日が暮れてからどれ程の時間が経ったのだろうか。
しん‥、と静まり返った宮の中は、いつもと変わらない。変わらない筈なのに、居ない、という事実は幼い子供の心には不安を掻き立てるに十分すぎた。
「寂しくなんかないもん」
ぎゅうぅ、と枕を抱き締めて大きな寝台にひとりぽつんと膝を抱えるルルーシュ。
寂しくない、と繰り返し繰り返し呟きながらも、口を一文字にして今にも泣きそうな顔。残念ながら、今この場に彼を慰める人間は居なかった。
現在、アリエスの離宮の主たるマリアンヌは不在だった。まだ赤ん坊のナナリーを連れて、アッシュフォード家へと赴いている為である。何故ルルーシュだけが残されたかと言えば、詰まらない大人の事情とやらの所為だったか。それに抗える力を彼らは持っていなかった、それだけだ。
そんな適当な事情を背景に、詰まりルルーシュは今現在ひとりで夜を過ごすという試練に耐えなければならない局面に立っていた。
試練といえど、母と妹が居ないだけである。それ以外は何ら変わったことはない。同じ敷地内には護衛も居るし、使用人も居る。ルルーシュ自身、独り寝が初めてでもない。マリアンヌがナナリーを身籠もってからは、母に添い寝をしてもらう場面も減ったのだし、そもそもルルーシュは年齢よりも幾分か早い成長を見せていた為に母親に甘えたがりと言うわけでもなかった。
…と、言ったところで、ルルーシュはまだ幼かった。唯一頼れる母が同じ屋根の下にいないという事実は、どんなに背伸びをしたところで幼い子供の心は不安でいっぱいにもなる。
寂しくない、と呟くのは心細いから。それでも必死に泣くのを我慢するのは、子供なりのプライド。
ふるふると頭を振って、寝ようと寝台に横たわった。しかし変な緊張感の所為で目が冴えてしまい、どうにも寝付けない。母と寝ることもあった寝台の広さが今は恨めしい。
「はは、うえ。ナナリー……」
たった2人の家族がいない。幼いルルーシュにとって初めての経験は耐え難いほどに辛いものだった。
それは眠れないと唸っていたルルーシュにとって突然だった。こつん、と窓の外。周りは静まり返っている中、微かな物音ひとつにすら敏感になっているルルーシュが気付かないわけもない。
こん、こん。二度目の音。寝台からは若干距離のある窓を叩く音がする度に、ルルーシュはびくりと身を強張らせる。しかしそのまま放置するわけにもいかず(何と言っても現状、この宮の主はルルーシュなのである。母の不在時の留守を任されている以上、という責任をルルーシュ本人持っていた)怖々ながらもルルーシュは窓際へと近付く。―――例えばそれが賊だったりしたら大問題であり――まさか賊が窓をノックするわけもないのだが――先ずルルーシュは誰かしら呼ぶべきだったのだが、そこはまだ稚拙な対処法しか思い付かなかった。
「ッ……」
そろりそろり、どきどきと緊張でいっぱい。不安と恐怖心はあっても、怖いモノ見たさというものもある。
また、こんこん。カーテンに閉ざされたそこからでは、月明かりも頼りにならず人影は見えない。カーテンの隙間から覗いてみたが、やはり誰かが居るようには見えない。幽霊?などと思ってしまうのも無理はなく、ルルーシュは意を決して「誰だ?!」と、窓を開けた。
「ルルーシュ!」
「へ?ほぇあっ?!」
ぐぃ、と下から引っ張られた。奇声を上げたルルーシュが見たのは、桃色が闇に溶けて少し薄紫に見える髪の毛。しかし白い肌は闇夜の中でもはっきりとしており、その人物にルルーシュは叫んだ。
「ユフィ?!」
「―――ユフィ!」
と、更に同時にその名前を呼ぶ声が窓の向こう、庭の方から聞こえる。思わずルルーシュがそちらに視線を向けると、見慣れた人が駆け寄ってくるのが見えた。
「あっ、姉上?!」
コーネリア第二皇女、まさにその人。無論、ルルーシュのことを窓の下から引っ張っているのはユーフェミア第三皇女である。
アリエス宮にやって来るのは珍しくもなんともない2人だったが、こんな時間にやってくるのはあり得ない。驚きで目を丸くするルルーシュにユーフェミアはにこにこと楽しそうに笑い、2人の側までやって来たコーネリアは些か困り顔。困惑するばかりのルルーシュは突然の事態に全く対応できなかった。
「ユフィ、ルルーシュの所へ来るのは許したが、こんな入り方を私は許した覚えはないぞ?」
「ごめんなさい、お姉さま。でも、はやくルルーシュに会いたかったの」
しゅん、と項垂れるユーフェミアにコーネリアは溜息。よく見ると、コーネリアもユーフェミアも髪の毛や服に葉っぱを付けている。コーネリアの様子から察するに庭を突っ切ってきた様子だが、ルルーシュにしてみれば「何故?」と首を傾げるばかりだ。
「あの、姉上…?」
戸惑うルルーシュはコーネリアに視線を投げかける。そうすればコーネリアは「ああ、こんな時間にすまなかったなルルーシュ」と苦笑い。くしゃり、とユーフェミアの頭を撫でた。
「この子がどうしてもお前の所に行くのだと聞かなくてな…。下手をすると一人で抜け出しそうな気配だったから、連れてきたのはいいものの、アリエス宮の門前に着く前に突然庭に潜り込んでしまったんだ」
「だってあそこからの方がルルーシュの部屋には近いんですよ、お姉さま!」
言い訳をするユーフェミアにコーネリアは「こら」と叱る。ユーフェミアもある程度の非はわかっているのだろう、ごめんなさいと謝る声がルルーシュにも聞こえた。が、そもそもルルーシュはどうしてこんな時間に異母姉妹がやって来るのかが先ず理解できない。ユーフェミアが庭を突っ切るという暴挙に出た理由なんて、もっとわからない。
首を傾げるばかりのルルーシュの手を、ユーフェミアはルルーシュと同じくらい小さな両手で包んだ。
「だいじょうぶよ、ルルーシュ。わたしもお姉さまもいるから、さみしくないでしょう?」
「え?」
「いっしょにいてあげる」
にっこりとユーフェミアはルルーシュを見上げた。つまりユーフェミアは母とナナリーが居ないルルーシュが心配だったということか。戸惑うルルーシュを下から放す気配のないユーフェミアをコーネリアは苦笑しながら抱えた。
「すまないがルルーシュ、ここから入らせてもらってもいいか?」
「え?」
「ユフィ、少しの間だけだからルルーシュを放しなさい」
言われるがまま慌ててルルーシュは窓を全開にする。そうすればコーネリアはユーフェミアを窓際に座らせた。ユーフェミアを受け取るのはルルーシュの役目だ。
何が何だかよくわからないルルーシュは、しかしユーフェミアの手を取り握り替えされた時、どきっとした。そのまま抱きついてきた小さな身体は温かい。
「ね?さみしくないでしょ?」
「ユフィ…」
寂しくなんかない。思い込もうとしていたが、それは無駄だった。
しかし今、こうしてユーフェミアが居てコーネリアが居る。それがくすぐったい。自分に言い聞かせるように我慢していた寂しさは消え去っていた。
すると今度は窓際とは逆の、ちゃんとした出入り口である扉がノックされる。今度は何だ?と不思議そうに視線を扉へと向ければ、返事を待たずに扉は開かれた。
「庭の方が騒がしいと思えば、やはりお前たちだったか」
入ってきた人物に3人は目を丸くする。
「兄上!」「お兄さま!」
重なる姉妹の声に、ルルーシュもまた「シュナイゼル兄上…」と呆然。にこやかに優雅な動作で彼らに近付いたシュナイゼルは、ルルーシュの頭を撫でた。
「衛兵達が驚いていたよ。ユフィ、君かな?」
異母兄の問いに、ユーフェミアは顔を紅潮させる。彼女の代わりにコーネリアが苦味を潰したような顔で説明。
「…アリエス宮の者には悪いことをした。一応、外の護衛に当たっていた者には言っておいたのだが…」
ユーフェミアを追わなければならず、言いっぱなしになってしまった。コーネリアはルルーシュに「迷惑を掛けた」と謝罪。「いっ、いえ…!」と慌てて反応したルルーシュだったが、どうにも状況が未だ掴めていないらしい。
「そのことなら私が言っておいたから大丈夫だ。彼らも驚いていたが、直ぐに落ち着きを取り戻していたよ。…まあ、こんな時間にやって来た私が言える立場でもないのだがね」
緩やかに微笑。それによってルルーシュは、はっと顔を上げた。
「あっ、あの、シュナイゼル兄上はどのようなご用件で……」
何か火急の用があったからこんな時間にやってきたのかと慌てるルルーシュをシュナイゼルは微笑って制す。
「いや、おそらくユフィとコーネリアと同じ理由だよ。どうせなら私の宮に招いておけば良かったのだがね――」
「は…?」
そうシュナイゼルが言ったことで、ユーフェミアはルルーシュの腕を掴んでいた力をより強くした。コーネリアは少しばかり呆れた様子で異母兄を見ている。ただただルルーシュだけがやはり状況を理解できていない。
「さて、どうしたものかなコーネリア」
「私は譲るつもりはないぞ、兄上。ユフィとルルーシュを守るのは私の役割だ」
「私としてもそれは譲れないね、コーネリア」
果たして何のことを言ってるのか。どうしても兄姉の会話を気にしてしまうのはルルーシュ。一方のユーフェミアはあまり気にしていないらしく、彼女はルルーシュを寝台へと引っ張っている。
「お姉さまもお兄さまもいっしょに寝ればいいのに」
ね?と声を掛けてくるユーフェミアにルルーシュは「は…?」としか答えられない。
そして再び扉は唐突に開かれた。
「ルルーシュ!私が来たからにはもう寂しくなんて…………あれ?」
タイミングが良いというのか悪いというのか、現れたのは第三皇子クロヴィス。
異母弟が寂しがっているだろうと思い彼を慰めてやろうと意気揚々に部屋へ踏み込んできたクロヴィスは、4対の視線に晒され思わず硬直。
相変わらずユーフェミアには腕を掴まれ、脇にはコーネリアとシュナイゼル。そして来訪した途端、義兄と義姉の存在にしどろもどろなクロヴィス。
よくわからぬままに集まった人たちに囲まれたルルーシュはといえば、いつの間にか一人きりの寂しさなど忘却の彼方だった。
15. おまじないをしてあげよう、もう独りで怖がらなくても済むように
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結局、ぎゅうぎゅうになってみんなで寝たんじゃないのかな。まだ兄姉も若いので、きっと、大丈夫です。
きな子/2007.06.30