※にょた注意!スザルル風味。
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 しとしと、しとしと。
 空は暗く、空気は湿っぽくじとりこの時期特有の匂い。髪がしっとりとしなり、変な癖がつかなければいいと毛先をちょっと弄ってみたがあまり意味はなかった。
 さて、どうしよう。
 昇降口に立つ少女は、ひとり途方に暮れている。手には鞄ひとつ。
 雨が降っていた。


「……参ったな」
 はぁ、とルルーシュは溜息を吐いた。
 雨が地面を叩く音は緩やかながらしっかりと耳に届いているはずなのに、奇妙な静けさ。こういう日に外に居ると孤独感と一抹の寂寥を覚える。
 実際、ルルーシュはひとりきりだった。周囲に生徒は居ないし、いつもなら部活動で賑やかな校庭も静まり返っている。校内で活動しているのだろうが、外に出てしまうとその様子はわからない。
 ルルーシュは生徒会に所属していたが、今日は会長が用事があるということで集まりはない。それを見計らったように教師に雑用を頼まれ、中途半端な時刻に帰宅する羽目になった。よりによって友人に連絡が付かないこんな時間。すっかり傘を持ってくるのを忘れたルルーシュは(因みに本日の降水確率は80%であった。優秀と言われてるはずのルルーシュはその評判とは似付かわしくないポカを割とやらかす)校舎から出たものの立ち往生したまんまなのである。
(……ロイドのことを待つにしてもそうなると夕飯が遅くなるしな……)
 同じ学校の保健医をしている同居人に頼ろうかとも思ったが、夕飯が遅くなるのはあまり気乗りしない。
(濡れる、って程でもないか……)
 雨は確かに降っていたが、小降りだ。走ればそれほどには濡れないかもしれない。どうせ明日は土曜だから学校もないし、2日あれば制服も乾くだろう。
「よし」
 幸いにも鞄にはノート教科書類も入ってないし、少し濡れたくらいでダメになる柔な素材でもない。ルルーシュは持っていた鞄を頭に乗せ、走りだそうと―――したところ、背後から突如腕を掴まれた。

「何がよしなの?」

 驚いて振り返ったルルーシュはその人物を認識した途端、実に嫌そうな顔を露わにした。
「……お前…っ!」
「まさか女の子が濡れて帰るつもり?」
 枢木スザク。ルルーシュはその相手に内心で舌打ちする。
 何せ彼とは先日、実に気まずい…思い出すだけでも腹立たしい遣り取りをしたばかりである。あれ以来、ルルーシュの中でスザクの印象は大変よろしくない。むしろスザクとてそうであろうと思っていたのに(何せ急所を蹴り上げたのだ)何故こんなにも普通に話しかけてくるのかが解せない。同じクラスと言えど、徹底的にお互い関与しないを貫き通していたのも事実である。
 訝しげに睨むルルーシュに対して、スザクは呆れたような溜め息をこれ見よがしに吐いた。
「傘忘れたの?」
「………」
 正直に頷くなんてルルーシュの矜持は許さない。
「……朝、天気予報みなかったの?」
 本日の降水確率は80%。傘を持って出ない方がおかしい。
 しかしルルーシュは決して天気予報を見なかったわけではない。単純に忘れただけで。
「うるさい」
 ふん、とルルーシュはそっぽを向く。それはとても正直な答えだったのだが、当の本人は気付かない。
 あんまりにわかりやすいルルーシュの態度に、スザクも何も言えない。ぱちぱちと珍しい物を見るように目を瞬かせ、自然と口元に浮かんだのは笑み。
 幸いにも(この場合は、ルルーシュとスザク双方にとって、である)その表情を見ることも見られることもなく。
「一緒に帰ろうか?」
 と、あまりにも自然に言い放った男に、ルルーシュはそれはもう見事に目をまん丸くさせぽかーんとスザクを見上げた。
「……は?」
「だから一緒に帰ろうかって。傘、僕ひとつしか持ってないし」
「……それがどうしてオレとお前が一緒に帰ることになるんだ?」
 心底解せない。ルルーシュの顔は怪訝も懐疑もなく、純粋に謎を浮かべている。ある意味でとても無防備とも言える顔。
 スザクは内心で苦笑いをした。―――あんなにも気が強かったりとんでもない行動を起こす割に、彼女は時に素直すぎるほど素直。ルルーシュは気付いていないだろうが(だってそれこそ徹底的にスザクは無視されていたのだ)あれ以来、スザクはルルーシュばかりを見ていた。彼女の姿、立ち振る舞い、才色兼備という言葉がぴたりと当て嵌まるルルーシュではあったが、実は周囲には気付かれない範囲でおっちょこちょいな面もある。内に激しい感情を秘めていることも、スザクは知っていた。
 ロイドに釘を刺されたような、興味本位ではない。もうその段階は過ぎていて、スザクの心を占めるルルーシュは大きくなるばかりだった。
「だってルルーシュ、傘、ないんでしょう?送るよ」
「…はぁ?」
「だから、相合い傘」
 ね?とにっこりスザクが笑えば、ルルーシュは唖然としてる。
 何だコイツ。誰だこれ。ルルーシュの内心ではぐるぐる渦が巻く。こんな事態はまったくもって予想していなかった。想定外の出来事にはとことん弱いルルーシュだ。
 それさえも見抜いていたのか、スザクは傘を開き、「ほら」とルルーシュを手招く。
 状況に流されてしまいそうな自分に気付いて、ルルーシュは慌てて「こっ断る!」と叫んでいた。
「何で?」
「何で、って……おっ、お前なんかに送ってもらうくらいなら濡れて帰った方がマシだ!」
 何とも傷つく一言だったがスザクは「それはヒドイなぁ」と風吹く素振り。
「ヒドイも何も、お前は自分のした事を省みろ!」
「ああ、うん。反省してます。ごめんね」
「なっ…!っ!っ!っ!」
 あっさり手の平返すように謝るスザクにルルーシュはぱくぱくと口を開く。開いた口が塞がらないとはこのことか。
「おっ…お前は、デリカシーというものがなさすぎる…!!」
「そうかな。僕、意外と繊細だよ?」
 黙れ!と一喝。ふーふーとかりかりするルルーシュはまるで毛を逆立てた猫のようだ。
「大丈夫。今日は本当、神様に誓って何もしないから。…もしそんなに僕と一緒に帰るのが嫌なら、この傘は君が使ってくれていいし」
 その提案は効果覿面だったらしい。「え?」と、動揺するルルーシュ。本当に何もかもが顔に出ている。
「……そしたら、お前はどうするつもりだ…?」
「僕なら走って直ぐ駅まで行けるし、何よりも女の子をみすみす濡らせて帰るなんて男の風上にも置けないでしょう?」
「………」
 男の風上にも置けない、の一言にルルーシュはじとり胡乱な視線を向けたが、それも一瞬で消える。気まずそうに黙ったのは、スザクの気遣いを漸く真に受けてくれたからか。
 いくらスザクと帰りたくないからと言って、スザクから傘を奪い取って彼を雨の中帰らせるわけにはいかない。それくらいなら自分が、と思うのだが(実際、そのつもりだったのだし)スザクはそれを許すまい。
 良心に訴えかけた作戦は功を奏したらしい。
 追い打ち、とばかりにスザクが「ほら、帰り遅くなっちゃうよ?」と返答を急かせば、ルルーシュは諦めたような、どこか居心地の悪そうな態度で、スザクを見上げた。
「……本当に何もしないな?」
「信用ないなぁ」
「当たり前だ、ばか」
 茶化すように言えば、ルルーシュの方も僅かながら緊張を解いたのだろう。どこか砕けた態度で文句を言う。
 懐く、とまではいかなくても漸く少しだけ歩み寄ってきてくれたルルーシュにスザクは満足感。実際、ルルーシュに何かするつもりはない。なんとなく彼女に信頼して欲しいという気持ちが台頭してしまっている以上、今は彼女との距離を縮めることができればそれでいいと思う。
 渋々ながらスザクの傘の下に入ろうとしてくれるルルーシュが嬉しい。せっかくひとつ屋根の下ならぬひとつ傘の下だ。彼女のことを少しでも知りたい。
 ―――と、思いきや、そう簡単には問屋が卸さない。

「ルっルーシュくーん!」

 突如、頭上から降ってきた妙にインパクトのある声。
 聞き覚えのある、それは。

「ロイドッ?!…先生!」

 先に反応したのはルルーシュだった。え?とスザクが思った時には既にルルーシュはその人物と視線を合わせている。―――呼び声に馴染みと親愛があったことをスザクは聞き逃すことができず。
 二階から声を掛けてきた保健医は、スザクが同じ傘の下にいるにも関わらず、ルルーシュのみに話し掛ける。
「傘、忘れたんでしょ?送ってあげるよ」
「え?会議は?」
 送ってあげる、という申し出に驚くこともなく、また相手の予定も把握しているような素振りのルルーシュ。
「終わったから大丈夫。保健室で待ってて」
 ちょいちょいと指差した先は、1階の保健室。主不在のそこはしっかりと戸締まりされている。それを目線だけで確認したルルーシュは「ああ、早くしろよ」と、何も疑いなく首肯。してから、あ、と取って付けたようにスザクを振り返った。
 若干申し訳なさそうな顔は、スザクに対して僅かばかりなり歩み寄っていてくれた証拠なのだろう。しかしそんなことよりも、スザクはロイドに対するルルーシュの気安さにただただショック。
「…悪いな。ロイド‥先生、が、送ってくれるらしいから」
 だから一緒には帰れないのだと。とん、と軽やかな一歩でルルーシュはスザクの傘から出て校舎にUターン。
「ありがとな」
 振り返り様のルルーシュの笑みは優しかったが、スザクはまともな反応ができず彼女の後ろ姿を見詰めることしかできなかった。
「………」
 取り残されたスザクが頭上を見上げれば、まだ元凶たるその人物はそこに居た。にんまりと笑顔、眼鏡の奥のアイスブルーを細めた顔は確信犯。
 横取りされた悔しさがむかむかと沸き上がる。
「……よく、そこから気付きましたね?」
 校舎の屋根の下、またスザクの傘の下にルルーシュは居た。上からその姿を確認するのは難しいことだった筈だ。
「んー?意外とわかるんもだよ?」
「…先生が一人の生徒を特別扱いしていいんですか」
「と言っても僕しがない保健医だしー。別に彼女を送るの初めてじゃないし、君よりも信頼されてると思うし?」
 にっこりと言われてぐっと押し黙る。反論できないのが更に悔しい。
「……彼女とどういう関係なんですか?」
 先日の件と言い、今回のことと言い、ルルーシュとロイドの間に某かの関係があることは間違いない。しかしこの前にはぐらかされたことを思えば、今回とて素直に答えてくれるとは思えず。
「秘密」
 と、言われたところで、やっぱり‥と思うしかない。
 諦める訳ではないが、今は分が悪い。
「君も気をつけて帰るんだよ〜」
 ヒラヒラと手を振って――彼女の元へと――行ってしまった相手。ぽつん、と一人取り残されたスザクは疎外感に「…ちぇ、」と呟いた。
 しとしと、しとしと、雨は降り続いていた。





学園パラレル、梅雨編。




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少しだけ近付いたようでまだまだ遠いスザ(→)ルル。ロイドは校内ではルルに敬語でなくルルを「くん」と呼ぶ希望。ルルは身分隠してランペルージ姓です。
きな子/2007.06.24