「人は簡単に修羅になれるものだろうか」
流れるような口調に優雅な笑みを湛えたその男が口にした質問が、何を意味するのか、知らなかった。
「……修羅、ですか…?」
「君はどう思う?枢木君」
問われて、スザクは身を固くする。何と言っても、目の前に居る相手は他なら神聖ブリタニア帝国の第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアその人。
何故か彼に乞われ、二人っきりで膝を突き合わすことになってしまったスザクは、下手なことは言えまいと緊張の面持ちで相手を見据えた。
スザクは彼の権力下の力を失うわけにはいかなかった。
力、即ち、憎き敵を滅ぼす為のそれ。ぎり、とシュナイゼルには見えない位置でスザクはその拳に力を込める。
何を思っているのか、シュナイゼルはただ微笑んでスザクの回答を待っていた。
「…人は誰でも、修羅になるべく側面を持っていると、自分は思います」
「君にも?」
「………」
否定しないスザクに満足したのか。シュナイゼルは眼を細め、笑う。
「例えばどんなに心優しい人物でも、修羅には成りうる、と」
「……自分は、それを否定しません」
“心優しい”――― その表現が誰よりも当て嵌まると思う相手を、スザクは既に喪っていた。
例えばの話として、彼女が修羅に成りうるか、そう問われているとしたら、以前のスザクであったら『あり得ない』と首を振っていただろう。
しかし既に彼女は居ない。あの惨劇は、決して彼女の意志ではなかった。だから彼女が修羅に生きる道など、矢張りスザクには思い浮かべることは出来ない。…但し、その逆もまた然り。もう彼女は居ないのだ。だから例えば彼女が修羅に成りうるか、そんなことはもうスザクにはわからなかった。見失ってしまっていた。
「…どれだけ心の優しい、清廉潔白な人物であろうと……人の道筋はわからない。何らかの理由によって修羅に生きることは、誰の身にもあると自分は思います」
現に、スザクは決めていた。一人の怨敵をこの手で滅ぼすことを。ひょっとしたら、自分がこの道に根を張っていたのはもう何年も前のことかも知れないけれど。
シュナイゼルはただ笑みを浮かべて、実に穏やかな口調で話を続けた。
「それでは、例えばゼロのようなテロリストにもその理由は存在すると」
「ッ―――!!」
憎悪という言葉では片付けられない相手の名前に、スザクの表情は豹変する。穏やかさをかなぐり捨て、あるのは憎しみ一辺倒。
シュナイゼルは愉快そうにそれを観察する。その眼に相手を慮る色はない。
「そう、ゼロだ。君はあの男のことを私よりも知っているようだからね。教えてはくれまいか?」
「ッ…自分は、あの男のことなど知りません。あの男の行い、思想、全てを自分は認められませんっ!」
「ユフィを陥れた相手だから?」
「ッ…!!」
憎しみで歪む顔は、最早シュナイゼルを認識していなかった。あるのはただひとつ、ゼロへの憎悪のみ。
既に枢木スザクはゼロに対して越えられない一線を引いている。何があろうと、彼はゼロというテロリストを許すまい。それもそれでいいだろうとシュナイゼルは思う。
(そう、それがお前の望みでもあったのだろう?)
誰に語りかけるわけでもなく、シュナイゼルは問いかけた。
「……ゼロとて、あの仮面の下は血の通った人間であろう。アレが修羅に生きると決めるまで、君は何があったと思う?」
ああ、しかしこれを君に問うのは酷だったか――すまないね。表情は穏やかにも謝罪を口にするシュナイゼルを、スザクは真っ向から見ない。見れない。
ゼロという人間を考えれば考えるほど、スザクの頭には血が昇る。視界が真っ赤に染まるような感覚は、もう憎悪という言葉では片付けられない。
「…自分はあの男のことなど、考えたくもありません」
「そうだろうな。君は、もうその段階をとうに過ぎた。否、元々その必要はなかったと言うべきかな」
ここで初めてスザクは顔を上げた。その表情は怪訝に、眉を顰めている。シュナイゼルの言葉が理解できなかったように。
「ああ、気にしないでくれたまえ。人にはそれぞれ役割というものがあるのだと、そう思っただけだよ」
益々スザクは困惑する。
シュナイゼルは何をわかっているのか。全く読めない男を相手に、スザクは狼狽する。
ゼロのことなど考えたくもない。それは確か。しかし知らないで居られるかと言えば、そう言うわけではない。何を知っても同情だとか憐憫だとか、そういう気持ちが沸き上がる、そんな事は微塵にも思わない。知りたいとも思わない。知ったところで、自分はあのテロリストを許せない殺してしまいたい気持ちに嘘偽りはない。
しかしシュナイゼルが匂わせる事実を、知らないことは何故か癪だった。
されど彼にとってはスザクが何を思おうが考慮する必要はない。親切に教えてやる義理など、あるわけがないのだ。
「……さて、そろそろお暇しようか。時間を取らせてしまって済まなかったね」
「いっ、いえっ、」
立ち上がろうとするシュナイゼルに慌ててスザクも倣う。反射的に頭を下げれば、頭上で笑う気配がした。―――彼は、始終笑みを絶やさなかった。
その事実が、スザクにはじわりじわりと気味が悪い。
「今後も君に期待しているよ、枢木君」
それはゼロに関してのことか。疑る気持ちを抑え、スザクは従順に返答。
シュナイゼルはただ笑みを浮かべて、そのまま退出の為に扉へと手を掛けた。
「人は、そう簡単には修羅にはなれないと、私は思うのだよ」
最後に、その言葉だけを残した。
(だからゼロが修羅を生きると決めたその背景に、とても興味が沸く)
最初は母親を殺され、次に妹の世界を奪われ、終いに己の存在理由を否定され、見殺しにさえされた異母弟をシュナイゼルは思い浮かべる。
どんな経緯を経て、今に至るのか。その間、彼は何を思って生きてきたのか。
(ルルーシュ)
果たしてゼロは枢木スザクを殺すことが出来るのか。枢木スザクはゼロを殺す気で居ようとも、ルルーシュにその覚悟があるのか。――ユーフェミアを殺したその手でなら、可能なのかも知れない。否、ユーフェミアを手に掛けたことで、またひとつ修羅に近付いたというならば、それはとても興味深い。
次に彼が自分の前に姿を現す時、彼は一体どんな色に表情を染めているのだろう。思い浮かべるだけで実に愉しい気分が押し寄せる。
シュナイゼルは、ただその時を待つ。―――待ちに待った、異母弟との再会の、その時を。
04. 知らないのだと笑ったら知ろうとしないのだと嗤われた
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ルルーシュは修羅に生きることはとても難しい人だったんだろうねと言う話。
きな子/2007.06.12