「こうして、王子様とお姫様は幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

 締めくくりはなんとも味気ないものだというのが、幼いながらのルルーシュの感想だった。
 物語は悪者に掴まってしまったお姫様を王子様が助けるという(ルルーシュにしてみれば)捻りのない童話だ。寝付けないとぐずる妹の睡眠を誘う為に明快且つ単調な物語をセレクトしたつもりだったのだが、――どうやら逆効果だったらしい。
 ルルーシュを見上げるナナリーは眠気がやってくるどころか、興奮したようキラキラと目を輝かせていて。
「お兄さま。ナナリーもわるい魔法つかいにつかまったら、王子さまが助けてくれるんでしょうか?」
 と、聞かれるものだから、ルルーシュも可愛い妹の質問には答えないわけにはいかない。
「うん。ナナリーも、きっと素敵な王子さまが助けに来てくれるよ」
「ほんとうですか?!」
 きゃあ! と声を上げる姿はとても愛らしい。ただ、彼女のことを今一番に守っている兄としては、とても面白くない状況であるのも確かで。
「……でも、ナナリーが悪い魔法使いに掴まっちゃったら、僕も助けに行くよ?」
 まだ見も知らぬナナリーの王子さまに拙い嫉妬心でも覚えてしまったのだろうか。しかしナナリーのことを自分が守るとは、母とも誓いをたてているし、ナナリーが産まれたばかりの頃にその小さすぎる指で自分の指を掴まれたときから決めていたことなのだ。そんな簡単に他の人間には譲れない。
 そうルルーシュが告げれば、ナナリーは更に喜び嬉しそうにルルーシュに身を寄せた。
「それじゃあ、お兄さまがナナリーの王子さまなんですね!」
「え?」
「ナナリーの王子さまはお兄さまです。お兄さまがいれば、わるい魔法つかいだってこわくないです!」
 そうしてぎゅうっとしがみついてきたナナリーの顔は本当に嬉しそうで。全身で頼ってくる小さな体にこみ上げてくる感情は何だったのだろうか。ただひたすら、頼られることが嬉しくて、沸き上がってきたのは使命感で、幼いルルーシュにとっては生き甲斐だった。
「……うん。ナナリーは、僕の大切な、可愛いお姫様だ」
 身をしっかりと寄せてくるナナリーの肩に腕を回して、抱きしめる。守るよ、と伝えるように、しっかりと。
 幼い兄妹は、体を寄せ合ってその日はとても幸せな心地で眠りに落ちた。


 その数日後のことだ。
 ルルーシュより歳年上のクロヴィスは、実に自由奔放な性格をしていた。彼の母親が皇室の中では珍しいことにマリアンヌを邪険にせず接していたことで、所謂『庶子出』のルルーシュに純粋な好奇心を持ったのが始まり。数ヶ月ほど前から、アリエスの離宮に訪れるようになったクロヴィスとチェスを打つことはお決まりになっていた。
「そういえばさっきナナリーが、ナナリーの王子さまはルルーシュだとか言っていたが、あれは何だい?」
 対戦の最中、ひょっこりと問いかけてきたクロヴヴィスにルルーシュは僅かに嘆息。絵を描くことに関してはとんでもない集中力を発揮するくせに、こういう時は直ぐに雑念に意識を取られて、対戦相手のルルーシュの集中力すら殺ぐ。それが意図してのことではなく、無意識だから質が悪い。
「………兄さん」
「え? ……ああ、すまない! 私はまたやってしまったのか…」
 きっ、と上目で睨む素振りを見せれば、クロヴィスもルルーシュの不機嫌を察したのか。こうしてルルーシュが思考中に遮るよう話しかけてしまうのは決して初めてではなく、むしろ毎回と言ってよいくらいなのだが、またやってしまったと項垂れるクロヴィスを見てしまうとルルーシュも怒る気は失せる。と言っても、恨めしいことに変わりはない。
「……この前、ナナリーが夜寝付きが悪くて、簡単な物語を読んだんです。その話に出てきた王子さまが気に入ったようで…」
「ああ、それでナナリーの王子さまがルルーシュだと?」
「……そういうことです」
 少し違うのだが、面倒だからまあいいか。と、ルルーシュは駒を動かす。
「お前たちは相変わらず仲が良いな」
 にこにことそんなことを言ってくる相手だから、ルルーシュはこの歳の離れた異母兄が嫌いではない。
「兄さんの出番ですよ」
「え? あ、ああ……うっ」
 恥ずかしいとかそんなんじゃない。そんなんじゃないからなとルルーシュが思ったのはまるで誤魔化すかのような態度になってしまったからか。いや、それでもクロヴィスがちっとも盤上に注意を払ってなかったのは確かで、実際、ルルーシュが放った手に今更狼狽えている。
 クロヴィスのカンは悪くない。ただ、ルルーシュの方が論理的思考に優れていた。今日も思考を中断された以上はこちらの意地悪も少々多めに見てもらおうと示した一手にうんうんと唸りながらもクロウィスは駒を動かす。残念ながら、ルルーシュの思惑通り。
「……それにしても、ルルーシュがナナリーの王子さまなら、ナナリーはルルーシュのお姫様ということになるのかな?」
 だから追い詰められている時くらい黙って考えられないのか、…とは思わない。もう慣れた。と、言わんばかりにルルーシュは次の一手も悩むことなく動かす。
「そうですね。ナナリーに相応しい騎士が現れるまでは、僕がナナリーを守りますし」
「はは、ナナリーの騎士選びは難航しそうだな」
「ナナリー自身、母さんに憧れてナイトメアに乗るとか言い出しているので、別の意味でも騎士選びは難航するでしょうね。……兄さん、あと5手でチェックメイトです」
 わかりわすく相手の危機を知らせてやれば、「何?!」と慌てて盤上を凝視している。これで少しは集中してくれればいいのだが…とルルーシュが思ったところで、相手は他ならぬクロヴィスだ。再びルルーシュの手番になったら「そういえば」と、話し出したこの散漫さはどうすれば身に付くのか教えて欲しいくらいだ。
「先日、コーネリア姉上がギルフォード卿に選任騎士を任命したそうだ。就任式は日取りが決まってないみたいだが」
「コーネリア姉上?」
 そこでルルーシュの手も止まった。そのことに機嫌よく頷くクロヴィスを見れば、彼が単純にルルーシュの気を引きたいが為に先ほどからむやみやたらに話しかけていたことにも気づけたかもしれないが、ルルーシュもまたそれ程に洞察力が鋭いわけでもない。更にクロヴィスは常にそんな態度なので、構ってもらいたいオーラを放っていることにルルーシュが気付くのはまだまだ時間が掛かりそうなことでもあった。
「ああ。まだルルーシュは会ったことがないか?」
「一度だけ、母さんを訪ねていらっしゃったことが。そういえば妹君を連れてまた来られるようなことを仰っていましたが、騎士選定などでお忙しくなっていたんですね」
「妹…ユフィのことかな。姉上はマリアンヌ様のことを特に尊敬されていたし、ルルーシュのことも気に入ったならユフィと引き合わせたくもなられたのだろうな」
「ユフィ?」
 それは知らない名前だった。首を傾げたルルーシュに、更にクロヴィスの機嫌は増す。どうやらルルーシュに物事を教えられることがことのほか嬉しいらしい。
「ああ。ユーフェミアはリ家の次女で、コーネリア姉上の唯一の実妹だよ。姉上はユフィのことをそれはもう可愛がっているから、先ずは姉上のお眼鏡に叶わなければユフィに会うことはできないだろうな」
「……はあ…」
 そう自慢げに言われても困るのだがというルルーシュの戸惑いがクロヴィスに伝わることはない。
「とても可愛い子だよ。素直で、笑顔も愛らしい。ナナリーと並んだら、春のアリエス宮に妖精が舞い込んできたかのように素晴らしく可憐な光景になるだろうな」
 うっとりと目を閉じて馳せる光景は、春になると一段と美しさが生える庭園か。それにしてもその表現力には常々付いていけない。まあクロヴィスの美意識はある程度信頼しているし、一度だけ見た異母姉の容姿からも件のユーフェミアが可愛らしいことは確かなのだろう。が、ナナリー一番のルルーシュにとって、見も知らない異母姉か或いは異母妹の容姿は正直どうでもよかった。むしろ、眼前のチェス盤の方がルルーシュにとっては重要で。
「兄さん、チェックです」
 ああっ?! と声を上げたクロヴィスに、チェックメイトを告げるのは数分後のことだった。





*   *   *





 10離れた異母姉の騎士就任式は華々しく行われたらしい。
 母だけが招待されたのは、異母姉たっての希望だったということだ。本当はルルーシュやナナリーも招待したかったらしいが、あまりヴィ家を快く思っていないコーネリアの実母たる第二皇妃の事があり、ヴィ家にはまた後日伺いを立てるとの旨が伝えられていた。
 その時、妹も連れて行くと伝えられていた。彼女自身が騎士を持ったことでようやく居宮から離れているアリエス宮へ妹を連れて行くことが叶ったらしい。それくらい慎重になる程、コーネリアは実妹ユーフェミアのことを大事にしていた。
 ルルーシュはユーフェミアのことを事前に知っていた。母の身分から、自分たちの立場は微妙なものだと幼いながらも察していたルルーシュは、自分の異母兄姉弟妹に関してはそれなりに把握しておく必要があったからだ。クロヴィスに言われ咄嗟に出てこなかったのは、それが愛称だったからだ。
 ユーフェミアの姿は写真で確認していた。確かにクロヴィスが賞賛するくらいには可愛らしい少女であったことは認める。しかしルルーシュにとってみれば、腹違いの妹よりも自分と血を分けたナナリーの方が可愛く見えるのは仕方ないといえば仕方ないことだった。
 だから、初めてユーフェミアと会ったその時には。

「ルルーシュ? わたしはユーフェミアです」

 ユーフェミア? と口の中で名前を転がせば、彼女は嬉しそうに頬を緩ませ、けれど頬を膨らませ、不満は何なのかと思えば、ルルーシュの手を唐突に握った。
「ユフィ、です! ルルーシュにはユフィと呼んでもらわなきゃ嫌です!」
「ユ、ユフィ?」
 そうですっ! と破顔した瞬間の華やかさは何だったのだろうか。
「これからよろしくお願いしますね、ルルーシュ!」
 ぎゅうと握られた手は、ナナリーの時とは違う熱に支配される。どくどくと波打つ鼓動に狼狽えるしかないルルーシュは、眼前のユーフェミアにただただ意識を彼女一色に染められた。
 そんな幼い2人の様子を見守っていたマリアンヌやコーネリアには、おそらくユーフェミアの勢いにルルーシュが呆気に取られているとしか映ってはいないだろう。まさにその通りといえばその通りで、この後もルルーシュとユーフェミアの関係は一見この時のままにしか見えないだろうけれど。

(君が、僕のお姫さま?)

早咲きの花が実となるのは、まだもう少し先の話。






きな子/2008.10.13(2009.09.03加筆修正)