▽姉妹編1.コーネリアとユーフェミア。




 美しき薔薇園へと誘われる、幼い子供たち。
 邂逅は、運命を変える。 ――――― かも、しれない。



 少女は走っていた。
 木々の合間を擦り抜けるように前を走る幼子。彼女を追いかけるように、少女…コーネリアは、妹の名前を繰り返し繰り返し呼びながら走った。
「ユフィ、待って、ユフィ!ユフィ、どこへ行く?!―――ユフィ!」
 しかし前を走る幼子は足を止めない。上空で羽を優雅に羽ばたかせる鳥に誘われるように、拙い足取りは何かを期待するよう、彼女は駆ける。
「ユーフェミア、そっちに行っては…!」
 森、というには小さいかも知れない。が、幼い子供たちにしてみれば己のテリトリー以外は未知の領域だ。しかも厳密に居場所を仕切られている、彼女たちの世界。
 その境界を越えようとしている妹を、コーネリアは懸命に引き留めようとする。どこに敵が潜んでいるのかもわからないこの世界で、自らそれを踏み出すなんて、少女にしてみれば自殺行為に等しい。だというのに、無垢な子供はそれを聞き入れず、何やら擬音語を上空の鳥に向けて発している。
(また…!)
 自分には理解の出来ない妹の行動。
 いつもは従順なのに、偶に妹は自分の理解の及ばないところへと駆けていってしまう。その様子を、コーネリアは不安に思っていた。
 いつかユーフェミアは自分の手の届かないところへ行ってしまうのではないか。
 きり、と焼きつく胸に。妹が、上空に向かって「…そこに居るの?」と呟く声が耳に届いた。はっとしてコーネリアが前方へと顔を上げれば、妹が木々を掻き分けて見えなくなる背中。
「ユーフェミア!!」
 がさり、と。
 全く同じ道を辿って木々を掻き分け、妹を追いかけた。
 その先は一気に視界が晴れる。飛び込んでくる花々。美しい、薔薇園。
 同じ宮廷内に、こんなにも美しい所があったのか……呆然と見惚れたコーネリアの視界に移った、桃色の見慣れた髪の毛。途端に意識はそちらへと戻り、妹の名前を呼んでいた。
「ユフィ…っ、」
 見つけた妹の視線の先には、妹よりも幼い少女が居た。
 栗毛色の柔らかい髪を2つに結った幼子は、2人の少女の登場を大きな紫玉の瞳できょとんと見ている。
 誰だ、とコーネリアは思ったが、一方のユーフェミアはそうではないらしい。探し物を見つけた顔は嬉しそうに紅潮していて、ユーフェミアは座る少女に近付いた。誰ともわからない相手に近付こうとする妹に、コーネリアはつい遠巻きになって立ち止まってしまった。
 静かな風は撫でるように心地よく吹く。
 ユーフェミアが何かを話し掛けるように、幼子に触ろうとした、―――瞬間。

「誰だッ!」

 その穏やかな空気は一変させる、叫び声が透き通る空に上がった。





▽姉妹編2.ルルーシュとコーネリア。





 庭園の入り口に現れた少年。年頃はユーフェミアと同じくらいか。
 彼は幼子の側に2人の見知らぬ少女を認めた途端、顔面から血の気を失わせた。持っていた花をその場に投げ捨て、怒りの形相を顕わにして走った。

「誰だっ!ナナリーに近づくな!!」

 そのまま駆けてきた少年はユーフェミアと幼子の間に入り、ユーフェミアの手を払う。
「きゃっ!」
「ユフィ?!」
 烈火の如く怒る少年は、幼子を庇う。手を払い除けられたユーフェミアは、走ってきたコーネリアに支えられる。
 そしてコーネリアもまた、少年に劣らぬ怒りを顕わにした。最愛の妹をこのように扱われて、黙っていられるはずもない。
「何をする無礼者!」
「無礼はどちらだ!ここはマリアンヌ皇妃の宮だ!勝手に入ってきて許されるとお思いか?!」
 少年はコーネリアの激昂にも一歩も譲らない。
 その態度がより、コーネリアの憤りを増す。
「っ、貴様…っ!私たちが誰か知っての態度か、それは!」
「例えあなた方が誰であろうと、他の皇妃の宮に勝手に侵入することは許されることではない筈だ!」
「貴様……その振る舞い、第二皇女である私に対するものではない!改めよ!」
 暗に、身分の差を提示するコーネリアに、少年は「第二…?」と反応する。ここが誰の宮であろうとも、第二皇女であるコーネリアよりも身分が低いことは知れている。但し、例え少年が相手がコーネリアだと知って臆そうとも、彼女は妹への無礼な振る舞いを許す気はなかった。
 しかし予想外と言うべきか、コーネリアの期待した効果は望めなかった。
「……義姉上ならば、あなた方の行為がどういうものか、おわかりになるのではないですか?」
「何だと…?」
 人の温度、というものは稀に視覚的な錯覚をも与える。
 少年の空気が冷えるのを、コーネリアは見た。
「例え義姉上だろうと、私は私の宮に勝手に侵入した者を許すわけにはいきません。ナナリーに何かあってからでは遅いんだ!」
 それは同時に燃え盛る。
「貴様…ッ!!」
 怒りが頂点に達する。美しい薔薇園も既に視界にはない。
 目の前の年端もいかない少年。彼が己に平伏さないことがコーネリアは許せなかった。
 衝動的に身体が動く。
 手が無意識の内に空を扇いでいた。
 しかし少年は怯まない。暴力に屈しよう様子は一切見られない。否、それ以上に憎々しげとコーネリアを睨んでいる。
 それが一層、一層とコーネリアは気に食わない。

「―――お止めになって2人ともっ!!」

 だから軽やかな声が高く響き渡り、鳥が一斉に羽ばたいたその時。
 コーネリアは我に返った。





▽姉妹編3.ユーフェミアとナナリー。




「ユフィ…?!」
「申し訳ありません。わたくしが勝手にこちらに来てしまったのが悪いのです」
 頭を下げるユーフェミアに、コーネリアはまた別の憤りが生まれる。
「ユフィ!何故お前が謝る!」
「悪いのはわたくしです、お姉さま。…見知らぬ者が突然入ってくれば、疑って当然です」
 少しだけ、悲しそうに。
 眉を垂れたユーフェミアの表情は、年の割には大人びている。己の置かれている環境というものを、理解しているのだろう。
 一見、純粋無垢で何も知らぬように見えるくらい、ユーフェミアは幼い。
 けれど彼女が聡いことを、コーネリアはよく知っていた。…そうして相手の少年もまた、ユーフェミアと同じだけの賢さを持っているのだろう。2人の皇女を睨む目は、未だ怒りを収めることなくぎらついている。
 しかしユーフェミアは、姉にも少年にも怖じ気づくことなく、いつの間にか少年が庇っていた幼子の側で彼女の手を取っていた。

「……あなたにも怖い思いをさせましたか?ごめんなさい」

「ナナリー!」
 ナナリー、と呼ばれた幼子は、兄の焦る声にも動じない。
「…おにいさま、この方はナナリーのおねえさまなのですか?」
「っ、ナナ…」
「そうです!ナナリーと仰いますの?わたくしはユーフェミア。ユフィ、とよんでください」
 ぱぁ、とユーフェミアは明るく笑う。ナナリーの手を包みながら、彼女の笑みは柔らかだ。
 未だ少し、戸惑いがあるのか。それでも口の中で「ユフィ、おねえさま?」と呟いたことに、一層ユーフェミアは喜びを顕わにして、ナナリーに話し掛けた。
「ナナリー、わたくしにあなたのお歌を聞かせてくれませんか?実は、小鳥さんが素敵なお歌が聞けるのだと、ここまで案内してくれたんです」
「小鳥さんが?ユフィおねえさまは、小鳥さんとお話しができるのですか?」
 ふふっ、とユーフェミアは笑いながら頷く。
「ええ。きっと、ナナリーもできますよ」
「わぁ、ほんとうに?おにいさま、ナナリーも小鳥さんとお話しできますか?」
 状況に置いて行かれていた。
 少年は、突然振り返ったナナリーの問いに「えっ?」とまごつく。咄嗟のこととは言え、最愛の妹が聞いているのだ。楽しそうに問いかけられて、がっかりさせるようなことを言えるわけがない。
「うっ……うん……ナ、ナナリーなら、小鳥とも…は、話せるかもしれない、ね…」
「ほんとうですか?!」
 もちろんだよ、とまでは少年は言えなかった。そんな勇気はない。(だって、鳥と話す?そんな馬鹿な!)――胸中で盛大にそんなことを呟きながらも、決して口には出すような真似は勿論しない。
 返答に困る少年を余所に、助け船は意外(とは言わない。この場合、元凶と言うのだ)にも、ユーフェミアが横から口出しすることで会話は再び少女達のものへと戻った。
「もちろんです、ナナリー。一緒に、小鳥さんに話しかけてみましょう?小鳥さんたち、ナナリーのお歌を聞くの、楽しみにしているんですよ」
 喜ぶナナリーの手を取って、ユーフェミアは空を飛び回る鳥に“話し”かけている。そんなユーフェミアの様子を楽しそうに見るナナリー。
 少女2人が仲睦まじく戯れている姿を、少年はただ唖然と見る他なかった。





▽姉妹編4.再びルルーシュとコーネリア。



「…………」
「…………」
 気まずい沈黙。何せ、各々、愛する妹の為に(と言うと語弊があるかも知れないが)後には引けない遣り取りをした直後だ。殊に、少年は自分よりも身分が格段高い相手に逆らっている。気後れする様子はなけれど、呆然と、と言うのが正しいのか。
 そんな兄姉とは打って変わり、当の妹たちはとても和やかだ。どちらとも性格も容姿も穏和な為に、彼女たちが並んで笑い合っているだけで幸せな光景に見えてくる。
 すっかりと毒気が抜かれてしまった。
 何だか先程の遣り取りさえも馬鹿らしくなってくるというものだ。そんなことを思い、先にこの沈黙を破ったのは、コーネリアだった。
「………ユフィは、本当に喋れる」
 ぽつり、と呟かれた声に少年は「……は?」と、“よくわからない”と言わんばかりに眉を潜めた。
 先の遣り取りもそうだったが、少年は実に正直者だ。全てが顔に出ている。
 そんなことを思いながらも、コーネリアは続ける。
「私にはわからないのだがな。ユフィは不思議と、動物とよく話をしている。見ていると本当に通じ合っているように見えてくるから、もっと不思議なんだけれどな……」
「………」
 コーネリアの視線の先は、彼女の妹が鳥に向かって何かを話し掛けている姿。つられるように少年もその光景を見たが、彼にはまだコーネリアのようには見えないらしい。怪訝そうに(むしろ胡散臭そうと言うのだ、この目は)彼女ら…というよりも、ユーフェミアのことを見ている。
 内心ではコーネリアの言うことも、ユーフェミアの行動も、全く理解していないだろう。そうして、妹のナナリーが心配で仕方ない様子もまた顕著だ。
 あまりに分かり易い少年に、ついコーネリアはくっと咽を鳴らしていた。
「安心しろ。ユフィは間違ってもお前の妹を危険な目には遭わせたりはしない。私が保障する」
「っ………」
 先のような険悪な口調ではなく――かと言って、彼女の性格的に“優しい”という口調でもないが――けれどコーネリアは自分の言葉が絶対だという強さで少年にそう言った。
 流石に誠意のある言葉には少年も大人しく聞き入れたが、しかし未だ不安の全ては拭えないのだろう、だんまりとしている。
 どれだけ威勢があっても、少年はまだ子供だ。それもユーフェミアと年の頃は同じであろうということは、コーネリアよりは10も下ということになる。
 頭を下げる、と言うほどではないが、年上である自分がいつまでも意固地になっていても仕方あるまい。コーネリアは極自然と、「先ほどは私も悪かった」という言葉を口にした。
「確かに他の皇妃の宮に無断で入ることは、ルール違反だ。すまなかった」
「……いいえ。…ぼ……私の方こそ、義姉上に対し無礼を…」
 年上の…それも第三皇位継承権を持つという義姉に謝罪の言葉を言われ、少年は些か戸惑う様子を見せる。
 が、コーネリアはその奇妙な顔が可笑しくて笑う。
「その顔、謝る気はないな」
「ッ」
「ふふ、確かマリアンヌ皇妃といったな…噂には聞いている。お前、名は?」
「……ルルーシュ」
 噂、という単語に僅かに反応したが、少年…ルルーシュは、呟くように名乗る。その名前をコーネリアは口の中で転がしながらも思いつく宛があったのか。
 そうか、と呟いたコーネリアは、ルルーシュにも覚えのある2人の名前を口にした。
「兄上やクロヴィスから聞いたことがある。八番目に面白いのがいると。お前のことか」
「…………」
「確かに切れるようだな。あの兄上が気に留めるようなのだからどんな奴かと思ったが…確かに、な」
 第二王子シュナイゼル。その存在に、今まで受け身だったルルーシュは興味を示した。
「……シュナイゼル兄様と仲が良いのですか?」
「仲は良くないな。私にはシュナイゼルが何を考えているのか、よくわからない。が、実力は間違いない。お前も知っているのだろう?」
 問われて、ルルーシュは実に子供らしくも、むくれた表情をする。
「……シュナイゼル兄様だけにはチェスが勝てない」
「チェスか。兄上の十八番だな。そうか…お前もチェスか。……どうだ、私と打たないか?ユフィたちはあの様子だし、お前の実力を見てみたい」
「……僕は構いませんが……」
 その物言いは、まるで遠慮しているかのようだ。確かに彼は先程、“シュナイゼルだけに勝てない”と言っていた。即ち、大人顔負けの実力を持っているのだろうし、本人もそれを自負しているのだろう。
 だがコーネリアはそんなルルーシュの強がりでも何でもない事実を、疎ましくは思わない。彼女は弱者が嫌いだった。強者に媚び諂う卑怯者はもっと嫌いだった。
 あの兄が目を掛けたならばその実力は決して紛い物ではないだろう。且つ、その能力を持ちながら傲慢に驕っていると思わないのは、先の妹相手に困惑するルルーシュを見たからだ。
 コーネリアにしてみても、ルルーシュは他の皇族や貴族よりも余程、好ましい相手だった。
「侮るなよルルーシュ。兄上には及ばないが、私とてそれほど弱くはない。舐めてかかると、お前が痛い目に遭うかもしれないな?」
 挑戦的に言えば、ルルーシュは素直にも反応する。
「……いいでしょう。お手合わせを、義姉上」
「プライドも高く負けず嫌いか。気に入った。―――では、勝負しようか、ルルーシュ」



 薔薇園に誘われる子供たち。
 運命の歯車は、たったひとつの邂逅で、変わる―――かも、しれない?