「先日、第二皇妃様に御子が産まれたそうですわ」「女の子だったとか」「コーネリア様の妹姫様になるということ?」「第三皇女様のご生誕ね」「―――皇位継承権はコーネリア様の直ぐ後だそうですわ」「まぁ!それではルルーシュ様の継承権は…?」「第二皇妃様が、ご懐妊をなされた段階で既に皇帝陛下にご進言されたとの噂ですわ」「今度こそ男の御子がお生まれになるとお思いになって」「蓋を開けてみれば、二人目の皇女様」「さぞや悔しがられたことでしょうね」「第二皇妃様はマリアンヌ様を目の敵にしていらっしゃるご様子。よりによってルルーシュ様が先にお生まれになった上にご自分の御子が2人目の皇女様では面白くなかったのでしょう」「これでルルーシュ様の継承権はお下がりになられて……」「マリアンヌ様はあんなにも立派なお方なのに」
「仕方のないこと。ここはブリタニアなのだから。」




「ルルーシュ、ルルーシュ。母の声が聞こえますか?あなたの異母妹姫様がお生まれになったそうよ」
 腕の中の赤子は覚束ない視線を彷徨わせた。ぱちぱちと忙しなく瞬きし、言葉になっていない呻き声。小さな小さな手は母親のドレスをしっかりと握りながら、母親という絶対の庇護に身を任せていた。
 母親は赤子の様子に微笑む。優しく語りかけた。
「先日、コーネリア様にお会いしたわ。とても可愛らしい方でした。きっと、ユーフェミア様も姉上様に似て可愛らしいお方でしょう」
 ユーフェミア様はあなたの異母妹姫様よ、と母は赤子に言う。
「あー」
「…あら。ルルーシュ、どこを見ているの?」
 相変わらず意味のなさない声。しかし何かを主張するように発せられているようにも思える程、赤子はしきりに唸った。母親の腕から身を乗り出し、何もない空に手を伸ばす。その仕草は何かを求めているようにも見え、もしくはまるで何かに呼ばれているのに呼応しているようにも見えた。
 赤子が手を伸ばした方向。そちらに目を向けたとき、思いつく場所があった。
「……ユーフェミア様に会いたいのかしら?」
 赤子の示す方向―― それはずっと先、ここからでは影も形も見えないほど遠いところではあるけれど――には、産まれたばかりの皇女が住まう離宮が存在する。
 くすり、と母親は笑った。冗談めいて言ってみたことだったが口にしてみると不思議なもので、まるで冗談ばかりとも思えなかったからだ。
「…ユーフェミア様と仲良くなれるといいわね、ルルーシュ」
 柔らかな頭皮を撫で、母親は話しかける。それは母親の願いに近かった。産まれた子供は愛おしい。子供の幸せを願うのは母親として当たり前のこと。
 赤子は母親の言葉を理解していないだろう。しかし微かに母親に縋る手の力が強くなり、それがまるで赤子の返事のようにも思えた。
 母親は赤子を大事に抱いた。いつかの幸福を願って。







*   *   *







「せっかく第二の御子がお生まれになったと思いきや、また皇女様だったなんて……」「皇妃様はさぞやショックだったでしょうね」「つい先ほどお生まれなった…ほら、あの下賤な身分の…マリアンヌ皇妃の第一子が男児だったから、余計に心痛でしょう」「庶民出の」「全く、忌々しいこと」「皇妃様はユーフェミア様をお抱きにもなられていないのでしょう?」「ユーフェミア様もお可哀想に。皇女殿下でなく、皇子殿下なら良かったのに…」「そうなるとコーネリア様より皇位継承権も上がったでしょうに。ああ、もったいないこと」「コーネリア様がお生まれになってからはずっと男児続きだったからと皇妃様も期待していらっしゃったのにねぇ」「残念ね。けれど継承権はコーネリア様の直ぐ後とは流石ですこと」
「それは当たり前のこと。ここはブリタニアなのだから。」




 揺りかごでぐずる赤子を姉は飽きずに見続けていた。まだ十になったばかりの小さな体では、愛くるしいこの赤子を抱いてやることができない。それがとてももどかしい。
「ねぇ、ユフィ。今日はユフィにだけわたしの秘密をおしえてあげる」
 秘密だよ?ぜったいにだれにもいっちゃだめだよ?指を一本、口元に立てて。赤子は理解した様子なく視線を彷徨わせているだけだけれど、姉は満足だった。
「あのね、このまえマリアンヌさまにあったの」
 ひそひそ、小声で語りかける内緒話。もちろん赤子は目をぱちくりさせるだけで、うんともすんとも答えない。けれど姉は嬉しそうな様子で続ける。
「マリアンヌさまはね、わたしのだい好きな人。すっごくキレイでカッコよくて、とってもやさしい人なの」
 うっとりと目を細め、姉は赤子に伝える。けれど次の瞬間にはその嬉しそうな顔も消沈。肩を落ち込ませ、泣きそうに眉を寄せる。
「………でもね、母さまはマリアンヌさまがおきらいみたい。しょみんのちが、っておこってた。でも、わたしは母さまがきらい。だって…、」
 そこまで言って姉は慌てて首を振った。その先は赤子の前では決して告げてはいけないことなのだと、幼いながらも姉は分別があった。彼女の母親よりも、余程。
 だからその分、姉は赤子に愛情を注ぐのだと誓う。赤子が母親から得られない分も、自分が母親から得られなかった分も、総て赤子に注ぐのだと姉は赤子を初めて見た時に決めていた。
「だいじょうぶ。ユフィのことは、わたしがまもってあげる」
 赤子の小さな小さな手を握った。すると赤子は指をくいくいと動かす。驚いて姉が顔をあげれば、赤子は姉へと手を伸ばしていた。求められていることに、今までに感じたことのない程の高揚感が沸き上がる。
「ッ……あっそうだ!あのねっ、今日はユフィのために持ってきたんだよ!」
 思いがけない赤子の行動に興奮してしまって動作が慌ただしくなってしまう。姉は直ぐ傍らに置いておいた冊子を手に取り、中から一枚の写真を取り出した。赤子の目の前に持っていき、「これがマリアンヌさま」と教えてあげる。
 写真には漆黒の髪を艶やかに波打ち、穏やかに笑む女性。その腕には、彼女と同じ黒髪を持った赤ん坊を大事そうに抱えている。
「あー」
 赤子が珍しい反応を示した。興味深そうにその写真をじっと見詰めた上に、その写真へと手を伸ばしてきた。確かな意志を持ったその行動に、姉は目を丸くする。
「どうしたの?ユフィもマリアンヌさまがきにいったの?」
 聞いてみたところでやはり赤子が答えるわけはない。しかし姉は赤子の視線が妙に意中の人からずれているのではないかと思った。
「……ユフィ、こっちの赤ちゃんが気になるの?」
「あー」
 まさか答えたわけではあるまい。しかしそのタイミングの良さは偶然とも思い難いとも思えてしまう。
「この子はルルーシュ。マリアンヌさまの、…赤ちゃん、で、」
 宮内の使用人達がこの皇妃と第十一皇子に対してどんな風評を立てているか姉は知っていた。その矛先が赤子であることも知っている。だからといって母や彼らと同じよう、皇妃と異母弟にあたる赤ん坊を憎々しく思ったことはなかった。
「……ユフィのきょうだいだ」
 赤子は愛らしく笑った。理解しているわけがないとわかっているのに、どうしてだろう。赤子は確かに姉をこの存在だけで幸せにする。
 いつか赤子たちが会えればいいと姉は思った。憧れの人の子供。勿論、自分も会えればいいと思う。だがそれ以上に、大好きな妹と大好きな人の子供が仲睦まじくしている光景は姉にくすぐったい気持ちを呼び起こさせる。
 姉は赤子に手を伸ばした。彼女もまた、いつかの幸福を願って。




優響5題/2.木漏れ日の声





コーネリア・ユーフェミア姉妹の母親→第二皇妃は捏造。
きな子/2007.07.06