朝食を二人分
母親違いの弟がシュナイゼルのマンションに住まうことになったのは、ほんの一週間前からだ。
シュナイゼルに負けず劣らずな優秀だった彼は高校二年の半年間を日本へ留学することになり、たまたま日本で一年ほど仕事を任されていた異母兄の元に、通う学園も近いこともあり居候することとなった。
来日した一日目、異国に住まう準備や手続きに過ぎた四日目、週明けから学校に通い出した五日目、そして学校に通い出して一週間目、だっただろうか。他人が同じ屋根の下に暮らしていることに少し慣れてきた頃。
朝、シュナイゼルは微かに鼻をくすぐる匂いと、聞き慣れない物音に目を覚ました。
時刻を見ると、起きるには丁度よい頃合い。されど何かしら活動するにはまだ早い。
何だろうかと疑問を覚えながらダイニングへ向かえば、机の上には白いご飯、さんまの塩焼き、ほうれん草のお浸し、そして味噌汁が揃っていて。こんな日本の旅館でしか見たことのない、しかし旅館よりも些か質素なメニューに、シュナイゼルは珍しく首を傾げた。
「あ、起きましたか」
ひょい、と、普段使われないキッチンから首を出したのは、先週より居をともにする異母弟。状況的に、これらは全て彼が用意したのか。シュナイゼルは滅多なことでは悩まない頭を朝から回転させる。
「ルルーシュ、これは…?」
問えば、彼は些か気まずそうに目を逸らし、すみませんとバツが悪そうに謝る。いや、別に謝罪が欲しいわけでもないし、そもそも何がどうなっているのか理解できていないシュナイゼルだ。ルルーシュは「勝手なことをしてすみません」と再び謝った。
「実は学校に弁当を持っていこうと思って、作ってたんです」
「弁当? アッシュフォード学園には学食はないのかい?」
シュナイゼルはよく知らないが、ルルーシュが通うレベルの学園だ。学食くらいありそうなものだが、とシュナイゼルが問えば、ルルーシュは苦笑。ええあります、と肯定しながらも訳を話す。
「ただ、毎日学食で食べていたら食費もバカにならないし、弁当の方が節約なんですよ」
たまげた。昼食代なんて、気にしたことがないシュナイゼルは、目を丸くする。
確かにルルーシュはシュナイゼルとは腹違いで、別姓を名乗っている。父方は裕福だったが(シュナイゼルの姓も父方のものだ)それに頼っている気配はなかった。ならばルルーシュの今の経済状況は切迫しているのだろうか? あまり気にはしなかったが、シュナイゼルのところへ来たのも、そのせいなのだろうか? かと言って、金銭的な面でルルーシュがシュナイゼルを頼りたそうな様子を一度も見せたことはなかた。それならばと昼食代くらい工面しても一向に構わない。
そこまで思考を巡らせて、提案しようとしたシュナイゼルを察したのか。またルルーシュは「違います」と苦笑い。
「別に金銭面で困ってるわけではありません。ただ抑えられるものは抑えるにこしたことないし、これは本国にいた頃からの習慣なようなものなので」
やわく、シュナイゼルの援助を、しかしルルーシュはきっぱりと断る。
それに、と続ける。
「弁当を作ると、朝ご飯も一緒に作るのが楽なんですよ。…俺としては、朝は家で食べていきたい派なので」
また、苦笑い。
確かにこの一週間、ルルーシュは家で朝食をとることがなかった。それもその筈、シュナイゼルが朝食を食べる習慣がなかった。まず、料理をしないのだ。できないのだ。だから出社する前に適当に買っていくか、もしくは会社で食べるのが日常だった。特に食を気にしない性格なのも大きい。
そうか、自分は異母弟にそんな自分の習慣を押し付けていたのか。シュナイゼルはうっかりしていた自分に驚きを隠せない。
「それで? …この二人分の朝ご飯は君が作ったのかい?」
「はい。どうせ作るなら一人分も二人分も変わりませんから。…ただ、シュナイゼル兄さんが朝ご飯を食べる習慣がなかったなら、これからは俺の分だけにしておきますが…」
遠慮がちに、窺うように。まだ、あまり馴れていないらしい異母弟の反応に、シュナイゼルは珍しくもっと懐けばいいのにと思う。
不安そうに見ているルルーシュに一笑を送ってから、席につく。揃えられた箸をとり、茶碗を手にする。するとくすりと笑い声が聞こえ、何だと思えばルルーシュが「箸は使えるんですね」と言ってきた。
「………ああ。一体、私がどれくらい日本で暮らしていると思ってるんだい?」
あとチャイナでも箸を使うよ、と答えれば、ああと首を揺らす。
「そう言う君の方こそ、よくこんな日本食ばかりを作れるね」
「昔、一時だけ日本に居たことがありまして。それから度々、本国でも作っていましたから」
だから味は保証しますよ、と促され、シュナイゼルはまずほかほかに炊かれたご飯を口に運ぶ。次に魚をほじり、お浸しと共に咀嚼。最後に味噌汁を音をたてずに啜る。そういえば日本食を食べる時に一番困ったのはスプーンのない味噌汁だったことを思い出した。
「………おいしいね」
「それは良かった」
いや、お世辞ではなく。美味だ。濃すぎず薄すぎず、食に関心がないとはいえ、上質な物ばかりを食しているシュナイゼルの舌にも実にあったものだ。素直に驚く。異母弟にこんな特技があったなんて、シュナイゼルはまったく知らなかった。
「兄さんも朝はしっかり食べた方がいいと思いますが」
「ああ……こんな朝食なら、毎朝食べて行けそうだ」
と言うか、そもそも今までは作る人間がいなかった故に食べていなかっただけで。まさか自分が作るなんて選択肢がシュナイゼルにあるわけもなく。
「では、俺が毎朝作りましょうか」
「いいのかい? 君の負担になるではないか」
「気にする程のものではないです。俺も住まわせてもらってる立場だし…と、すみません」
シュナイゼルとルルーシュの会話に突如として割り込んだのは、ルルーシュの携帯電話の着信音。ほんの数日前にシュナイゼルが買い与えた物だったが、もうシュナイゼル以外の人間が番号を知っているらしいことに虚を突かれる。
通話ボタンを押したルルーシュは、シュナイゼルの知らぬ相手と話し出す。
「スザクか。おはよう。――迎え? …まだ早いだろう。え? 朝練? そんなこと俺の知ったことでは……は? 生徒会長が? ……ああ、わかった。すぐに支度するさ」
そう告げて閉じられた携帯電話。異母弟の気安い口調が意外で、そんな相手がすでに存在していることにシュナイゼルは驚きを隠せず、…そして動揺を覚える。
そんなシュナイゼルを余所に、ルルーシュは少し食事の速度を速めた。適当に食べたら、席を立つ。シュナイゼルに食器はシンクに浸けておいて欲しいとだけ告げて、椅子にかけていた学ランを羽織る。
「………もう友達ができたのかい?」
つい、口に出していた。
ルルーシュはきょとんと振り返る。しばし考えて、ああ、と得心顔。
「さっき、昔日本にいたことがあったと言ったでしょう? あの時の知り合いが、実はアッシュフォード学園にいまして」
「それは……すごい確率だね」
万に一つもない確率ではなかろうか。
「はい。俺も驚きましたが…彼のお陰で、スムーズに学園生活も馴染めそうです」
「………そうか…」
それは、歓迎すべきことなのだろう。
ルルーシュが日本に慣れれば、シュナイゼルもわざわざ異母弟を気にすることもなくなり楽になる。それにルルーシュ自身にも同年代の友人ができることは喜ばしいことであって、それが昔馴染みとくればさらに喜び然るべきことだろう。
――だと、いうのに。
先に出ることを異母弟が申し訳なさそうに去った玄関を見やる。残された彼が作った朝食はやはり美味で、シュナイゼルは全てしっかりと食べた。言われた通りにキッチンへと食感を運べば、シュナイゼル今まで使ったこともないような食器や器具が出ている。
ふとリビングを見ると、気付かない内に、室内には生活感が溢れていた。やはり1人暮らしと2人暮らしでは、部屋の雰囲気そのものが変わる。
それを厭とは思っていない自分。
最初は異母弟と暮らすなんて面倒だと思っていた程だというのに。――少し、楽しみにさえなってきていることに、シュナイゼルは笑った。
きな子/2009.06.20