「ねぇ、ルルーシュ。私、ルルーシュのことがとても好きよ」
「ああ、俺もユフィのことが好きだよ」
「とても、大好きだったのよ」
「俺も、大好きだった」
「愛していたの」
「愛していたよ」
「きっとルルーシュ以上に好きな人なんてできないわ。それくらいに好き。好きだった。好きだったの、大好きだったの、ルルーシュ」

 零れ落ちる涙を掬うことなんてできなかった。
 ただただ想いを吐露する相手は深く傷ついて、想いを打ち明けられた方もそれは突き刺さる刃にしかならなかった。

「……俺も、君のことが一番好きだったよ。好きだよ。今でも、愛してる」

 その言葉に少女は震えて蹲った。必死に声を抑えながら滂沱する姿はとても痛々しくて、言葉通り愛を囁き合う場面にはなんて不釣り合いなことか。
 青年は空を見上げた。地にしゃがみ込む少女を視界に入れることを拒むように。どうして雲一つない青なんだろうかと思わずには居られないくらい、空は澄み渡っている。清々しいまでの空。だとしたら今の自分たちは何なのだと青年は思う。
 頬には、一筋の涙が伝っていた。





*   *   *






「―――ルルーシュ、こんにちは。ご機嫌いかが?」
 現れた来訪者をルルーシュは女性が見たらそれはそれは黄色い悲鳴が上がってしまいそうなほど艶やかな笑みで迎え入れた。この館には多くの使用人が勤めているし、来訪者の相手をするのは先ずは当主ではなく執事か或いは彼の妻である筈だったのだが、ある特定の客人に限っては玄関の出迎えも全てルルーシュは本人が行っていた。貴族にしては珍しいことこの上なかったのだが、出来た主に文句を言う者も居ない。主直々に出迎える特定の客人のひとりである女性は、これもまた花が咲くような笑顔で挨拶をする。
「ユフィ、よく来たね」
 腰に手を入れて、ルルーシュは客人を招き寄せる。それを当然のように受け入れたユーフェミアは、こちらもまたルルーシュの首に細い腕を回した。見目麗しい男女が抱擁する姿は見る者を魅了する光景だったが、当人達はそんな周囲の視線を気にせずに挨拶を交わす。
「ふふ、だってルルーシュが本国に帰ってきてるとお兄様に聞いたら居ても立っても居られなくなってしまったんだもの」
 そこでユーフェミアは思い出したように「あ」と言う。
「ユフィ?」
「言うのが遅くなっちゃった。お帰りなさい、ルルーシュ」
 その言葉にルルーシュは目をぱちくりと瞬き。2、3度繰り返してから頬を緩めた。ユーフェミアの白い頬に軽いキスを贈ってから、「ただいま、ユフィ」と一言。すればユーフェミアの方もまた嬉しそうに笑ってから、ルルーシュの頬に軽いキスを送り返した。
「今回はそれ程長い滞在じゃなかったのね?」
「クロヴィス兄上の手伝いも早々に済ませてきたからな。…ああ、帰り際にコーネリア姉上のところにも寄ってきたよ。ユフィによろしく、と」
「まあ!お姉様ったらそんなこと一言も言ってなかったのに!」
 驚くユーフェミアにルルーシュは笑う。
「その顔が見たかったんだよ。後でコーネリア姉上に連絡しておく」
「…ルルーシュの意地悪」
 ぷくり、と頬を膨らませたユーフェミアにルルーシュは更に声を立てて笑った。腕の中で「もう!」と抗議するユーフェミアは愛らしさしかなく、どれだけ喚いたところでルルーシュにとっては心を踊らせるものでしかないのだろう。いつまでも笑っていれば流石にユーフェミアの気分を害することはわかっているから後に「ごめんごめん」と謝るが、それも笑みを浮かべたままであればユーフェミアの不服は消えない。子供扱いされていると更にユーフェミアは膨れたが、それが本意ではないこともルルーシュはわかっている。ただじゃれているだけなのだと互いに自覚していたが、この時間が愛しいのだからどちらもどちらだ。
 いくらか笑い続けて満足したのか、ルルーシュはユーフェミアの腕をやんわりと外し、彼女の腰に当てていた腕を片方だけ解いた。片方はそのままユーフェミアの細腰に当てたままであり彼女のエスコートをする為のもの。
 いつまでも玄関先に居るわけにはいかないからとユーフェミアを自室へと促した。
「ルルーシュ、お義姉様は?」
 密着した姿勢を保ちながらユーフェミアはルルーシュに問いかける。
 ユーフェミアが義姉と称する相手は、ひとりしかいない。彼女にとって“義姉”は既に幾人か存在するのだけれど、第二皇子妃や第三皇子妃といった相手はあまり交流がないからか、ユーフェミアは名前で呼んでいた。
 数いる異母兄の中でもルルーシュの妻だけを彼女は義姉と呼ぶ。
「今は彼女の実家に帰っているよ」
「……喧嘩でもしたの?」
 心配そうに首を傾げるユーフェミアにルルーシュは苦笑。
「違うって。俺も暫く留守にしなくちゃいけなかったし、子供の世話も義母上がいらっしゃるあちらの方が何かと良いんだ。2、3日したら戻ってくるだろう」
「あら、じゃあ少しの間ルルーシュは寂しいわね」
 そうだね、とルルーシュは相槌。妻子を大変大事にしている彼だから、おそらく自分の感情よりも妻子の環境を最優先することは知れているけれど。
 ルルーシュの部屋までの間、2人の会話は異母兄の話題だった。芸術面に長けている彼が新しい大作に着手していたことだとか、そのお陰でまた彼を叱る羽目になったと言えばユーフェミアは楽しそうに喉を鳴らす。一方の本国では彼らの尊敬すべき長兄が相変わらずの辣腕を振るっていたし、その下で働くユーフェミアの夫君も忙しそうなのだと彼女は肩を落とした。そうすればルルーシュは彼女を慰めたし、知人でもあるユーフェミアの夫君が彼女のことを一心に想っていることを伝えてやる。年々女性らしい美貌を磨き上げているユーフェミアは、ルルーシュの言葉に綺麗な微笑みを浮かべた。
 話は部屋に到着してからも尽きなかった。それぞれ姉や妹のことも話したし、友人のことも話した。それほど長い期間会っていなかったとかそういうわけではないのだが、話題は次々と出てくる。それはいつの間にかどこのケーキが美味しいや、最近の流行は何だ、といった主に女性らしい内容をユーフェミアが嬉々として話すことが多くなっていたのだが、ルルーシュは適度に相槌を打ちながらもきちんと聞き入れている。昔からユーフェミアを始め実妹、また義姉といった女性の相手をすることを多かったルルーシュだからか、男なら直ぐげんなりとしてしまいそうな女性のお喋りにも堪える様子がない。むしろ単純に慣れているだけといってしまった方が正しいのかも知れないが、ルルーシュに不満もないのだから問題はなかった。
 ただ最初に用意されていた紅茶を飲み干した頃には、ユーフェミアも流石に話題が尽きたのか。
 小休止といった具合に少しの沈黙。その間にまたメイドが新しい紅茶を注いで持ってきてくれた。再び湯気を立たせる熱い紅茶の薫りを楽しんでユーフェミアは一息。ルルーシュもまた、寛いだ様子で黙って外に視線を向けている。
 その空は晴れていた。雲ひとつ見えない。なんて清々しい青だろうか。
「…ねぇ、ルルーシュ」
「なに?」
 ことり、カップを受け皿に置く。
「いい、天気ね」
「ああ」
 2人揃って窓へと視線を向けた。その向こうの空はどこまでも青い。

 ルルーシュは大人になった。ユーフェミアもまた大人になった。子供だった頃を思い出させる空に馳せる思いは、同じとは限らない。
 ただ。

「……あの時、どうして逃げてしまわなかったのかと思う時があるわ」
 こんなにもいいお天気だったのに、とユーフェミアは穏やかに言う。
「……何なら今から逃げてしまおうか?」
 今日もこんなにもいい天気だから、とルルーシュはやはり穏やかに続けた。
 ユーフェミアはふふと笑う。もう一度、カップを手にとって紅茶を口にする。そうしながら「それも素敵ね」と微笑んだ。
 ルルーシュもまた彼女に倣うよう、カップをとって紅茶を飲む。他愛ない会話を楽しむように、彼らは過ごす。

「ルルーシュ、好きよ」
「ああ。俺もユフィのことが好きだよ」

 合い言葉のように告げ合って、微笑み合う。その奥に潜んだ張り裂けてしまいそうな程に狂おしい想いには、いつか以来ずっと蓋を閉じたまま。
 今は、まだ。



優響5題/3.Time to dream.





どこからどこまでが夢なのかももうわからないくらいに優しい時間はまるで幻想でしかなくて。
きな子/2007.07.21