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顔を洗って、目を覚ましたら



 枢木家の朝は規則正しい。
 と、いうよりも、スザク自身が藤堂といった武道の師範に厳しく躾られているために、生活習慣に関しても幼い頃からしっかりとしていた。
 朝、決まった時間に意識が覚める。まだ朦朧としたまま布団から這い出て、洗面所へと向かう。
 使用人は数名。朝から働いている彼らは、寝ぼけ眼の坊ちゃまにも丁寧にお辞儀。「朝ご飯はいかがなさいますか?」と問われても、呻き声の生返事。
 フラフラと未だ開かない瞼だけれど、毎朝の習慣が廊下の角に頭や敷居に足の指をぶつけたりはしない。足取りは存外しっかりしている。
 たどり着いた先で蛇口を捻る。ジャーっと音がして、両手で掬うだけでも気持ちいい水を思い切り顔にじゃばじゃばっとかけた。
 ――目が、一気に覚めた。
「……朝メシっ!!」
 そのまま蛇口を問答無用で締め、先ほどの胡乱さはどこへいったのやら。ドタドタドタっ! と板張りの廊下を駆けたスザクは通り道の台所に顔を出して、先ほど朝ご飯をどうするか声をかけてきた女中に「オニギリ三人分!!」とそれだけを言う。そのまままた家の中を一直線に走る。目的地は悩むまでもなく。
 でかいだけの家の更に奥の奥。やって来た当初はスザクの大切な隠れ場所にしていた土蔵に捨て置かれていたようなものだったが、今はきちんと同じ屋根の下で居住を共にする、ほんの数ヶ月前にやって来た異国の兄妹。
 彼らが住まう部屋まで一直線にたどり着いたスザクは、躊躇いなくスパーンっ! と、襖を開け放った。
「っ?!!」
「起きてるかっ?!ルルーシュっ、ナナリー!!」
 まさに怒涛のようにやって来たスザクに対して。兄妹は、現れたスザクにそれぞれの反応。
 兄に髪を梳かしてもらっていた妹は、間もなくして「おはようございます、スザクさん」と、いつもと変わりなく穏やかに挨拶。
 一方、妹の髪を梳かしていた兄はと言えば――
「ノ、ノックくらいしたらどうなんだスザクっ!!」
 突然の来訪に驚愕のあまり身を震わせ固まった。して、挨拶もなしに、いきなり怒鳴った。否、挨拶をしていないのはスザクも同じなのだけれど、そんなことは気にすることでは全くなくて。
 ノックぅ? と、実に面倒極まりなく眉を上げた。
「んなことするかよ。だいたい、ここはオレの家なんだぜ」
「確かに君の家だが、君には他人に対する遠慮というものがないのかっ!」
「エンリョなんていちいちしてられっかよ」
「なっ! っ――もしっ、ナナリーが着替えてる真っ最中だったらどうするつもりだっ! ナナリーは女の子なんだぞっ!!」
 御年十歳。
 おんなじ生き物だと思っていた男の子と女の子の意識が始まる頃。されど若干、頬を紅潮させた(どちらかというと怒りの方が主だが)兄に対して、スザクはキョトンとする。して、視線を妹の方へと移す。
 既に彼女は着替えを終えていた。夏の、動きやすそうな格好だ。後は兄に髪を結ってもらったら身支度は完璧なようだ。
 彼女はニコニコ笑っている。スザクの持つイメージとしては、兄はツンツンと妹はふわふわだ。彼女の着替えを覗く気なんて更々ないし、そんなタイミングにぶつかるとも思っていないスザクは、やはりニコニコと笑ったままの妹を一瞥して。
 …そんなことよりも! と、ズカズカ室内に踏み込んだ。そしてぼけっとスザクを見上げてる兄の腕を取る。
「ほらっ、とっととそれやったら外行くぞ!」
「………は?」
 スザクの不躾な提案に、彼はポカンと口を空けたまま。
 構わず、グイグイと引っ張る。
「今日はオレの秘密基地にお前ら連れてってやるんだから、早くしろよ!」
「は?」
 何のことだ。僕は聞いてない。そんなことを言う相手に、そんなのさっき決めたんだから当たり前だろとふんぞり返って答えるスザクに相手は惚けたまま。それがもどかしくなって、スザクは捕まえていた腕を放し、今度は妹の腕をとった。
「っ、おいっ、スザク!!」
 出会った当初は、妹に触れることさえ彼は熱り立った。少しは慣れて、足の動かない彼女を兄の代わりに背負うことは許されるようになったけれど、やはり突然の接触には驚いてしまうようで。けれどスザクはやはり構わず、彼女の腕を上げてそのままスザクは自分の肩に回させた。目も見えない彼女だったけれど、スザクを疑う気配は微塵も見せず、むしろ完全に身を任せている。その光景がさらに兄を困惑させるが、再三そんな相手のことは構わずに、スザクは妹を背負って、兄を足で小突き「そら行くぞ」と歩き出した。
 妹を連れ出されては、慌てて追いかけるしかなくて。スザクの背後で焦ったように立ち上がった彼は、「朝ご飯はどうするつもりだ?!」とやはり怒ったような口調。
「さっき、おにぎり頼んどいた。お前もらってこいよ」
「なっ! 何で僕が…っ」
「ナナリーの分だってあるんだぜ」
 それを言われると弱い彼は、スザクの思惑通りぐっと口を噤んで視線だけは恨めしく睨んでいて。
 ……君の分は知らないからなっ! と捨て台詞を残して肩を怒らせながら厨房へと向かった。そんな様子が面白くてたまらないスザクはつい肩を揺らしてしまい、背負っていた妹がくすりと笑われる。
「楽しそうですね、スザクさん」
「だってアイツ、おもしろいんだもん」
 今までスザクの側には全く居なかった人間。揺さぶることがこんなにも楽しくて、さらに一緒にいることが楽しくて溜まらない。
 こんな気持ち、今まで知らなくて。
 だから。
「お兄様もとても楽しそうです」
 そんな一言に、今日という日がもっと楽しいものになるのだろうと、スザクは浮き立つ気持ちに心を弾ませた。





きな子/2009.05.31