→R2 turn25後の兄。
----------------------------------------------
「君はとても危険だね、ルルーシュ」
見上げる眼はあどけなく、無垢で幼い子どものもの。表情とてただの子どもで、異母兄の言葉に首を傾げる姿は年相応に愛らしくもある。
おそらく誰が見ても庇護欲を掻き立てられる幼さの特権を、まさに体現化したような存在。更に彼の母を連想させる黒髪に合わさる紫玉の瞳は、誰もが目を留める存在感を醸し出す。彼の母はその類い希なる容姿と、生来の能力をもってブリタニアの最高峰まで昇り詰めた。そうして産まれた子どもは、初めから『ここ』にいた。それが問題だった。
「兄上?」
「ルルーシュ。君は帝位を欲しいと思うかい?」
異母兄の突然の問いに、幼い子どもはそれでもぎょっとして大仰なまでの勢いで首を横に振った。反応の良さは、年齢に似合わず自分の地位や置かれている状況、そして質問してきた当人の立場をも含んでのもの。
「とんでもないですっ! 僕はそんなこと思ったこともないです!」
「しかしその才能があるとしたら?」
珍しい異母兄のしつこさにルルーシュは口を結んで眉をハの字にした。質の悪い冗談だとでも思っているのだろうと十も下の異母弟の内心を推測しながらもシュナイゼルはルルーシュの答えを待つ。
何を言うかも、予想はついているのだが。
「……僕は、母上とナナリーが平穏に暮らせればいいんです。僕がもし、『そういう』力があったとしても、そのせいで2人が嫌な目に遭うなら、僕は力を隠します」
彼の母親は力を隠さない故に、多くの僻みや悋気を浴びてきた。それを打ち砕くだけの力さえも彼女は持ち合わせていたが、一方でそれがなければ穏やかにいられることも子どもは理解していた。
「逆にその能力で守ろうとは思わないのかい? 君自身の評価だって変わるかもしれない」
「僕自身の評価はどうでもいいです。でも、2人が幸せに暮らすために必要なら、力の行使も迷いません」
「……だろうね」
幼い声ながらも紡がれる決意はそこらの貴族や皇族とは一線を画したものだ。予想の範疇内とはいえ、シュナイゼルはやはりこの異母弟は危険だと改めて思う。ある意味、母マリアンヌよりも厄介だ。
幼いながらもチェスの技能から見える才気溢れる戦略家としての能力故、ではない。才能はあったところで、後から付いてくるものがなければそれまでだし、まだ幼い時分から先の期待をしたところでたかが知れている。
問題は、根だ。
既にコーネリアやクロヴィスはルルーシュに気を許している。マリアンヌの影響もあるだろうが、ルルーシュ自身の影響力も大いに反映されてのことだろう。
オデュッセウスはともかく、上位皇位継承者さえもが何らかの形で『マリアンヌの嫡子』を今になって、意識している。何よりも、この自分が。シュナイゼルこそが、こうしてルルーシュを意識しているという事実が、ルルーシュという存在の計り知れなさを証明していた。
「…………参ったね」
「? シュナイゼル兄上?」
らしくない、異母兄の言動の数々にルルーシュは当惑気味だ。彼は果たして自分のことをどれほど承知しているのかと、また、らしくないことを思ってしまった。
「君のことを、心の底から恐ろしいと思うよ、ルルーシュ」
「兄上……?」
今度こそルルーシュは遠慮なくシュナイゼルを訝しんだ。こんなこと言う異母兄はおかしい。態度でそう語るルルーシュの姿がまた、おかしい。くつくつと笑い出したい気分を覚えながら、そういえばこんな気分なさせてくれるのもルルーシュが久しぶりではないか。否、むしろシュナイゼルの人生において初めてではないかと思わせられるくらいには奇異なことで。
(これは、一体何なのだろうね? ――君の存在が、愛しいと思うよ、ルルーシュ)
愛しさがどのような物か、シュナイゼルは知らない。ただ己の思考を揺るがす子どもが、愛しいと思えた。
口にすれば、ルルーシュはどんな反応を示しただろうか。相対的に不利益になりそうだったので結局それを口にすることはなかったが、これもまた奇怪な体験をしたものだ。
この子どもは、いつまでこの軸を折らないつもりだろうか。どこまで行くつもりだろうか。こんな予測のつかないことに思いを馳せる自分を、シュナイゼルはまた笑った。
そうして、マリアンヌは何者かに殺害されナナリーは視力と足を失った。ルルーシュを哀れだとは思った。その一方で、大切な物を喪った彼に期待した。
ルルーシュとナナリーは皇帝の命令でエリア11に送られ、その後の極東事変で死んだ。呆気ないものだなと思った。
世界は何も変わることなく、そのまま8年の時が過ぎる。
ゼロという反逆者が現れ、クロヴィスとユーフェミアが喪われたが、ブラックリベリオンは失敗に終わった。珍しい者が現れたなと、少しだけ関心はあった。
一年経って、懲りずにゼロが再来した。勢力を増すばかりの黒の騎士団に、自身が指揮を執る流れになった。
ゼロとのチェスは、興味深かった。似ていると思ったのは、その手筋よりもむしろ、根。この時点で、9年前にルルーシュが死んだとは思っていなかったことを認識する。少なくとも、シュナイゼルの『中』では、生きている存在だった。
そしてナイトオブセブンに就任していた枢木スザク。彼の存在が鍵になる。
ルルーシュは生きていた。
ならば彼と相対するカードを揃えるまでだった。事態は進み、ルルーシュは最愛の妹を喪って、ゼロはシュナイゼルの手の内で全てを失った。
それでもなお、父皇帝を排したルルーシュは第99皇帝に就任し、最悪の敵であったはずの枢木スザクを従え世界を席巻し、ナナリーさえも凌駕して、悪逆皇帝の名のままに、死んだ。
そうして残されたのは、最期まで彼の軸が折れることはなかったという事実だった。
シュナイゼルはギアスという力について何も知らない。
ただ、自身がその力を『あの時』に仕掛けられたのだろうと言うことは、ルルーシュが死んでから僅かに間を置いて理解した。それが『ゼロに従え』といった類のものであることも、同時に理解していた。
身に覚えのない自分のサインとその内容を見てしまえば、ルルーシュの思惑を看破することなど容易く過ぎた。このために自分はあの時殺されず、今なお生きて、『ゼロ』とナナリーの傀儡になっているのだろう。そのことに気付いた自分に少なからず驚く。
(ギアスとは、時効性でもあるのだろうか?)
調べようにも、手掛かりになる物は周囲に何もなかったし、関連のありそうな遺跡は過日の戦で潰れている。そもそも今のシュナイゼルに自由などはなかったし、そうまでして調べたい事柄でもない。
ただ日を追う毎にシュナイゼルは自身の自我を認識していたから、それを頼りにギアスという力についての解析を進めていた。
わかっているのは、自分の中で失われている2ヶ月と今では、圧倒的に絶対命令の効果が下がっているということ。
『ルルーシュ』が『ゼロ』に刺されたあの瞬間、確かにシュナイゼルの自我は一度戻った。ギアスから解放された。リセットされた絶対命令はゼロの仮面の前に再び効力は戻ったが、ふとした瞬間に自我を取り戻すようになった。その時のシュナイゼルの意識は決まっていた。ルルーシュを思い出すと、連鎖的にイコール『ゼロ』になり、即ち今のゼロはシュナイゼルにとってのゼロではないという認識が一時の間シュナイゼルをギアスから解放させる。再びゼロの仮面を前にするとやはり力は有効なようで、なるほどさすがに絶対遵守なだけはあるとまた自我を取り戻した時に納得した。
「さて、今回は私は何を頼まれたのだろうね」
眼下にはいつの間にか膨大な量の資料と書類が広がっていた。全て自分(と未だ副官の地位にあるカノン)が用意したにも関わらず、気が付けば、という光景はなかなか奇妙なものだ。しかし無意識下で己にとって最良の結果を仕上げるのは楽なものでもある。今回とて諸外国との貿易事項の取り決めから税率、国内の法制度に至るまでの殆どを既に作り上げていた。後はゼロに奏上するくらいだ。自分でやったことの筈なのにまったく手応えはないが、休みをろくに取らなかったらしい体が少しばかり疲れている感覚が不思議といえば不思議だった。
それにしてもよくもこれだけの期間でここまでの復興をなしたものだと、正直に感嘆する。まさかこの懸案を持ってきた『ゼロ』や、第100代皇帝に就任したナナリー、ましては日本や中華、EUの指導者に向かってのものではない。賞賛が向かう先は、ルルーシュが覇権を握ってからの2ヶ月間まで遡る。あの期間に、ルルーシュは数十年に渡る世界統一の礎を築いていた。そうでなくては、荒れきった世界がここまで易々と復興する訳もなく、今の『ゼロ』やナナリー、世界に活力はあっても能力はない。世界の指針を遺し、施行は『ゼロ』とナナリーと世界に託し、そして実行はシュナイゼルに任せた。おそらく制定の段階でもシュナイゼルはルルーシュの補佐をしていたのだろうが、当時は完全にゼロの下僕であったために記憶にはない。それを少しだけ惜しいと思う。
「君と論議を交わしてみたら私も少しは楽しめただろうか」
居ない相手に語りかけることのなんて虚しい行為か。まさかの自分の行為に笑みが漏れてくる。
どうやら彼を思い出すついでに、彼の執着心といったものまで思い出してしまった上に真似てみてしまったらしい。どうしたところで、あのルルーシュの偏った情をシュナイゼルが覚えることは不可能だが、未だルルーシュに思い馳せる自分はどこかでルルーシュに感化されているのだろうと思う。
シュナイゼルが死んだ存在を省みるのは、過去も今もルルーシュだけだ。
「………敗北、か」
シュナイゼルはダモレスクの戦いでルルーシュに敗けた。あれがシュナイゼルにとって人生で最初で最後の敗北だ。この先、シュナイゼルが何者かに勝つも負けるも有り得ない。『ゼロ』に従い尽くし役目を終えるまで、シュナイゼルが何者かと勝敗を決するような場面は、ルルーシュの黙示には組み込まれてはいないだろうから。
シュナイゼルがチェスを興じることも、この先二度とあるまい。
「………いや、ナナリーに教えることもありうるかな。或いはゼロか、次代皇帝は…ないだろうね」
そこまで長らえるとは思わないし、それ以前に戦略家の育成などルルーシュの世界には不要なものかもしれない。或いは、とも思ったが、全てはシュナイゼルの範疇外のこと。
それにしても今日はよく自我が続いているなと思い、ひょっとしたら『仮面のゼロ』を前にしても意識すれば自我を保つことも可能なのではないかと仮説をたてた。それなら『彼』にルルーシュが作った黙示録では、自分の役目の終わりは何時かと問うてみようかとも思ったが、世界が整いつつあるならばそう遠いことでもないのだろうし、彼は教えてくれなさそうなので無益なことに思考を巡らせるのは止めた。
ああ、でも、とシュナイゼルは思う。
「君は期限付きの私を羨んでいるのか、怨んでいるのか――どうだろうね、『ゼロ』」
仮面の姿を思い浮かべたら、急速に自我が喪われていくことをシュナイゼルは感じるまでもなかった。
微笑を浮かべていた顔は能面を被り、机の上に散らばった資料を機械的な動作で纏め集めた。そうして向かう先は、服従を誓う存在の元。
ブリタニア史において、第99皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの後に、宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアの名が並び記されるのは、もう少し先の話。
33. おまえを喰い潰すような世界なら滅びてしまえ
----------------------------------------------
リクエスト「シュナルル/turn25シュナ兄視点」
書き終わってから気付いたのですが、これだとturn25じゃなくてturn25後ですね。でもあの2ヶ月間、兄に自我はなかったと思ってる。
最も愛し恐れた男は方向性違えどそう口にしただけでも兄→ルルーシュの感情はあったと思うというところで。
きな子/2008.10.30