[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



姫君とワルツ



「―――やはり、逃げていいだろうか」

 ぽつり、と。
 扉の先では華やかな夜会が開かれていようとも、厚い壁の前は、しん、と静まり返っている。闇夜に溶けるような響きに応えたのは、軽い苦笑。
「逃げられないことは、君が一番よくわかってるだろうに」
「………」
 少しふて腐れたような表情。対して、白い礼服――この場合、騎士服ともいう――を着込んだ青年が「そんな顔したら折角の美人が台無しだよ」と言ったら、余計に不機嫌さを増したらしい。が、その表情は親しい間柄の人間だけに見せる子供っぽさが垣間見え、更に着飾った美しさとのギャップが何だか嬉しくなって、青年の口元は自然と弛んだ。
「…兄上や姉上の戯れにどうして付き合わなきゃならないんだ…」
「ルルーシュが可愛いからじゃないかな」
 フォローにも何もなってないのだが、ルルーシュと呼ばれた人間は溜息一つで諦めたのだろう。遊んでるだけだという呟きが聞こえた気がしたが、それも愛あってのことだしと青年は思いながら。ルルーシュの諦めを悟った彼は、極自然な動作で腰を折り、手を差し伸べた。
「…では、参りましょうか。姫君」
 不満は残っているのだろう。憮然とした表情だ。
 陶磁器のような白い肌を僅かに覗かせ、勿体ないと惜しむように包み隠す漆黒のドレスを纏い、緩く波打った鴉色の光沢がある髪を腰まで伸ばしたルルーシュ。は、「しっかりエスコートしろよ、スザク」と言って、青年の手を取った。


* *


「ああ、まるでマリアンヌ皇妃の生き写しだね」
 そう評されたルルーシュは、苦笑を浮かべながら「先程も、」と控えめな声で応える。
「姉上に同じ事を言われましたよ」
「コーネリアはマリアンヌ皇妃を特にお慕いしていたからな。お前の姿に、嬉しくなったのだろう」
「…私は嬉しくありませんが」
 若干、拗ねたような態度で答えたルルーシュに、相手は軽やかに笑う。
「そう言うな。ユフィやナナリーが着飾ったのだろう?美しいではないか」
「止めて下さい、兄上」
 からかう兄をルルーシュは上目遣いで睨む。無論、相手はそれを面白がってるとしか思えない表情で佇むばかりだ。
「…それに、母上はこんな暗い色のドレスはお召しにはなりませんでした」
「確かにお前の母上は、華やかな色合いのドレスがよく似合うお方だった。お前とて、ナナリーやユフィのようなドレスを着れば良かったのに」
 ああ、勿論、そのドレスも似合っているよ、…と、涼しげに続ける兄に。
 ルルーシュは心底、嫌そうな顔をする。
「冗談でも止めて下さい。言っておきますが、こんな恰好しているだけで俺にとっては拷問なんです。大体、こんな恰好、いい笑いものじゃないですか!」
「感嘆とする者は居ても、笑った者などは居なかったと思うがな―――」
 むしろ似合いすぎて、笑い者にすらなれないというか。
 ルルーシュの兄――つまり第二皇子シュナイゼルは、流石にそれを言えばルルーシュがより機嫌を損ねてしまうとわかっていたので口にはしなかったけれど、しかし流石にルルーシュの兄とも言う。ルルーシュの扱いにも、一等長けている。
「枢木君、君も似合っていると思うだろう?」
 誰のことだ、とは言わないでもわかる。
 ルルーシュの騎士であり、ブリタニアの臣下でもある為、ルルーシュとシュナイゼルの会話を黙って聞いていたスザク。だったが、突然に話を振られて驚きに身を跳ねた。
 そして条件反射のようについ声を上げてしまった。
「はっはいっ!!ルルーシュ様には、黒いドレスもよくお似合いで!」
「スザクッ!」
 シュナイゼルには何と言われようと反応の薄かったルルーシュも、己の騎士にそう評されて(しかも不意打ち!)顔を真っ赤にして怒鳴った。
 その様子があまりに分かり易く可笑しくて、シュナイゼルはくつくつと咽を鳴らす。そうすれば、先程の取り澄ました顔をしていたルルーシュも表情を崩し、少しばかり幼くシュナイゼルを睨んだ。
「…悪趣味ですよ、兄上」
 文句を言えば、兄は笑いながらも直ぐに答える。
「かわいい妹を可愛がって、何が悪い」
 その答えに、更にルルーシュは口を尖らせた。
「俺はあなたの妹になった覚えはこれっぽっちもありません。勝手に人を性転換しないで頂きたい」
 ぶすぅ、と不機嫌を隠さないルルーシュを前に。
 少しばかり遣りすぎたかな――と、思う殊勝な兄でもなかった。
「なに、今宵だけさ。……では、ルルーシュ姫。私と躍って下さいますかな?」
「……本当に悪趣味だ」
 本日、何度目の悪態だろうか。
 しかしここでシュナイゼルの誘いを断るわけにもいかないルルーシュは、不精ながら男の手を取った。一方のシュナイゼルは、抜け目ない。
「枢木君、悪いね。姫君の一番のお相手は私に譲ってもらうよ」
「兄上、いい加減にしないと足踏みますよ」
「なに、上手くリードしてみせるさ」
「……」
 軽口の応酬。気安い遣り取りの間に入ることを許されない騎士は、黙って腰を折り、主を見送る。
 その目に宿っていた感情を正しく読み取る者は、ここには居なかった。



NEXT




リクエスト企画より / 2007.06.10