※騎士スザク、シュナルル
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 数ある離宮の中で、アリエスの離宮はそう広いところではなかった。
 しかし手入れされた庭園はだだっ広い人工的なそれに居るよりもずっと居心地が良く、主が大切にしているここに休息に訪れる者は多い。但し足を踏み入れられる人間は限られており、正しく言えば制限されている。数年前に起きた惨劇にて一時期、主不在であったアリエス宮だが、現在ではブリタニア国内に於いても厳戒警備されている区域に移転されている為に許された人物しか立ち入ることはできない場所となっていた。
 そんな中を騎士服を纏った青年がひとり、辺りを見回しながら歩いていた。

「…全く、どこ行っちゃったんだよ…」
 ちょうど花の香る季節である現在、一年の内で最も庭園は美しい時期である。季節を感じられるようにと植えられた花々は微かな風で揺れ、全面を覆い尽くす緑は鮮やかな生命力を誇る。
 歩くだけでとても気分が和らぐ空間。
 しかし青年の動作は落ち着きがなかった。きょろきょろと首を回し、目的の人物が居ないか探す。思わず呟いてしまった声には溜息混じり。
「大人しく本宮の方で待ってて、って言って置いたのに…」
 ひとりで歩いていると静かすぎる空間。愚痴を言うくらいは許されるだろう。
 青年――枢木スザクは、そこで足を止めた。
 前方の東屋。木造の決して存在を主張しない、しかし庭園の中、この雰囲気と溶け込むように作られたそこで過ごす時間はおそらく誰もが気に入っていることだろう。
 無論、庭園の主――即ち、スザクの主もまた然り。
 スザクはゆったりとした歩調は変わらなかったが、足取りは迷いなくそちらへと進んだ。そこに主が居るだろう事はもう殆ど確信であり、何をしているのかというスザクの予想も多分に外れてないだろう。
 辿り着いたところ、眼下に予想通りの姿を見つけてスザクはまた溜息を吐いた。
「……やっぱり」
 東屋は四角いだけのテーブルが中央に置かれ、壁伝いに椅子がくっついているだけの簡素な作りだった。ティータイムをするも良し、チェスを打つも良し、絵を描くも良し。様々な人物が好きなように過ごすには必要最低限の設備で事足りるのだが、スザクの主が好んでこの場所にひとりで足を向けた時にする事はほぼ決まっていた。
 板作りの椅子に身体を転がせ、すやすやと気持ちよさそうに呼吸をしている。たまに吹く風が漆黒の艶髪を撫でるが、それくらいの刺激では起きるわけもないだろう。
 身体は痛くならないのか。或いはこんな場所で眠っているなど無防備にも程があり自覚があるのか――とは言ってもアリエス離宮の庭園は安全な区域であることは間違いなく、またまさかこんな所で身分の高い人間がひとりで眠っているだろうとは不埒者も考えないだろう。
 とても心地よさそうに眠りに落ちている主を見て、スザクは苦笑いを浮かべた。
 内心でいろいろと考え、文句を言いたくなる割にもその笑みは柔らかい。そもそもこれだけ幸せそうに眠るあどけない姿を見せられてしまえば、立った角なんてものは削げ落ちてしまう。
「…殿下、殿下。こんな所で寝ていては風邪を引きますよ」
 身体を緩く揺する。しかし相手は一度、身動ぎしただけで起きる気配がない。
 スザクは一瞬、間を置いた。そして彼の耳元に口を寄せて再び声を出す。

「―――ルルーシュ」

 それと同時に、開かれた彼の双眸。純度の高い紫水晶のような、或いはたおやかに揺れる菫のような、吸い込まれそうな程の色。高貴とされる相応しさを持ち合わせた青年は、透る声で屈むスザクの耳元に囁いた。
「…殿下と呼ばれ、起きると思ったか?」
 恨めしさ、揶揄、どちらともつかない響きを含んだ声を耳元に受けたスザクはと言えば目元を弛める。親愛の情を受け取ることはとても心地よい。
「少しくらい嫌がらせしてもいいだろ?…ルルーシュ、約束破ったんだし」
「……破っては居ないぞ。ちゃんと敷地内には居るじゃないか」
 そういうのは屁理屈って言うんだよと笑えば少しだけ口を尖らせた。しかし疲れが溜まっていたことをスザクは知っていたし、ここが彼にとって一番のお気に入りの昼寝場所だということも熟知している。咎める気はないが、少しくらい心配した気持ちも分かって欲しい。目の届かないところに行ってしまうのは、スザクにとって不安なことでしかないのだ。

 ―――神聖ブリタニア帝国、第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。皇位継承権十七位を有するブリタニアの皇子殿下。

 スザクの掛け替えのない主人であり、命を懸けて守る存在であり、誰よりも心を許せる親友でもある。
 スザクが騎士という称号を得たのは、そう昔のことではない。しかしスザクは幼い頃にルルーシュと別れて以来、彼の騎士になるのだと心に決めていたのだし、ルルーシュ本人がどれだけ拒否しようともその願いを諦めるつもりはなかった。
 結果として現在、こうしてルルーシュの唯一の騎士になることが出来た。願いを成就できたこと、また何よりも再びこうしてルルーシュの側にいれること――彼を守る役目を担えたことはスザクにしてみれば幸福なことであったのだが、全てが全て望み通りであったわけでもない。
 それを今は仕方ないことなのだと思うしかなかった。力がなかったのは他ならぬ自分なのだ。過去を悔やむ事は愚かなことでしかなく、今持てる力でルルーシュを守る以外スザクにはできない。
 こうしてルルーシュの存在を肌で感じられる今を、幸せに思うのは確かだ。
 ただ、覆せないものがあるという事実を常に突き付けられていることは、どうにもできないことでもあった。
「ロイドは何か言ってたか?」
「ルルーシュに会えなくて寂しいって。どうして連れてこなかったんだって僕が怒られた」
「………いや、そういうことじゃなくて」
「うん、特に問題ないって。ランスロットの調子も良好だし、ガウェインの開発も順調みたい。後はロイドさんとラクシャータさんの折衝次第だってセシルさんが言ってたよ」
「…ああ、まだ折り合い付けてないのかあの2人は…」
 仕方ない、といった溜息を吐いてルルーシュは何やらブツブツと呟く。問題の2人の間を巧く調整できるのは今のところルルーシュだけであり、件の機体の開発にはルルーシュも一枚噛んでいた為に後日研究所に向かうだろう。ロイドあたりが諸手を上げて喜ぶだろう光景が浮かんでスザクはつい口元に笑みを浮かべていた。
「スザク?」
「うん?」
 呼ばれてスザクは首を傾ける。何故笑っているのかと問いたいのだろうとスザクはわかっていたが敢えて問い返したらルルーシュは何か言いたげだったが逡巡の末に口を閉ざした。
 そのまま立ち上がったルルーシュは少しばかり肩が凝っていたのか、腕を伸ばしている。男にしては些か華奢な体躯をスザクは見詰めながら、スザクはルルーシュが気持ち落ち着くのを待った。
 そして、何てことのないように言い放った。
「ルルーシュ、そろそろ戻らないと待ちくたびれてるかも」
「……は?」
 突然、思い当たる節もないことを言われてルルーシュはきょとんとスザクを見返す。それにスザクは穏やかな笑顔を崩さない。取り繕うのも、存外気力は必要なのだ。

「シュナイゼル殿下、お見えになってるよ」

 言われて、ルルーシュは間を置いた後、見る見るうちに目を大きく見開いた。その後は顔を赤く染め上げて、眉間に厳しい皺。怒りにも似た表情(というか怒っている)でスザクに向かって「馬鹿ッ!」と怒鳴った。
「何故それを先に言わないんだッ!兄上がお見えになってるって…いつから?!」
 ああでもスザクが知っているということはつまり今来たばかりではあるまい。少なくともスザクが戻ってきたと同時刻には既に居たに違いない。
 ルルーシュは慌てて思考を巡らせたがしかしこんなことしている場合でもない。異母兄を待たせる、という行為はルルーシュにしてみればあってはならないことだ。スザクに言及する暇なんて到底なくて、そのまま身を翻しては一目散にと宮へ駆けだした。
 残されたのはスザク一人で。無論、こうなることは簡単に想像できた。しかしどんなに覚悟していてもやるせなさは残るし、一人残されるという状況は何度あったとて慣れるものではない。寂しいし、切ない。
 けれどこれは仕方ないことなのだ。

 スザクにとってたった一人の人は、残念ながらスザクを同じようには見なかった。

 離れ離れになっていた間に彼のことを救い守ったのは自分ではなくて、これから先も彼が一番に頼り大切にするのは自分ではない。ただそれだけのことだ。
(……あの時、せめて側にいられれば。離れることがなければ。)
 ひょっとしたら今の状況は変わっていたのかも知れない。しかしそんなことを考えたところで全く意味はない。無駄なことでしかないとは、他ならぬスザクが一番理解していた。
 スザクは先程とは一転して、重い気持ちでルルーシュが去って行った方を見た。その先には本宮があって、今頃はもうルルーシュも辿り着いているかも知れない。そして微笑みあっているだろう2人の姿を思い浮かべて、ツキリと胸が痛んだ。胸の内には重石がどっと落ちたようだった。
「ルルーシュにとっての一番は、シュナイゼル殿下」
 ぽつりと呟いた自分の言葉に酷く落ち込んだ。それは事実でしかないけれど、事実として認めることはスザクにとって辛い。
 何度だってこの事実はスザクに己の無力を突き付けるし、届かない気持ちを持て余す羽目になる。
 ―――けれど、だけれど。
(…今は、ルルーシュの側に居られる)
 それがどんなに幸せなことか、スザクは知っている。今の状況があるから、自分は目指すべき道もそれを叶えられるだけの力も手に入れた。だからこそルルーシュの側にいられるという事実もある。
 全てが内包されて、今がある。何かひとつを否定する事なんてできないし、してしまえば今の状況は崩れてしまうのだ。
 だからスザクは受け入れるしかない。全て。全て。

 先程、触れたルルーシュの温もりを思い出してスザクは手を握った。
 そうしてスザクは漸くその場を去る。いつまでも彼らを二人っきりにすると言うことは、やはり癪な気持ちもあって。―――そんな自分の些細な気持ちなんて、恐らく彼の異母兄は歯牙にも掛けないのだろうけれど。
 そんなことを思ってみたら再び落ち込む羽目になったのだけれど、吹っ切るようにスザクは思い人の居る宮へとただ走った。



17. どれがあいですか、どれだけのちからがありますか




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何をとちくるったのか騎士スザクでシュナルル。いろんな意味で痛い。しかし愛はたっぷりある。
続くか否かは気分次第。
きな子/2007.08.22