落ち着け、落ち着け、落ち着け?
心の中で三回繰り返し、息を吐く。
(…………うん、落ち着け、僕)
先ずは落ち着かなければ。
何度となく反芻してしまうのは、それくらいスザクにとって異常な事態である証拠。
(ルルーシュがナナリーを?)
いなくてもよかったなどと。
天と地がひっくり返ったところで、ありえない。
そう思うからこそ、スザクの動揺は果てしない。ルルーシュが子どもになってしまったことよりもひょっとしたら衝撃的だったかもしれない。
そして改めて冷静になれば、答えは簡単だった。
ありえない。それだけだ。


初恋ラプソディア4


「………ルルーシュはナナリーのことが嫌い、なの?」

どうすればいいのだろうか。悩んだスザクが口にしたのは、そんな問いだった。
これは意地悪な質問だったかもしれない。
そうは思ったが、スザクはこの子どものルルーシュに対する匙加減をまだうまく掴めていない。
手探りで相手をするしかない為、ストレートに聞く他ない。それにこの方が、子どもの心情を悟るには適切なのかもしれない。
案の定と言うべきか、ルルーシュは『嫌い』という単語に過剰反応を示し、泣きそうな顔になった。
「っきっきらいなんかじゃ……っ」
そう言って、しかしルルーシュは否定の言葉を噤む。
その後に言い直すように「き、きらいだもん……」と口にした声と顔はもう殆ど泣いてるに等しく、無理が見え見えだ。
本当にこのルルーシュは、ただの子どもなのだ。
うまく気持ちを言えなければ、中途半端に芽生えてしまった矜持も邪魔をする。素直であるべき子どもは妙なところで意地を張り、そうして要らぬ後悔を覚える。
理由なんて簡単。誰だって、子どもならば甘えていたいのは当然。
「……ルルーシュはどうしてナナリーが嫌いなの?」
「っだって!だって……っ」
きゅうっ、と眉を寄せる。目からは涙がもう今にも溢れ出しそうだ。
そんなに辛いならば、嫌い、などと自分を追い詰める言葉なんて口にしなければいいのに、それができないのだろう。
我慢するのもほんの僅か。ついぞ耐えられなくなったのか、溜めてしまっていたものを吐き出すかのようにルルーシュはぼろぼろと泣き出した。
「だって、かあさまはいっつもナナリーのことばっかなんだもん…っ!ぼくっ、がんばってお勉強もしたし、だいきらいなピーマンだって食べたのに…っ、なのに、かあさまはナナリーのことばっかで…っ」
しゃくりをあげながら子どもは泣く。寂しいのだと。泣く小さな子どもをスザクは腕に招いた。
それに縋るよう、ルルーシュはギュッとスザクの服を掴む。
「でも、でもっ、ナナリーのことがきらいだなんて、そんなのうそだもんっ!」
ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きながら謝るルルーシュをスザクは優しく撫でる。
更に子どもは声を大きくして泣き声を上げる。自分をあやす腕が甘えていいものだと無意識の内に確信した子どもは、我慢していたものを全てぶちまけるようにして、泣き続けた。

すん、と鼻を鳴らし、目を真っ赤にしながらも、ひとしきり満足するまで泣いた子どもは、おずおずとスザクの腕の中で気まずそうに俯いていた。
この年齢でそんな恥じらい覚えなくてもいいのに、と思わないでもないが、このくらいの年齢だからこそ複雑なのかもしれない。
そんなことを思いながらも、スザクは抱き上げていたルルーシュをベッドの上に下ろし、頭の高さを合わせて向き合った。
目は真っ赤だが、中央の紫玉は真っ直ぐにスザクを見詰めている。
心配そうにスザクを見るルルーシュに、スザクは心配ないのだとルルーシュの手をそっと握った。
「ルルーシュはお母さんが好き?」
そう問えば、子どもはこくんと大きな頭を動かす。
「かあさまは、きれいでやさしい」
聞いたことしかない、ルルーシュの母君。しかしその美しさを疑ったことはない。(何せ、ルルーシュとナナリーの母親だ)
またルルーシュが如何に母親を慕っていたかをスザクは知っている。それは子どもの時から、ずっと。
「ナナリーのことも好き?」
そう問えば、またルルーシュは首をこくりと落とす。鼻を啜りながら、小さく「………すき」と、しかし確かに言った。
「………あのね、ナナリーの手、とってもちっちゃかったんだ」
まるで内緒話をするかのようにルルーシュは語る。
「それでね、ぼくがそっとのぞくと、わらうんだ」
まだナナリーは小さな小さな赤ん坊なのだろう。会話もできない。意志の疎通もできない。
それでも伝わるものはある。
「でねっ、僕の手をぎゅってにぎってくれたんだよ!」
先ほどまでは泣いていた顔も、今は花が咲いたかのように。
本当に嬉しそうに言うから、聞いてる方まで嬉しくなる。子どもの魅力とは物差しで計れるものではないことをまざまざと実感する、そんな笑顔だ。
「ルルーシュはお母さんもナナリーのことも大好きなんだね」
「うんっ!」
満面の笑み。顔を紅潮させてるのは、喜びからだろうか。
(可愛いなぁ)
本当に不思議なくらい、子どもの笑顔には力がある。しかも相手はよく知る、愛しい相手だ。可愛さも倍増してしまうのは当たり前のこと。
スザクはルルーシュの頭を撫でながら「それじゃあ、」と続けた。
「ルルーシュはお兄ちゃんだから、ナナリーのことも守ってあげなきゃね」
「うんっ!あのね、かあさまと約束したの。ナナリーのことは、僕がまもります、って!」
「うん。ナナリーもね、ルルーシュのことが大好きだよ」
そう言えば、ルルーシュは喜び飛ぶように「ほんとう?!」と目を輝かせた。
「勿論。ルルーシュがナナリーのことを好きだって思えば、その分ナナリーもルルーシュのことが大好きになってくれるんだから」
「ほんとうに?じゃあ僕、いっぱいいっぱいナナリーのこと、好きになる!」
「うん。そしたら、ナナリーもルルーシュのこと、もっともっと好きになってくれるかもね」
無条件の愛情というもの。
それをスザクはこの兄妹を通じて知ったも同然だった。
だからこそ彼らが並ぶ姿は、スザクにとって幸せの象徴。家族という尊い絆。
「………だから僕は君たちのことを守りたいと、いつも思うんだ」
無意識に零れた心の裡。子どもは「え?」と、……確かに聞いていた。
「…それじゃあ、おにいちゃんのこともまもってあげる」
「……え?」
「僕、おにいちゃんのこともすきだもん。だから、僕がまもってあげる!」
甘い甘い響き。
同時に押し寄せてくる郷愁感。
(………いま、何か思い出しかけて……)
子どもが守ると言った。
吸い寄せられるのは、紫石英に宵闇が纏いつく双眸。
この瞳を初めて見たのは、いつのことか?



   『じゃあ、おれが守る。ひとりで泣かないよう、一緒にいてあげる』
   懐かしい光景。緑の山々。水の匂いがする風。



「……だからおにいちゃんも僕のことすきになってくれる…?」
「え?」
はっと我に返って、不安そうに揺れる瞳と目があった。
“好きになったら、好きになっただけ、好きになってくれるよ。”
そう言ったのは、紛れもなく自分だ。

「………勿論だよ、ルルーシュ。僕も君のことが好きだよ」

(……ああ、何てことだろう)
嘘偽りはない。が、もしかしたら自分のこの発言は子どもを傷つけることになるのかもしれない。
いつか喪失感を味わった、かつての自分のように。
嬉しそうに笑う子どもを見て、そんなことを思った。






『一緒にいれば、かなしくないでしょ?』
それは幼き日の、甘酸っぱい記憶。
たった1日。
突然現れて、突然消えた、けれど初めて恋い焦がれ、そして初めて絶望をも味あわされた人に向けた、幼かった自分の精一杯の告白。
(ああ、)
気付いてしまった。
辿り着いてしまった。
(―――君が僕の初恋の、)

ルルーシュは無事だ。明日の朝には、“帰って”いるだろう。
――― そして、この子どものルルーシュとは今日1日限りで別れなければいけない。

スザクはそうなることをあらかじめ知っていたのだ。そのことをたった今、思い出した。




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某方よりネタを頂戴。感謝。/ 2007.01.24