「……………………………は?」

 お前が脱ぐのか? とは、言わなかった。言えなかった。
 ルルーシュの思考よりも早く、スザクの手が動いた。押し倒された時に上がった片足。スザクはルルーシュの脚を、踝からスッと撫で上げていく。
「ひぅ…んっ?!」
 皮が固くなった手の平。どういう訳か、いつもよりもそれが直接伝わってしまい、ルルーシュは自分でも思わぬ声を上げたことに驚く。スザクは口の端で笑う。
「やっぱり、少し敏感だ」
「なっ…」
 嬉しそうに囁かれてルルーシュの目元は真っ赤に染まった。どういうことかと聞こうにも、膝丈のスカートに潜り込んできた手の感触が思考を邪魔する。今まで隠していた箇所に侵入され、いつもにはない羞恥心がルルーシュに芽生える。
(じっ、女子はこんな…っ、こんなっ、頼りない布キレしか纏っていなかったのか…っ?!)
 こんな容易く侵入を許すような。しかも下から這い上がるかのように。ルルーシュからは見えない所で、スザクが太腿を掴んだのがわかる。止めろと抗おうにも、両手を頭の上で一括りにされては全く何の抵抗にもならない。
「スザクッ!!」
 くい、とスザクの手が容易くルルーシュの脚の間を割り、その隙に身体が入ってきた。その間にもスザクは感触を確かめるようにスカートの中でルルーシュの太腿や付け根の辺りを指で撫で遊んでいる。たったそれだけだというのに、いつも以上の妙な感覚が這い上がってきて溜まらない。どういうことだと混乱するルルーシュの鼻先に、ちょんとスザクはキスをした。
「ルルーシュ、毛、薄いけど、あるとないとじゃやっぱり違うでしょう?」
「ッ――――!!!」
 それがこの『女装』をする時に異母兄に嗾けられた処理の所為だということを悟る。とんでもない羞恥心が込み上げてくる。口がパクパクと閉じなくなったルルーシュに、スザクは覆い被さった。深い口付けと、舌を交じり合わせる。次第に熱っぽく甘くなったルルーシュの声。それを察してスザクは片手を下半身から上半身へ撫で上げた。ぶるりと震えるルルーシュの体躯。ふっ、と息を吐くルルーシュはまだ何かに耐えているような。
 そして脇腹の下あたりでスザクの指に引っかかったそれ。
「あ」
 と、思わず声が出てしまえば、ルルーシュは何だと熱に浮いた瞳でスザクを見下ろす。これを言ったらルルーシュの気分を少しばかり邪魔をすることになる気がしたけれど、どうせ外さなければならないものだし仕方ない。
 窺うような視線のルルーシュにスザクは口元でだけ笑みを向け、そのまま手と指をルルーシュの背後に滑らした。脇と背中に入り込んだスザクの手に、ルルーシュは微かに悶えるように身体を浮かす。スザクにとってはありがたい。
 ちょうど背骨の真ん中。ぱちん、と金具のホックが外れる音。弛む胸の感覚。そこでスザクが何をしたのか、ルルーシュは悟る。
「ッ!」
 とんでもない恥を凌ぎながら付けられたそれ。正直見慣れていないルルーシュは、丁寧な刺繍が凝らされた下着を直視できなかった。ワンピースを被される時よりも、それを付ける時が一番辛かった。
 それをスザクの手によって外される。暴かれるという感覚。女の子は、こうしてひとつずつ剥がされて男に抱かれるのか。
(ッ…!! 変態か俺はッ!!)
 というかそもそも男なのにどうして女の子が男に抱かれるようなことを体験しているのか。というか、そもそもを言ってしまえば男に抱かれている時点でいろいろとおかしいのだが! と、ぐるぐるし始めたルルーシュのこともお構いなしに。スザクはホックを外したブラジャーをそのまま押し上げて、膨らんでいない胸に手を這わす。また跳ねるルルーシュの身体。足が浮く。ぐっ、とスザクは身体を押して、曲げていた膝をルルーシュの脚の合間に押しこんだ。
「ッ――!!」
 既に反応しかけていた場所に触れられて、痺れのような弱い快感がほとばしる。その間にもスザクは指で胸の突起を弄くる。いつもよりもいくらか弱い刺激。だというのに、無性に苦しい。息を詰めながら首を振るルルーシュは、より強い快感を欲し始めていて、それに気付かないスザクではなくて。
「ルルーシュ、かわいい」
 そっと耳に吹き込めば、睨まれた。別に羞恥心を煽ろうとしていたり、言葉責めとかそういう意識はなく、ただの本音でしかなかったのだけれど。どうしたってこんな状況ではいたぶるような意味合いでしか受け取れないのは、ある種ルルーシュの男としての意地。そんな姿がまたスザクにとっては愛しくて仕方ないのだけれど。――どんなに女装が似合っていても、女の人のように綺麗でいても、それでもルルーシュはルルーシュだ。スザクが好きなルルーシュだ。
 込み上げてきた感情に浮かされたままスザクはルルーシュの身体を貪る。手で撫で、唇で這わし、熱を分けて、熱をもらう。いつも以上にゆっくりとした愛撫はもどかしくもあって、身を捩りながらそれに耐えるルルーシュは、それでも確かに快さを覚えていて、スザクの膝に当たる熱が誇張してきているのがわかる。それがますます嬉しい。が、反面、ルルーシュにとっては辱められているという気持ちの方が増していて。
 こんな、こんな、恥ずかしいばかりの行為!
「やはり…っ、お前みたいな男……っ、ナナリーの騎士にしなくて、正解だった…っ!!」
 思わず口を衝いて出ていたルルーシュの言葉。
 確かに先刻、そんな遣り取りをしたけれども。しかもその時もルルーシュの思い込みであって、さらにはまさにルルーシュ当人が拒否するような行為を今まさに実践している真っ最中だけれども。
「………いま、ここで、それ?」
 ガックリと項垂れ。どうにかして気を紛らわせたい一心だったに違いないが、そんなことを言われてしまったスザクとしては気分も多少萎んでしまうというもの。
 この人と付き合っていくのは、多大なる根気が必要であろう。とは、何も今に始まった話ではないけれど。と、スザクはだったら余計なことを考えられないくらい、そして自分じゃなければ駄目だと思い知るほど悦がらせてしまえばいいのだと気を改めて、ルルーシュの顔を見て、そこに自分の勘違いも入っていたことを悟る。
 うううと唸るルルーシュの目尻には涙が溜まっていて、顔は真っ赤に紅潮。唇を噛み締めて、何かひどく屈辱を耐えているような、――この表情は。
(…………あれ?)
 スザクはこの顔を、たまに見る。
(あ)
 それはスザクに高揚を覚えさせる。ついあらぬところも反応しかけるような嬉しさがこみ上げてくる。
 どうしてくれようかこの人は。
 先ほどから180度ひっくり返った結論に思い至ったスザクは、自分のほっぺが軽く赤みを帯びているだろうことを察する。
「ルルーシュ」
 何だっ、と彼はやけっぱちのような答え。
 それが照れ隠しだとか天の邪鬼だとか、わかってしまった以上スザクは下がる頬を止められない。
「僕は君が好きだよ」
「っ、っ、っ、っ、っ………!!!」
 いま、ここで、それを言うか!
 奇しくも先のスザクと全く同じことを思ったルルーシュは、目尻に溜まっていた涙がついぽろりと零れてしまうくらいには動揺して。
 最愛の妹の騎士にしなかった理由とできなかった理由と。そこにはルルーシュのスザク対する独占欲も少なからず含まれていることは隠しようもなく。思えば最愛の妹の名前をこんな時に比較に出すこと自体、ルルーシュにとってスザクは他に代えられない存在であることを証明しているようなもので。
 直接的にルルーシュから同じ言葉が聞ける日は、もう少し辛抱して待とう。待つから、今は素直に受け入れて欲しいとスザクは溶けた笑みを浮かべ、ゆっくりとルルーシュに顔を近付ける。
 そうしてとてもとても幸福を口付けを交わした。


* *


「え? あの後、ナナリーとシュナイゼル殿下が直に釈明したの?」
「はい。混乱なされていたようですし、事情を説明しなければお兄様に変な噂でも立ってしまうかも知れないかと思いまして」
 女装癖のある皇子殿下。
 変に恨みを持たれそのような噂が立ってしまったら確かにルルーシュは怒り狂いそうだ。まあ自業自得でもあるのだけれど、この妹姫は兄に良からぬ噂が立たないよう画策してくれたらしい。シュナイゼルが同伴ならば脅しには十分。まったくもってできた妹だ。
「それに『私』にお見合いを申し込んできた以上、きちんと私がお断りしなければならないでしょう?」
 うふふと可憐に笑いながら、ナナリーは言う。
 なんとなく、あの貴族の青年が二度叩き落とされたような気がするのはあながち間違いではないだろう。
「……これから大変だね、ナナリー」
 幼い頃から見てきた少女も、年頃になってきたとスザクは感じている。ルルーシュの言う言葉は多少大袈裟ではあるが、全く嘘はない。
 これから更に磨きを掛けたナナリーがどれ程の美人になるのか。そしてどれだけの男が彼女に夢中になるのだろうか。
「あら、でもそれはお互い様です」
 え? と、首を傾げたスザクに、ナナリーは花を咲かせる笑顔で言う。
「私のお義姉様になりたいと仰るような方が現れたら、私だって気を揉んでしまいますもの」

(……ああ、うん、やっぱり、彼女は君の妹だよルルーシュ)

 ついでに異母姉妹や異母兄とか父親まで総掛かりで大変なことになるんだろうなあと思いながら、あれ、これってひょっとして僕に対する牽制でもある? と思って彼女を見やれば、それはもうとても可愛らしく笑みを堪えるばかりで。
 とりあえずこの場凌ぎにスザクも笑い返しておいたけれど、今頃ベッドで横になっているだろうルルーシュを思い浮かべては改めて他の誰にも譲らない覚悟を決意するスザクだった。






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「姫君とワルツ」の続きみたいな。
この後、ルルーシュとナナリーは少しずつ容姿を認知されて、そうなるとあの夜会の女性は何者? と謎は謎のままになることと思います。
皇帝の耳に入った日には大変なことになりかけて(ブリタニア軍総出で捜索とか)慌てたルルーシュがまたドレス着て亡き最愛の妻の再来に号泣シャルル。平和なんです。
きな子/2009.05.26