初恋ラプソディア5


「ここはね、ルルーシュの家じゃないんだ」
「それじゃあ、ここはどこ?おじうえがいるの?」

状況説明は必要だろう。
そう思ってとりあえず子どもが認識できる範囲で先ず現状を教えた。すると、打てば響くような返答から過去と現在において意外な接点が見つかる。
(そういえばアッシュフォード家はルルーシュの後見人だって言ってたっけ…)
先ほど、スザクが口走った単語を正確に拾っていたのだろう。聡い子どもだ。
しかしいくら聡くても、いきなりここが海を越えた日本という国だと言ってわかるわけもなし。存在しないエリア11というエリアナンバーを言ったところで無駄。
幸いなことにここは租界であるから、言語は彼の母国語だし、建造物もブリタニア本国とさしたる変化はないだろう(但しスザクもまたブリタニアの様子は写真やテレビでしか見たことはない)
いつまでも部屋に閉じ込めておくのは可哀相だし、どうせ今日1日だけなのだ。適当に誤魔化して外に出ることは可能な筈だ。
そうと決めれば、スザクはまた電話を手に取った。通信先は、直轄の上司である女性。
「…………あ、もしもし、セシルさんですか?おはようございます、スザクです。えっと、その…今日、お休みもらってもいいですか…?いっいえっ、別に体調が悪いとか、そういうことではないんですが…っ!え?あ、はい…ええ、その、のっぴきならない事情が……あ、すみません、お願いします……………え?ランスロットは調整中?だから大丈夫?あっ、ありがとうございます!は?明日の放課後ですか?はい、わかりました。すみません、本当にありがとうございます!…それじゃあ、失礼します」
ぴっ、と電源を切る。と、じっ、とスザクを見上げてるルルーシュと目があった。
そんなルルーシュに、にっこりとスザクは笑いかけては、手招きをした。
「お仕事、お休みもらえたよ。だからルルーシュ、一緒にお外へ行こうか?」
「え?おそと?」
「うん。ここはルルーシュの知ってるところじゃない…僕の住んでるところなんだけど、危なくないから、安心して遊びにいけるんだ。…但し、ルルーシュが皇族って他の人にばれちゃうのはまずいから、僕とちゃんと一緒にいることが約束できるなら、だけどね?」
そのスザクの提案にルルーシュは、喜んで「大丈夫だよ!」と返事をする。
「僕っ、お外にいくときは名前もいわないよ!おしのび、っていうんでしょ?」
「そうだね。偉いなぁルルーシュは」
誉めれば、子どもはより一層喜びを見せる。そもそも彼は感情表現の素直な人間だ。嬉しければ喜色を露わにするし、腹が立てば隠そうとせず不機嫌になる。今でこそなかなかわかり難いものになっているが、それでもルルーシュは素直だった。そのルーツともいえる微笑ましい姿に、スザクは目を細めて笑った。
「…先ず洋服をどうにかしなくちゃな…子供服なんてあるわけないし…」
寝間着のまま外に出すのはどうかとも思ったが、仕方がない。
それじゃあ行こうか、と手を繋いだスザクは、外に出ようとしたものの、「あっ!」というルルーシュの声で一度足を止められる。
「ルルーシュ?」
「……歯みがきしてない」
悪いことをしてしまったようにぽつりと白状した幼い子どもに、スザクは困ったような笑いで応えてから、先ずは洗面所へ連れて行くことから始めた。


子供服は適当なところで調達をした。
遅くなった朝ご飯(もうこの時間ならランチかもしれない)を買って、スザク達は公園へと向かう。
ルルーシュは見知らぬ場所にきょろきょろと視線を回し、何か気になるものがあればすぐにスザクへ問うた。好奇心を限りなく膨らませられるのは、子どもの特権だ。
あれは何?と大型スクリーンの画面に映るナイトメアフレームについて聞かれた時はどうしようかとも思ったが(まだこの子供の時代には存在しない、未来のことを教えてしまうのは流石にまずいだろう)映画だと言えばすんなりと子供は納得したようで、追求はしなかった。目新しい光景に、どうやら興味は分散されているらしい。
そうして辿り着いた目的地は、休日ということも相俟って、多くの家族連れで賑わっていた。
「はい、これ。ルルーシュの分」
疲れたでしょう?と聞けば、ルルーシュはぶんぶんと首を横に振る。素直に疲れたと言わないのは、子どもなりのプライドからだろう。
とても覚えのある光景に、スザクは笑みをこぼす。
しばらく芝生に腰を下ろし、サンドウィッチを頬張りながらのんびりとしていた。
子供のルルーシュはよく喋り、スザクに母親のことから妹のこと、日常のことなど様々なことを話した。
出会った頃のルルーシュは、決して人懐っこい子供ではなかった。彼があの頃から、父親…ブリタニア皇帝を、そしてブリタニアという国を憎んでいたことは明白であり、日本という他国の中で周りのもの全てを敵視していた彼。
だからこそ、こんなにも無邪気な姿はとても新鮮で。
母親が生きている。それだけでこんなにも違うのか。…その事実は変えようのない現実だと承知していながらも、スザクは胸が痛くなるのを感じる。
―――嫌なことを思い出してしまった。
スザクは思考を諫めるように緩く首を振り、そしてルルーシュの視線が一点に止まっているのに気がついた。
「?」
何を見ているのか。その視線の先を追うと、そこには小さな子供の姿が、ふたつ。
年少の少年が小さな女の子の相手をしている、仲睦まじい光景。
「ルルーシュ?」
呼びかけてみれば、ルルーシュは小さな声で問いかけた。
「……僕も、ナナリーとあんなふうにいっしょにあそべるかな…?」
「………」
「あそびたいな…」
まだナナリーは産まれたばかりで、揺りかごの中から小さな手を握り返してくれるが精々だとルルーシュは言っていた。
視線の先の兄妹は、今のルルーシュとそう変わらない年齢だろう。少年が撫でれば少女は嬉そうに笑っているし、側にいる母親らしき女性が声をかければ、兄妹は喜んで母親に抱きついている。
羨ましがるルルーシュ。ついスザクは彼の頭を撫でていた。
「?」
「きっと直ぐにナナリーと遊べるようになるよ」
「ほんとう?」
「うん。楽しみだね?」
「……うんっ!」
満面の笑顔は砂糖菓子を頬張った時のようだ。
「そのときは、お前もいっしょにあそばせてあげるからなっ!」
「え?……僕?」
突然の指名にスザクは驚く。そんなスザクの顔に満足したのか、子どもは拙いながらも「こうえいにおもえ!」と言ってのけた。
「嬉しいな。…うん、じゃあ、僕もナナリーとルルーシュと遊ぶの、楽しみにしてるね」
――― それが叶うのは、数年後のことになってしまうことだろうけれど。
そして押し寄せる罪悪感は、数年後の彼の未来を知ってしまっているが為。
過去は変わらない。子どもは絶望を味わう。望まれ、恵まれた邂逅を自分たちは果たすわけでないのだ。
………それでも、彼らに出会えたことを幸福に思う。
(君たちと会えて、本当に嬉しいんだ)
聞こえないように、だが届けばいいのに、と小さく。呟いた声を、やはり子どもが応えることはなかった。

日暮れ時。
橙の灯火に照らされた頃合い。気付けば、横に座っていた子どもは寝息をたてていた。
「…ルルーシュ?寝ちゃった?」
疲れたのだろう。すっかりと寝込んでいる子どもの様子もまた微笑ましくて、スザクは和やかな心地になる。
起こさないようにそうっと彼を背中に抱き上げた。
「………ん、ナ、ナリー………かあさま…、」
寝言で最愛の人たちを呼びながら、スザクの温もりに甘える仕草。
その幼さはとても愛らしく、同時に切ない。
願わくば、少しでもこの子供が幸いな日々を送ることができればいい。
そして、『彼』が幸せになれる未来があればいい。そう、望まずにはいられなかった。

「………帰ろうか、ルルーシュ」
(君のあるべき場所へ)

背中で眠る幼子の返事はない。
そしてスザクは想い人の姿を思い浮かべた。

(………帰っておいで、ルルーシュ)

側に居るのだから、届けばいい。そんなことを思った。



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某方よりネタを頂戴。感謝。/ 2007.01.27