彼には些か気の毒だったかなあと思いながらも、スザクにとってはあんな熱に浮かれた目でルルーシュの両手を握ったという点で制裁を下したことには誠に勝手ながら後悔していない。
一方のルルーシュはと言えば、未だにぷりぷりと怒っている。自室に戻ってからもルルーシュは着替える様子なく、今度はベッドの辺りでウロウロと歩き回っている。
「何なんだあの男は! いきなり会って間もない相手に結婚して欲しいだと?! 順序というものがあるだろう順序というものがっ!!」
さし当たってルルーシュのことだ。順序とは何かと問えば、交換日記からとでも答えてくれるかも知れない。
スザクは一目惚れした相手に結婚して下さいとは言わなかったけれど、自分はこの人と一生を共にすると決めたことはもうだいぶ記憶に古い。だからあの貴族の言い分がわからないでもなかったが(何せ一目惚れした相手も理由も全く同じなのだ。気の毒と言えば気の毒だが、フォローする気は一切ない)やっぱり『順序』は必要だと思うのでルルーシュに同意しておく。
何たって、スザクがここまで来るのには相当の労力と月日がかかった。本当に手に入れたいと思うならば、一足飛び足に俗物根性を出しては駄目なのだ。そりゃ多少の強引さは必要だけれど、それも時と場合に寄りけり。先ほどの彼の場合、そもそも根本から誤解しているので問題はないと思うが、油断はしない越したことはない。スザクはこの人を他の誰にも譲るつもりはないのだから。
「やはりスザク、俺は今日で再認識した。ナナリーの相手がこんな見合いで見つかるわけがない。俺は徹底的に潰していくぞ」
「ああ、うん。そうなると思ったけど」
因みにルルーシュより一足先に、コーネリアは愛する実妹の見合いを尽く握りつぶしている。さらにシュナイゼルなんかも表には出さないがいろいろと画策しているらしい。(そもそもルルーシュやナナリーを未だに隠している辺り過保護とかそういうレベルではない)本当に似た者きょうだいだ。
よし、と、とりあえずルルーシュは一区切り気持ちに整理が着いたらしい。
するりとそれまで被っていたウィッグを取る。
「あ」
と、思わず出てしまったのはスザクの声。
あ? と振り返ったルルーシュは、「何だ?」とまじまじと見詰めているスザクに首を傾げた。
「……もう、着替えるの?」
相手を窺う心境というのは、どうにも及び腰のようになってしまう。が、ルルーシュは何でそんなことを聞くのかと言わんばかりに「ああ?」と首を傾げながら頷く。
(さて、こういう場合は――)
と、スザクが思案している合間にも、ルルーシュはポイポイとミュールを投げ捨てた。
何たること! ちょっと悩んでいる間に、これでは終わってしまうではないか! 楽しみがなくなってしまうではないか!
「ルッルルーシュ!」
今回のお召し物は、非常に簡易なものだった。以前のドレスと比べると、背中に腕を回して複雑な紐を解く必要もなく、高いヒールで踵が疲れることもない。基本的にルルーシュは身の回りの世話は自分で行う。今回も前回の経験を踏まえ、とにもかくにも着やすく! 脱ぎやすく! をモットーに選んでいた。
そのワンピースはルルーシュにとても似合っていた。女物が似合う男ってどうなんだと思わないでもないが、ルルーシュならば問題ない。スザクにとって、問題は何一つなかった。
つまり、――つまり?
「――失礼しますっ!」
「へ、って、…ほわうぁ?!」
ベッドに背を向けてくれていたのが之幸い。
スザクは勢いのまま、ルルーシュに覆い被さった。押し倒した。襲い掛かった。
「なっ……っ、何をするっ、スザク!!」
突然の出来事にルルーシュはスザクの下で暴れたけれど、無論なんの効果もなく。
「ルルーシュ殿下」
「ッ?!」
耳朶に唇を寄せる。歯列が当たる距離でスザクは吹き込む。敬称呼びなのはだいぶ無意識だったけれど、多分に許しを乞う口調になるからで。乞うたからと言って、許しが必要とするかどうかといったら、またそれは別の話。
「――――脱がさせて下さい」
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