※オフ本【Merry,Mellow】のページ数と構成の都合上、本編に入れることを断念した幼少話。
※スザルル馴れ初め。本編は騎士×皇子パラレル。
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 枢木スザクの場合、人生のターニングポイントはあまりに歴然としていた。

「だいたい、何故僕が日本に来なければならなかったのですか」
「あらまだ拗ねてるのルルーシュ。だめよう、せっかく可愛い顔に産んであげたのが台無し!」
「拗ねてなんかないですっ! ただナナリーはまだあんなに幼いのに、ひとりブリタニアに残すなんてなに考えてるんですかって言いたいんです!」
「もう、ルルーシュったらすっかりシスコンなんだから。コゥとユフィに任せてるんだからナナリーは大丈夫よ」
「シス……っ、そ、そもそもっ、いつもは僕たちのことなんて放置しっぱなしなのに何で今回に限って連れてきたの?!」
「後学のため。って言うのは建て前で、運命のお導きってやつよー」
「はぁ?!」
「魔女にそう言われちゃったんだもの。ルルーシュに日本で素敵な出会いがあるから、今回は連れて行きなさいって」
「ま、ま、じょ?」
「当たるのよぉ? あなたを身籠もった時だって誕生日をピタリと当てたし、バカにしてたら罰が当たるんだから」
「た、たかが、占いのせいでナナリーをひとりぼっちにしてきたなんて…………」
「占いじゃなくて予言よ予言」
「ナナリー…………っ」
「ちょっと見ない間にあなた本当にシスコンになっちゃったのねぇルルーシュ。母さんちょっと心配だわ」
 ――なんて、目の前でぽんぽん飛び交う会話に身の置き場に困っているのが、つい先日、御年十になったばかりの枢木スザクだ。
 先ほどから見目麗しい母息子(なのだろう)はスザクのことなど置いてけぼりにして、言いたいことを言っている。主に息子の方がぶつくさ文句を言って軽くあしらわれているというか遊ばれているような印象すら受けるのだが、奇妙な光景を見ているような気がしてならない。
 何せ、母親の方がものすごい美女だ。スザクはこれほどまでの美女を初めて見た。直視するにも圧倒されてしまいそうな程だ。肩書きがさらに彼女の迫力を増す。
 世界一の大国、ブリタニアの皇妃。五番目とは言え、現在数多く存在するブリタニア皇妃の中でも飛び抜けて有名な彼女は、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアと云う。
 わざわざ皇妃直々に日本へやって来た理由は、彼女が持つもうひとつの肩書きに依る。現在、ブリタニアのみが有する、KMF。その先駆者としても名を馳せる彼女は、日本で近年採掘されるようになった天然資源サクラダイトの視察を目的に訪れた。
 極東の島国として世界でもあまり存在感を醸し出すことができていなかった日本は、地下に眠っていた資源が近年になって世界中……特にブリタニアという世界一の大国に目を付けられた事へ危機感を覚えていた。が、世界一有名な皇妃直々に来日したことには興奮していたことも確かだ。
 一方で、彼女を怒らせば、日本は終わる――まことしやかに囁かれた噂に、最初スザクはそんな馬鹿なと思った。それを思いのまま口にすれば、好爺には窘められ、師範には諭され、幼なじみにまで叱られた。スザクと同い年の皇子も帯同するという話が入った瞬間に、現首相の息子たるスザクに皇子の相手が任じられ、父親には決して粗相をするなと厳重に注意された。
 スザクが忠言されたことは、マリアンヌを通じてブリタニアを怒らせるな、と言うことではなかった。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア、張本人の機嫌をとにかく損なわせるな。彼女がその気になれば、一国が滅びる。最初、それこそスザクは意味が分からなかった。――けれど、彼女が機械人形……KMFを自在に操り、スザクの目の前にやって来た時はじめて、その意味がわかったような気がした。
 ただ、確かに最初は、マリアンヌに目を奪われた。けれど直ぐにスザクの興味の対象は、同い年と言われたマリアンヌの息子、ブリタニアの皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに移った。
 人形のように整った顔。今までにスザクが見たこともない、同い年の割に落ち着き澄ました表情。遠目に見ても彼はスザクの意識を集中させた。
 とは言っても、彼は最初に挨拶を交わした時点ではスザクに見向きもしなかった。無論、負けん気が強いスザクはそんなブリタニアの皇子とやらの態度が非常に気にくわなかったのだけれど。

「それにルルーシュ。早速、素敵な出会いがあったじゃない?」

 と、マリアンヌが水を向けたことによって、ルルーシュは驚き凝視するよう、初めて正面からスザクを見た。
 これがスザクとルルーシュの出会いだった。

 スザクとルルーシュの最初の印象はとにかくぎこちないものだった。
 しかし何を企んだのか、マリアンヌ本人は研究所に泊まると言いながらルルーシュは枢木家に預けられた。もちろん日本側に断る謂れはなく、くれぐれも息子をよろしくお願いしますと皇妃に言われて、いつもは血気盛んな年相応の首相子息をどうにか利発なブリタニア皇子の相手になるように日本の大人たちはスザクに言い含めたがそんなもの数日と言わずたった一日でボロが出た。けれど所詮はブリタニアの皇子も年相応の子ども。正反対な二人は衝突しながら仲を深めるのにそう時間は掛からなかった。日本の大人たちはそんな二人の様子に胸をなで下ろし、皇位があまり高くないとは言えブリタニアの皇子とコネクションができることをほくそ笑み、マリアンヌは異国の地にできた友人に振り回される息子を愉快そうに眺めていた。
 当の本人たちといえば、森を探検したり野原を駆け回ったり、将棋やチェスに明け暮れたり知識や料理や趣味を披露したり。スザクがインドア派のルルーシュを無理矢理にでも外に連れ回したのは、インドア派のくせにスザクと同じで負けん気が強い気性が気に入ったからからだ。最初は澄まして気に食わないと思った点は、彼の間抜けだったり一方で大人顔負けの知識や思考力を見せ付けられて、それでも同い年を実感させられる態度や仕草に消え去っていた。それはルルーシュも同じだったのだろう。何よりも、お互いに一緒に居ることが楽しかった。ただそれだけのことだった。
 転機は、マリアンヌに呼ばれたルルーシュにスザクが付いて行った日に訪れる。

 サクラダイトが豊富に眠るといわれるナリタ山の麓にマリアンヌは自らの愛機ガニメデと共に身を置いている。枢木家は首都となったトウキョウの都心に位置するため、行き来するにみ数時間程の距離があることとマリアンヌ本人が多忙を極めた為に親子の再会は数週間ぶりのことだ。
 警護車で送られ(何せブリタニア皇帝と日本首相の息子二人だ)、辿りついたのは殺風景にも見える研究所。厳重な警備を顔パスで抜ければ、一通り施設を案内されてからブリタニア皇妃の元に連れて行かれた。研究所の奥には広大な野原。演習所なのだと言われたそこには、いくつもの機械人形が並んでいた。今まで見たこともない光景にスザクは圧倒される。しかしKMF開発国の皇子であり、ついでに第一人者の母を持つルルーシュには別にどうってことのない光景だったのだろう。彼は言葉も出ず感動しているスザクなど放置して、マリアンヌの研究成果に聞き入っている。もちろん、スザクがわかる内容などではない。
「ロイドがね、大喜びしていたわ。サクラダイトを使って今までにない機体が作れるって」
「ロイド・アスプルンド? ……シュナイゼル兄さんが、彼がKMFを作れるのはもう少し先だって」
「バカねぇルルーシュ。先見の目を持ちなさい。シュナイゼルがもう少し先って言ったのはいつのこと? 二、三日前ならもう昔のことよ」
「……あと二、三年後のことだと思ってた」
「ダメダメ。そんなのんびりしてたらロイドなんてただの生き遅れよ。ロイドには五世代くらいは飛び抜けてもらわなきゃならないんだから」
「五世代先? ……想像もつかない……」
「本当ダメねぇルルーシュ。想像力を働かせなさい。常にイメージなさい。イメージは直感よ。次は行動なさい。自分の直感を信じて、思うままに世界を動かしなさい」
「母さんは自分が思うままに行動した末の周りの影響というものをもう少し考えてよ」
「あらやだ。つまんないこと言わないでよ」
 口を尖らせた美女にルルーシュは呆れ顔。いつの間にか会話は高尚な研究に関してから親子の痴話喧嘩になっていた。そしてスザクはと言えば、相変わらずこの母子の会話に入っていけないでいる。
 ルルーシュに慣れたスザクも、こうしてマリアンヌと言い合うルルーシュには親子だとわかっていながら感心してしまう。一方で、せっかくルルーシュと仲良くなれたのにこの時間はルルーシュをマリアンヌに取られてしまう。それが詰まらなくもある。
 スザクはマリアンヌが苦手だ。そう思うのは、彼女の近寄りがたい美貌だとか、明朗過ぎる性質とか、それもあるけれど、何よりも見透かされている感じがこの上なくやりにくい。……今もこうして蚊帳の外に追われたスザクに、たまに意味深な視線を向けてはにこりと笑われる。その笑顔の意味がわからないこと。スザクが焦れていることがわかっていながら、ルルーシュをからかうこと。何より、マリアンヌ自身がルルーシュをものすごく好いている、と言うべきか、愉しんでいる、と言うべきか。母親相手に嫉妬するなんて不毛なことこの上ないのだけれど、まだ幼いスザクは単純にルルーシュを取られたようでとにかく面白くない。
 できるなら、来たくなかった。けどルルーシュとは一緒に居たい。ルルーシュも文句ばかり言うならわざわざ来なければいいのに。……スザクが一番面白くないのは結局、ルルーシュ自身も口では何を言おうと、母親に会うことを楽しみにしているのだと気付いてしまったことかもしれない。
 そんな葛藤を胸に抱いたにスザクは、彼ら母子ではなく、目の前で駆動するKMFに視線を巡らせるしかない。まだこちらを見ている方が面白い。
 機械人形の動きはぎこちない。これを自由自在に動かすことができるのは、今のところブリタニアでもマリアンヌと他数名くらいのものらしい。けれどスザクにしてみれば、こんな自分の何十倍もある機械人形が動いているだけで、興奮してしまう。こればかりはまだ見慣れない。
「KMFが気になる?」
 それがスザクに向けた問いかけということは気付いた。甘ったるく、耳によく残る声。促されるままにスザクは頷いていた。
「ねえ、あなたルルーシュの騎士になってみない?」
「……は?」
「か、母さん?!」
 今度、素っ頓狂な声の発生源はルルーシュ。あまりの驚愕にスザクの方が驚いてしまう。
(キ、シ?)
 それはついこの間、ルルーシュから初めて聞いた単語。ブリタニアの皇族には【騎士】を選ぶ権利があって、マリアンヌも元は皇帝の騎士なのだとか。騎士は強く、主を一心に守り、皇族にとってなくてはならない存在。熱弁するルルーシュは母マリアンヌの功績も次々と並べ、自分もまた母のような強い騎士を持ちたいと締めくくった。
 その時のスザクの心中もまた複雑だ。スザクと比べれば、ルルーシュはとてもひ弱い。走れば必ず後ろの方で息を切らしているし、森の中でスザクを追いかけようとして枝に足を引っ掛けて転ぶことだって何回もあった。一度、マリアンヌと共にスザクの通う道場で稽古をしたときも散々だった。……ちなみにたまたまルルーシュの様子を見に来ていて同席したマリアンヌは師範たる藤堂にも渡り合っており、スザクも女性にあっさり投げ飛ばされる人生で初めての経験をした。
 とにかくルルーシュはスザクより弱かった。その代わり、ルルーシュはスザクの知らないことをよく知っていた。将棋の腕だって、父親が褒めるくらいだ。何をするにも、ルルーシュが言ったとおりに動くと大抵うまく進めた。スザクはよくルルーシュのことを助けたが、スザクもまたルルーシュによく助けられていた。
 だからルルーシュからブリタニアの騎士の話を聞かされたとき、なんとなくつまらない気持ちになって、「お前のお守りをする奴も大変だな」なんて悪態をついてしまい、ルルーシュと些細な喧嘩にもなった。
 ならば、自分がルルーシュの騎士になればいいのだろうか?
 思わぬマリアンヌの提案はスザクに光明をもたらした。が、あまり現実として飲み込めなかった。呆然としているようにも見えただろう。
 だからか、マリアンヌは「ちょっと突然すぎたかしら」と軽く先ほどの発言を撤回し、それでもKMFには乗せてくれると言った。
 騎士になるということがいまいちスザクにはまだわからない。ただ今このとき、マリアンヌに即答できなかったことをどうしてか悔しい気がした。だからKMFに乗せてくれるという話には、飛びついた。
「どうやらスザクの方が直感はよく働くようね」
 と、マリアンヌは至極満悦そうだった。

 生まれて初めて乗ったKMFはとにかく乗り心地が悪かった。最低限、歩かせることだけ、と教えてもらった操作方法は確かに簡単ではあったけれど、歩いているつもりがない間にも機体はグラグラと揺れ、数度見たマリアンヌの乗っていた機体のような動きが夢のように思えた。
 外の光景を映す画面には、演習所の囲いとして設けられている塀の向こうでマリアンヌとルルーシュが並んでスザクの乗る機体を見上げている姿が映っている。もちろん今のスザクはその音声までをも拾う技術など到底持ちえていない。
「……冗談でも言っていいことと悪いことがある……」
「あら、さっきの騎士のこと? 勝手にスザクを騎士にと言ったこと、怒っているの?」
 だからこんな母子の会話がなされていることも、もちろんスザクには聞こえない。
「騎士も何も、スザクは日本人で、枢木首相の大事な跡取り。ブリタニア皇族の騎士になんてなれるわけが……」
「日本は世襲制ではないし、確かに日本人どころか外国人が騎士になったことは今までないけどそれがどうかして? 騎士は自分が最も信頼できる相手でなくてはいけないのよ。それともルルーシュ、あなたはスザクのことを信頼できそうにもないのかしら? それとも、自分がスザクの主に相応しいと自信がない?」
「っ!! ――そ、そもそも、僕とスザクはまだ少ししか一緒にいないのに……っ」
「私はシャルルを一目見たときからこの人に決めたと思ったけれどねぇ」
 また、ルルーシュが何事かマリアンヌに噛み付いているような様子だった。けれども少しいつもと様子が違うような気がした。一体、何を話しているのだろうかと、スザクは手元の操縦桿を握る手も疎かに眼下の様子が気になってしまう。
「僕は……っスザクと友だちで居たい! せっかく初めてできた友だちだから……っ」
「騎士になったら友だちではいられなくなってしまう? そんなのは、あなたの甲斐性次第でしょう。それにね、ルルーシュ。私、夢で見たのよ。彼は、きっとあなたの運命の相手だわ」
「……今度は予知夢?」
「これは予知夢でも予言でも占いでもないわ。暗示、よ」
 ルルーシュの顔が何と言っていいかよくわからないように困っていた。そんな顔は初めて見る。それからスザクを見るように顔を上げた。彼からはスザクの姿など、見えていないだろう。ただ画面越しにスザクはルルーシュと目が合ったように感じた。
 騎士にならないかと言うマリアンヌの問いかけがクリアに耳に甦る。
 完全に意識がKMFの操縦から離れてしまった。途端、急激な浮遊感がスザクを襲った。その瞬間に青褪めて驚愕したようなルルーシュの顔が視界に飛び込んできて、それがこの時のスザクの最後の記憶になった。あとはもうブラックアウトだ。
 慌てた、焦った、間抜けな声で、自分の名前が叫ばれるのを聞いた気がした。



Merry,Mellow.past story.




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きな子/2011.04.30