「シュナイゼルが?」
「ええ、いたく気に入られた様子なのですよ」
 珍しく、と苦笑なのかよくわからない笑みをこぼす青年に、向かい合う女は驚愕を隠さなかった。
「今日もおそらく、アリエスの離宮に行かれてるのではないでしょうか」
「アリエスの離宮……全く、想像し難いな。あの兄上が寄りによって、アリエスの…マリアンヌ皇妃の元へ行くなど、信じられん」
 マリアンヌ皇妃――即ち、庶民出の皇妃。
 身分が物を言うこのブリタニア皇族の中で、異色であるその女性。血脈による後ろ盾を持たず、己の力量のみで騎士侯という地位を得、更には皇妃という地位まで得た彼女は、実力もその美貌も、あらゆる意味で際立った存在であった。
 が、血統がないというだけで、他の皇妃また皇族に近しい貴族からは蔑みの対象―それは妬みから生まれているのも確かであり―とされ、決して皇族に入ってからは良い意味で目立ったことはなかった。
 数年前に産まれた第一子も、第十一皇子でありながら皇位継承権は十七位と低い。
 近年、第二子…女児が産まれたという噂を聞いたが、滅多なことではマリアンヌ皇妃の名前が人の口に上ることはなかった。
 彼女と彼女の子供たちの住まうアリエスの離宮もまた、本殿からは遠く離れている。ひっそりと、静かに。彼の離宮に日の光が当たることは、今までなかった。

 コーネリアは、マリアンヌ皇妃に憧憬を抱く人間であった。
 実のところ、マリアンヌ皇妃に憧れている者は少なくない。特に民衆からの支持は他の皇妃と比べれば高いものであったが、それが他の貴族の反感をより増幅させていることは言うまでもない。
 コーネリアは実力で現在の地位を獲得したマリアンヌに、憧れていた。
 女だてらナイトメアを自在に繰る姿は閃光の異名を持つ。彼女に憧れ、自分もナイトメアに乗ることを決意したくらいである。
 ―――が、例え憧憬の対象であろうと、コーネリアがアリエスの離宮へ赴くことはなかった。
 そこには確かに身分の差というものがあったのかもしれない。……特に彼女の第一子は、コーネリアの珠玉である実妹と同い年。しかも皇位継承権の差は明確であれど、あちらは男児。コーネリアの母がそのせいでユーフェミアを厭っていた為に、コーネリアにとってアリエスの離宮は近づきたくても近付くことのできない場所でもあった。
「……確か、ルルーシュと言ったか?年頃はユーフェミアと同じか」
「はい。とても利発で、愛らしい子でもあります。最近では彼に私はチェスで勝てた試しがありません」
 苦笑い。しかし照れくさそうに言うその様子は、子供に対する好意にも見えた。
「……まだ5つにもならない子供に負けているのか?」
 お前はそんなに弱かったか?と問うコーネリアに、クロヴィスは満更でもない様子で答える。
「5つといえど、ルルーシュは本当に賢いんですよ。実際にチェスを教えてるのも、シュナイゼル兄上なんです。あの兄上がですよ?」
「……確かに、あの兄上が手塩をかけて育ててるとなると…」
 見込みがあるのは間違いない。と、同時に、そういうことかと得心がいく。
「シュナイゼル兄上が直々に育てたくなるほど、ルルーシュとやらは優秀だと?」
「まあ、そういうことになりますか…」
 異論はないのだろう。が、妙に歯切れの悪いクロヴィス。
 コーネリアは注がれていた紅茶を一口含み、クロヴィスに言及した。
「他にも何かあるのか?」
 その問いにクロヴィスは目を瞬かせる。そして表情を穏やかにして笑った。
「……姉上も、あの子に会えば…いえ、アリエスの離宮に行けばわかりますよ」
 その声は慈しみにあふれていた。思い出すだけで幸せが滲み出ているような。ここまで顕著だと、気付かない方が無理な話だ。
「…アリエスの離宮か…。一度は、訪れてみたいと思ってはいたが……」
 まだ、どうしても踏ん切りがつかない。母のように身分差など詰まらないことに拘るつもりなどコーネリアにはなかったが、実妹のことを思うと思い切った行動に出られない。
 16になって、コーネリア自身も力を手に入れたつもりだった。しかしまだそれは脆弱なものでしかなく、ユーフェミアをこの手で守るには些か心許ない。
 …そんな心情を汲んだのか、クロヴィスは「何なら、ユーフェミアを連れて行ってみたら如何ですか」と提案する。それにこそコーネリアは驚愕した。
「ユフィをアリエスの離宮へ連れ出すと?そんな馬鹿なことを、」
「馬鹿なことではありませんよ。ユフィとルルーシュは同い年ですし、きっとナナリーとも仲良くなれる。ナナリーも兄だけではなく、姉が居た方が良いと思いますし、ユフィだってより近い兄や妹ができたら嬉しいのではありませんか?」
「っ……」
 それとこれとは話が別だ、と言おうとしたのも、クロヴィスに阻まれる。
「マリアンヌ様は姉上とユフィを拒むどころか、歓迎して下さいますよ」
 そうと言われ、コーネリアは折れないわけにはいかなかった。
 アリエスの離宮に足踏みするのも、何も母親だけが原因であったわけではないのだ。憧れの人物であるがあまり、何だかんだと理由をつけて逃げていた気もする。
「……そうだな。あの兄上が気に入っているという子供にも興味はあるし…ユフィも、喜ぶだろうか」
「ええ、私が保証します」
 その様子に、今度はコーネリアの方が苦笑してしまった。数え切れない弟妹が居る中、これだけ目をかけられるとはどれだけの子供なのか。それも母はあのマリアンヌ皇妃か。
 コーネリアは近い内にアリエスの離宮へと足を運ぶことを決める。ただ、ユーフェミアを連れて行くか否かは、まだ決定できる程ではなかった。

 クロヴィスの言葉を誰に教えられ訳もなく理解し、その後コーネリアとユーフェミアもまたアリエスの離宮に足繁く通うことになるのだが、それはもう少し先の話。
 因みに、その時に見た兄――シュナイゼルの様子が、その後の彼ら兄妹の関係を変化させることになるとは、この時はまだ想像もできないことだった。



02. 伸ばした腕で視界を奪った、他の何も君を侵せないように




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あの時の衝撃は忘れられないな……と、哀愁たっぷりに成長したルルーシュは姉上から聞かされましたとさ。
もちろん、まだ幼いルルーシュを独占欲丸出しで構う兄上のご様子のこと。
きな子/2007.06.12