「帰ったか、スザク」
父親の出迎えは呆気ないものだ。元よりスザクがブリタニアへ渡ることを良く思っていなかった父親は、スザクが帰ってきたことを当然のこととし、これ以上、【枢木】の人間がブリタニアに関わるなと忠告までしてきた。最初、そんな父親の忠言の理由がわからなかったスザクだけれど、スザクの帰国を確認しにやって来た面々の挨拶や三年前と些か変わったらしい国情によって次第に明らかになる。
「本当に帰ってきていたのだな、スザク君」
幼い頃の師範は以前と変わらない読みにくい表情で、スザクの帰国を喜んでくれているようには見えた。が、どこか言葉の端々に、スザクが帰ってきたことが、本意ではなかったような含みが感じられて。マリアンヌに鍛えられた末の手合わせは、師範と互角の腕前になっていたことに両者驚いた。さすがマリアンヌ殿だ、と藤堂は感嘆し、ここまで成長したスザクを誉めた。その力、今度は日本を守るために使うと良い、と言った師範はスザクを慰めているようにも思えた。
次にやって来たのは、父親と肩を並べる老翁だった。
「何だ。本当に戻ってきてしまったのか」
彼は間違いなくスザクの帰国に落胆した様子だった。まるで父親とは正反対だ。その態度は、スザクがルルーシュに認められなかったことをあからさまに残念がっているようで、スザクとしてもかなりプライドが傷付けられた。
桐原公は言う。「お主があの皇子の従者になったら、より温情が傾いただろうに」
少なくともそれが政治的な色合いを含み、彼がルルーシュやスザクを道具としてしか見ていないことは自明だ。それはスザクにとって嫌悪しか生まない。
老翁はせめてブリタニアの皇子と密に連絡を取ることは怠るなと進言してきた。父親の言いつけと真逆で、スザクとしてはルルーシュと疎遠になることは望んではいなかったけれど、彼の言葉に頷くことには抵抗があった。
最後に、幼なじみの少女は、スザクの帰国を聞いて遠い京都より飛んできた。
「まあスザク! 本当にルルーシュ様の騎士にならずに日本へ帰ってきてしまったのですかっ?! 何てこと! これではスザクに協力してもらおうと思っていたこともパアではないですか。どうしてくれるのですっ」
「協力……?」
昔から空気によく響く軽やかな声が、スザクを責め立てている。が、理由が一切合切検討つかないスザクは首を傾げるしかない。
彼女、皇神楽耶は愛らしい顔立ちを怒らせて、そうですわ! とスザクに馬乗りになる形で抗議。
「わたくし、ルルーシュ様の妻になりたいと思っていますの!」
「つ……………………妻あっ?!」
腹を小柄な体に抑えられながらも素っ頓狂な声が出た。
「桐原のお爺様にルルーシュ様の妻になるにはどうしたらいいのか聞いたら、スザクがきっといいパイプ役になるだろうと言われ期待していたのに……おめおめ日本に帰ってくるなんて、わたくしの幼なじみとして情けないことこの上ないですわ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ、と、待て!! 何で妻っ?! っていうか妻?! お前っ、自分が一体いくつかわかってるのか?!」
「あら。愛に年齢なんて関係ありませんわ。それにブリタニアではわたくしくらいの年齢でフィアンセが居るのも珍しくないって。ああっ、もう! そう言った情報もスザクに横流ししてもらおうと思っていたのに、計画が丸潰れですわ。どうしてくれるんですか!」
「――そもそも何でルルーシュなんだ!!」
スザクは乗り上げてきていた神楽耶を乱暴にはねのけ、反対に鬼気迫る勢いで尋ねた。
ルルーシュが結婚? それもこの少女と?
(冗談じゃないっ!!)
帰国してから初めて感情が揺さぶられた瞬間だった。
騎士ならルルーシュとずっと側に居られるのだと思った。
もし、彼女がルルーシュと結婚したら、ルルーシュの側に居るのはこの少女と言うことになるのか。
「だってルルーシュ様は素敵な殿方でしたもの。一年くらい前にお会いした時も、ルルーシュ様は日本のためにご尽力して下さったし、何と言っても我が国がブリタニアのエリアにならなかったのは、ルルーシュ様のお陰ですし!」
「…………何だって?」
「あら、スザクは存じてなかったのですか? ルルーシュ様が日本とブリタニアの支援を決定されたことで、日本はブリタニアの完全エリア化を免れたんです」
表向き、それらは全て第二皇子シュナイゼルの名前で行われたが、内実はルルーシュの手柄なのだと、中枢に近い者たちは皆周知の事実だと神楽耶は言う。
元より日本は微妙な立場だった。サクラダイト目当てに、現在の世界の三大勢力全てに目を付けられていた。筆頭は、ブリタニアだ。但し地理的には中華も虎視眈々と日本を狙っていた。
もしブリタニアがサクラダイトを目的に日本を属国化させれば、日本の反ブリタニア感情は湧き上がり、戦争は免れない。その結果、圧倒的な武力を保持するブリタニアが日本を支配することは明白である。ブリタニアでは資源欲しさに日本を制圧してしまえという声が多かったと言う。しかしそれではただの侵略。ブリタニアは確かに今ではいくつかの属国を持っている。けれどそれらはブリタニアに対して自ら降ることで力を得ようとしたり、或いは武力なり政治、根深い宗教問題で摩擦が起こった国に対しての制裁が主だ。日本は今のところブリタニアにサクラダイトの分配率の圧力がかけられているが、それを決定するのは拠出国の日本の正当な権利である。搾取を目的に日本を侵略すればブリタニアに義はない。義のない戦争は、禍根を必ず残す。
シュナイゼルの名代として来日したルルーシュは、彼自身の言葉で日本の筆頭に語ったのだと言う。
『今のブリタニアは強大です。そして驕りがある。もしここで心ない一部の野心に従って義のない侵略をしてしまえば、ブリタニアはこれから戦禍の一路を辿るでしょう。そうすればいずれブリタニアは滅びる。私は祖国の誇りを失いたくはありません』
脅しでもあった。もしここで彼の言葉に耳を貸さなければ、待っているのは数十年か、はたまた数百年後かのブリタニアの滅亡よりも先に、数年後の日本の滅亡なのだと。
けれどルルーシュはブリタニア皇族の中で最も親日派だった。一年ほど、彼の母皇妃と日本で過ごした経緯もある。彼は日本が提示する条件を飲めば、ブリタニアのエリア化は防げると言った。
『ひとつ、サクラダイトのブリタニアへの分配率を引き上げること。ひとつ、日本解放戦線の抑制及び監視。彼らが反ブリタニアを掲げる以上は解体が望ましい』代わりに、彼はブリタニアの技術提供を持ちかけた。
『サクラダイトの拠出量を増やすためにブリタニアも技術と資本を日本に提供する』
日本はあまり財源が豊潤な国家ではなかった。彼の申し出は実質的に日本はブリタニアから大幅な援助を受けることになり、他国から見ればブリタニアへ下ったと思われるものだ。しかし属国化するわけでもなく、日本は日本のままでいられる。それどころか、虎視眈々と狙う中華の傘にもブリタニアはなる。
ブリタニアは第十世代相当のKMF開発の構想があり、それには日本のサクラダイトが欠かせない。日本はブリタニアの支援が必要。両国の間で、契約は結ばれた。
ブリタニアでは権力を持つのは皇族だ。弱肉強食を謳う国是は、個人の采配のウエイトが外交問題に関しても大きい。もしここで日本へ温情を持つルルーシュでなく、他の皇族がこの問題に当たっていれば高い確率でブリタニアは圧力の末に武力行使に至ったであろう。現に、そうして属国化された小国がないとは言えない。
日本にとって、ルルーシュがマリアンヌと共に来日していたこと、そしてルルーシュがブリタニアで台頭しつつあるシュナイゼルの元にいることは幸運であった。
「――ルルーシュ様が采配して下さらなければ、日本は今頃なかったかもしれません。私たち日本人は、ルルーシュ様に感謝しなければなりませんわ」
「ルルーシュ、が……」
知らなかった。マリアンヌの下に居て、スザクはそんなことちっとも知らされていなかった。
「日本にとって、ルルーシュ様、即ちブリタニア皇族と関係を密にすることは、今一番有益なこと。日本の皇家の私がルルーシュ様の妻になることは、政治的にも重要な意味を持ちますわ」
「お前……っ」
彼女のことをかしましいと思ったり、こしゃまくれてる、と思うこともある。それでも神楽耶はスザクにとっては妹のような存在だ。そんな彼女が自らを政治道具のように嫁ぐことを改まった口調で口にしたことに衝撃を受けたのか、――或いはルルーシュもまたそういう立場であることに衝撃を受けたのか。が、呆然としたスザクに気付いた様子なく、「と、言うのは建て前ですけど」とあっけらかんと言い放った彼女は、ただの恋する少女。
「初めてお会いした時、ルルーシュ様ったらレディの扱いにとても慣れているご様子でしたし、もちろんその仕草もとても優雅で私感動してしまって……ねぇスザク、ルルーシュ様、もう決まったお相手がいるとか? ……嫌ですわそんなのっ! 断然私の方が若いに決まってるんですからっ、私が負けるはずないですわ! ルルーシュ様、年下の女はお好きかしら? ああこんなことならもっとお近付きになっておくんでした……でも日本人の奥ゆかしさは美徳と言いますし、ルルーシュ様だって良妻賢母には弱いはずですわ。ねぇスザクもそう思うでしょう?!」
「――――知るかそんなことっ!!」
突然の怒鳴り声に、神楽耶はきょとんと目を丸くする。
「何ですかっ! 自分がルルーシュ様の騎士になれなかったからって、八つ当たりしないで下さい!」
それはスザクにとって痛恨の一撃で、鈍器で頭を殴られたかのようなショックの後、スザクにはもはや本能しか残らなかった。
「………………なっ……やる…………」
「は?」
「――――なってやるよっアイツの騎士にっ!!」
「はい?」
「何なんだよアイツ……っ、何が日本とブリタニアが戦争だ、何が生きる場所を間違えるなだ……勝手なことばっか言ってやがる思えば勝手なことばっかしてんのはアイツの方じゃねーか」
「あの、スザク?」
「いい度胸してんじゃないかルルーシュのクセに……お前がその気なら、俺だって好きにやらせてもらう……」
「スザク……?」
恨み言のように、ぶつぶつと。子細は神楽耶の耳にはっきりと届かず、訝しめば、ばっと顔を上げたスザクに神楽耶はびくりと驚く。
「俺は今からもう一度ブリタニアへ行く。そして今度こそアイツの騎士になる。四の五の言わせねぇ」
「はい?」
「それと神楽耶。俺はお前の協力なんかしないからな。てゆかお前なんかとルルーシュを結婚なんて俺がさせねーからな!!」
「なっ、何ですって?! ちょっ、スザ――!!」
突如とはっきりきっぱり言いたいことだけ言って身を翻したスザクは、唖然とした後に上がった神楽耶の金切り声も背にして、向かう先は父親の元。そしてルルーシュの居るブリタニアへ。
走り出した足は今度こそ止まらなかった。
「あなたも本当にバカねぇルルーシュ。そんなにウジウジするくらいなら、スザクのことゲットしちゃえばよかったのに」
「……何のことを言ってるのかわかりません」
アリエスの離宮に本来の主が帰ってきて、早三日。若主人は立派にその任を勤めているらしく、 三年振りの帰国もどうやら女主人がこの宮でやることはなさそうだった。それでも母親の役割はさすがに若主人では務まらない。まだ十になったばかりの愛娘は久しぶりの母の帰国に喜び、話をせがむ彼女を寝かしつけてきたのは少し前のこと。
「ナナリーも『お兄様が元気がありません』って心配してたわよ?」
バレバレねぇとあくまで軽い調子で嘆息されれば、ルルーシュもぐっと唇を噛む。そんなルルーシュの隣に腰掛けたマリアンヌは、彼の頭をぽんぽんと撫でた。
「仕方のない子ね。友達と騎士、天秤に掛ける必要なんてないでしょうに」
どちらもあなたに必要不可欠な存在でしょう? と語りかければ、ルルーシュは我慢するような苦悶の表情。
「…………要らない苦労を、スザクに掛けたくない」
「…………」
「俺の騎士になんてなったら、何を言われるかもわからない。ましてスザクはブリタニア人じゃない。もし、それで……っ」
「友達としても離れていってしまうのが嫌なのね」
馬鹿ね、と、今度はマリアンヌは口にしなかった。
「そういえば、面白い子に目を付けたみたいだけど、その子を騎士にするつもりかしら?」
「……ロロは、そんなつもりじゃない。それに俺は騎士を持つつもりは……」
「ロイドにデータを見せてもらったわ。見事にナナリーの年齢とぴったり、見た目も似てるように見えたのは多分ただの偶然なんでしょうけど、まさか自分のことは棚に上げてナナリーの騎士候補にするつもりかしら?」
「っ?!」弾けるように上げられた顔が図星を示している。慌てて取り繕うとしたけれど、この母親の前には無意味を悟り、多少拗ねた様子でルルーシュは胸の内を明かす。
「…………何も今すぐに騎士にしようとか、そもそもナナリーの騎士にすることも決めたわけじゃない。ただ、ロロは素質はあるし、鍛えていきながら様子を見るのもありかと思っただけで……」
「自分は騎士を持たず、ナナリーには自分が決めた騎士じゃないと落ち着かないなんて、随分ね」
「っ……か、母さんだって、スザクに騎士にならないかと勧めたり勝手に三年間も拉致したじゃないか…っ」
「そうねぇ。まあ結局決めるのはあなた達自身だけど……あら?」
そのとき、マリアンヌを呼ぶ声が聞こえた。今まではルルーシュが代理を勤めていたけれど、主人が帰れば用聞きはもちろんマリアンヌの役目だ。
親子の会話に割り込むのを躊躇った扉の前に立つメイドに足を向けたのはマリアンヌで、距離が開けば何を話しているのかはルルーシュに聞こえない。ただ直ぐに戻ってきたマリアンヌの表情は何も変わりなかったから、大した用ではなかったのだろう。彼女は中断に構わず続けた。
「ねぇルルーシュ。ナナリーと、そのロロって子のことは今はいいわ。どうせあなたも直ぐにというつもりはないのでしょう?」
ルルーシュは口を開かない。沈黙は肯定と受け取る。
「もう一度、スザクのことに話を戻しましょ。本っ当に、騎士にするつもりはないの?」
「……ない」
「残念だわ。スザクはルルーシュの運命の相手だって聞いていたのに」
これには訝しげに眉を寄せてルルーシュはマリアンヌを見た。対して、マリアンヌはいつもながらの微笑だ。
「……また、占い?」
覚えていたのね、と、気持ち嬉しそうにマリアンヌは笑みを深めた。ルルーシュにしてみれば不本意極まりない。思い出すのは日本に行った折、連れられた妄言のような理由だ。――ただし、そこでスザクに出会えたことには、ルルーシュにとっても行幸であったことは確かで、かと言ってそれを運命とかいう言葉で持ち上げられるのは心外。
「緑の魔女のお告げよ」
「緑の、魔女……?」
「そう。私たちの幸せを願ってくれてる………なあに、その胡散臭さそうな顔」
「…………胡散臭いと思ってるからじゃないか? そもそも一度も俺は会ったことないんだから」
そうねぇとマリアンヌはうそぶいた。
「まだあなたに会うつもりはないんでしょうね。いつか会えるわよ」
「……………」
「でもスザクが運命の相手じゃなかったのは残念だわ。一度振っちゃったんだし、友達としてもやっていけるのかしらねぇ」
「なっ」
「せっかくルルーシュの騎士になるために死に物狂いで三年間も耐えたのに、いざ想い人には門前払いなんて、きっと心に傷を負ってブリタニアに来るのも嫌になっちゃうんじゃないかしら」
「っ!!」
「スザクには可哀相なことをしちゃったかしらねぇ。青春真っ盛りの時間を食いつぶされちゃって……あらでもこんな美女とひとつ屋根の下で過ごせたんだから役得かしら」
「――だったら!! だったら、どうすればよかったんだっ!!」
聞き逃せない言葉もちらほらあったけれど今はとりあえずそれには触れずルルーシュは逆上。思わせぶりなマリアンヌの言い方は癪に触るばかり。それが挑発だとわかっていても、積年の癖か、ついルルーシュは大声で叫んでしまう。
「俺だって、スザクに騎士になって欲しかった! スザクが欲しかった!! でもっ、アイツは日本人でっ、ブリタニアのこと殆ど何も知らなくって、三年間俺だってずっと悩んでいたけど、やっぱりアイツを俺の騎士にするには、俺の力が足りなくて……っ」
ルルーシュが若くも台頭しつつあるシュナイゼルの下に就いたのは、スザクがマリアンヌに連れ去られて直ぐのことだ。スザクがマリアンヌにしごかれている間、何もしないでいることに我慢ができず、懇意にしていた異母兄の下に自分の足で向かっていた。
それから日本との情勢が悪化し、日本はスザクの母国だと思えば、無視することなどできなかった。侵略という極端な選択に傾こうとしていた日本との外交を自ら皇帝に志願し、何とか戦争を回避するようにシュナイゼルの協力を得て根回しした。そこで改めて、国が違うとはどういうことなのか思い知った。どうにか日本との外交は成功したが、一歩間違えば、戦争だってあり得たかもしれない。日本人のスザクを自分の騎士にすることへの抵抗は強まるばかりだった。今だって、その思いがルルーシュに足踏みをさせる。
「それでも……っ、スザクは初めて俺にできた友人だったからっ、友人として繋がって居られるなら、それでいい――っ」
告白。
パンパン、と、手を叩いたのは、もちろん傾聴者だったマリアンヌの他いなくて。何故、ここで拍手……? と、激情のあまり呆気に取られてぽかんと見上げたルルーシュに、マリアンヌは「よくできました」と、良い笑顔。
「まあ、及第点ってとこかしら」
「………………は?」
「入って来てどうぞ」
「……………………………は?」
ガチャリ、レトロな扉を押して現れた姿にルルーシュは開いた口が塞がらない。一方の相手は、真逆に口一文字。憮然とした表情が、今のルルーシュの言葉を全て聞いていたことを物語る。
そこにいたのは、今は遠い島国に居るはずの、親友。と、少なくともルルーシュは思っている相手。
「聞いたでしょう? スザク。ルルーシュのわがままの次は、あなたの番。あなたにとっては三度目の正直ってやつかしら」
一度目はルルーシュを追いかけてブリタニアまで来た。二度目はルルーシュの騎士になるために鍛錬を積んだ後。ならば、三度目は。
「…………ルルーシュ、僕を君の騎士にして欲しい」
静かにスザクは告げた。
何故、ここにお前が居るんだ――喉まで出てきた疑問も、スザクの直視に口にすることができない。代わりに、意地ばかりが出てくる。
「こっ……断るっ」
「何で」
「俺に騎士は必要ないからだっ」
「必要ないわけないだろうっ! だったら誰が君みたいな運動音痴を守るんだっ」
「だっ、誰が、うっ運動音痴だとっ?!」
「君だよバカルルーシュ!! だいたいさっき自分で言ったじゃないか! 僕を騎士にしたかったんだろう?! ならすればいいっ! つまんないことひとりでウジウジしやがって、だからすぐ何もないとこで転けるんだ! この頭でっかち!」
「なっ、」
「何が友達だっ、勝手に自分ひとりで何もかもしようとしてっ! 人のことバカにして、それで友達とかいえるのか!」
「な、何、言って……」
「僕は君と一緒に居られると思ったから騎士になってやろうと思ったんだ。なのに君は日本のことも勝手にひとりで片付けて、僕が要らないのは君の方じゃないか!!」
「ま、待て、スザクっ、俺は」
「何で日本のことも助けたんだ!僕のことが必要ないなら、日本だって見捨てればよかったんじゃないか!」
「そっ――そんなことできるわけないだろうがっ!! お前はバカか?! 俺はお前と友達で居たいんだ! 友達の故郷を見捨てるなんてできるわけがないっ!!」
「だったら、僕のことだって騎士にできるだろう!」
「そっそれとこれは話が別だろうっ!! って言うか前後関係がおかしいだろう…っ?!」
「うるさい! 確かに僕はブリタニアのことは殆ど知らないのかもしれない! だけど君が日本を助けてくれれたなら、僕だって君のことを助けなきゃならない!」
「――――っ」
「君が言ったんだ。生きる場所を間違えるなって。君が日本のことを助けてくれるというなら、僕に迷う理由なんかもうない。君が日本を助けるなら、僕だって君を助ける。君を守らなきゃ、日本だってどうなるかわからない。僕は日本人として他の誰かにその役目は譲れない。僕が君の騎士にならなきゃいけない理由は君自身が作ったんだ!」
ルルーシュは息を飲む。スザクはルルーシュを一心に見た。どんな機微も見逃さないよう、ルルーシュ自身を逃がさないよう。
一種の膠着状態が漂う。助け舟は、状況に似合わず破顔しているマリアンヌから。
「ルルーシュ、一応言っておくけど、こうなったスザクには何言っても無駄よ」
「っ……わかってます!」
「わかってるなら諦めて僕を騎士にしろ!」
「なっ何で命令されなきゃならないんだっ! っていうかお前突然殴り込んできたと思えば怒鳴るばかりでウルサいんだ!! ナナリーが起きたらどうするっ!」
「この期に及んで、妹の安眠の心配なわけ?! はるばる日本から来た友達も君は蔑ろにするわけか――っ」
「ええいっウルサいと言ってるだろうが――っ!!」
今日、一番の怒鳴り声がルルーシュから上がった。
一転、今度はスザクが目を瞠る。
「……俺の騎士になったら当然ナナリーのことも守ってもらう」
「……は?」
「あの子が自分の騎士を持つまでは、ナナリーの護衛も当然だ。あと俺たちは母さんが派手なせいで、影でいろいろ言われてる。俺の騎士だってボロクソに言われるだろう」
「そんなのは、別に……」
「命だっていつ狙われるかわからない。ブリタニアの皇室は何千年と骨肉の争いを続けてる。俺が兄上に登用されたことを快く思ってない連中は多い。直接的に狙われることだって今後あるだろう」
「…………」
「……戦争だって、いつ始まるかわからない。その時に、人を殺す覚悟はあるか? ――同胞を手に掛ける時がくるかもしれない」
「…………ルルーシュの騎士として、君を守る為になるならば、僕はきっと必死になるよ。……ただ、そうならない為にこそ、僕は君の力になる」
ルルーシュは一度、目を閉じた。僅かに眉間に皺が寄る。その様子をスザクはじっと見た。
一呼吸、ゆるりと開かれた眼には、まだ惑いが残されている。それを払うかのように、ルルーシュは静かに口を開いた。
「……俺は、絶対に日本と戦争は起こさせない」
「…………うん」
「お前に同胞と戦わせるような真似はしない」
「うん」
「そのために戦ってみせる」
「うん」
「ブリタニアという祖国にも……守りたい人たちの平穏のため、この国が誤った方向へ向かわないように、俺は抗うことを決めたんだ」
「――うん」
「……俺に力を貸してくれるか、スザク」
「僕は君の力になりたいんだ、ルルーシュ」
ならば――続く言葉は必要なかった。
二人が十五を迎える年、契約は成された。