーシュが幼い頃に病で倒れてしまったマリアンヌ皇妃にスザクは直接会ったことはない。しかしルルーシュを始めとして、ナナリーや彼らの異母兄姉妹から彼の皇妃の話を聞くことは多く、皇妃が如何に美しく優しい人物であったのかは知れている。
だから今日、ルルーシュの姿を見た時も、もし皇妃が生きていたらこんな姿だったのかともスザクが思ったとは……今のルルーシュには言えないことだ。
と、いうか、――正直に言おう。
欲情している相手は他ならぬルルーシュであって。マリアンヌ皇妃の生き写しではない。
(………そんなことこそ、言えるわけがないけど)
しゅるり、とドレスの紐を丁寧にひとつずつ解きながら、スザクは思う。
切ない。
哀愁の心地に浸りながら、スザクは己の職務を全うしようと自分に言い聞かせた。
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リクエスト企画より / 2007.06.10