「ぐ、偶然だね、ルルーシュ……」

口が渇いた。しまった、と思ってももう遅い。身体が勝手に動いて、出てしまっていたのだから今さら引き戻ることなんてできないではないか!
何だか冷たい視線を浴びる心地で、スザクは自身の視線を泳がす。うろうろと映る視界には、唖然としたルルーシュと、彼に想いを伝えていた屈強な男子学生。
どうやら姿に似合わず、繊細な人間のようだ。スザクの出現にショックを受けて固まってしまっているように見える。申し訳ないと少し思ったが、それと同じくらいに安堵していることをスザクは気付いていた。
ルルーシュに好きだと伝えて、付き合ってくれないかと問うた相手に。ルルーシュが何かしらを答える前に飛び出してしまった自分を、スザクは後悔はしてない。ただ、これからどうすればいいのかなんてことも当然考えてない。
「ぐ、偶然……」
「偶然……?」
怪訝に繰り返すルルーシュに、スザクはもう一度「そう、偶然…」と口走っていた。
(ぐっ、偶然なわけないなんてルルーシュがわからないわけないよね…!)
何も考えられない余り、墓穴を掘っているだけな気がする。
しかしルルーシュは何を思ったのか。少し、考えるようなポーズ。そしてスザクは、ルルーシュの笑みを見た。背後の男子学生には見えてはいないだろう。
この時、ルルーシュに「ありがとう」と言われたような気がした。―――但し、それがとても意地の悪いものだと瞬時に判断してしまったのも、昔取った杵柄、本能的だった。

「…先輩、すみません。友人が探しに来てくれたみたいなので、失礼します」
営業スマイル全開の声。胡散臭さが滲み出ている。
「ルッ、ルルーシュ君!返事は…!?」
相手も必死なのだろう。対してルルーシュは、それはとても余裕のある動作だった。ゆっくりとスザクに近付いてから、彼へと振り返る。
何故かスザクの肩に、手を置いて。
「すみません。僕は先輩の思いに応えることはできません。……だって、」
(だって?)
じぃ、とスザクを見詰めるルルーシュ。
(だって、だってだって、だって?)
そこでふいとルルーシュ顔を逸らす。そのまま男子学生へと振り返り「ごめんなさい」と言って、放心しているスザクの腕をそのままずるずると引き摺った。
残されたのは、やはり呆然としている男子学生のみであった。


* *


「ルッ、ルルルルルルルーシュ…ッ!!」
「人を変な名前で呼ぶな。お前、それ舌を噛まないか?」
ごめんっ、と律儀にもスザクは謝る。いや、そうじゃないそんなことはどうでもよくて!と息切れ。こんなにスザクが慌てる姿も珍しい、とルルーシュは思うが、その元凶が自分にあることは流石に自覚している。
こんな姿を見ると悪かったかなという罪悪感も多少なりと育つが、それでも“偶然”通りかかったというスザクをあの場で巻き込まないわけにも行かない。適当な形であの男子学生にも断りを入れることが出来たのだ。うむ、万事解決。そんなことを思っていたルルーシュに、スザクは「あの、ルルーシュ…、」とやはり未だに口籠もっている。
「何だ?」
「その、さっき…のは、」
どういう意 味だ、と。
「………いや、別に深い意味はない、というかお前が騙されてどうするんだ」
「だま…?」
きょとんとするスザクにルルーシュは溜息。
まさかスザクがこうまで本気で考え込んでしまうとは思わなかった。彼のことだから、自分の意図を軽く汲んでくれるとばかりにルルーシュは思っていたので、こんな展開は予想外だ。そもそも少し考えればわかるだろうと言いたくもなる。
「…ああいう輩は別に思い人が居るとわかれば割と直ぐ諦める」
「おっ思い人?!」
「ばっ馬鹿か!演技に決まっているだろうが!」
「あ、そっか、演技か……演技?」
「演技に決まってる。お前が本気にして、どうするんだ…」
はあぁ、と盛大な溜息。
そんなルルーシュを見てか、スザクの顔はかああ!と赤くなる。「そっそうだよね、そっかそっか。うん、ルルーシュ、演技うまいね。僕、ちょっとびっくりしちゃったよ‥」などよくわからないことを口走りながら、スザクははたと思い当たる。
「やっぱりルルーシュは、その、こういうこと…慣れてるんだ?」
「……別に慣れているわけでもない」
しかし場数は少なくないだろう。
口にせずともそれを匂わすルルーシュに、スザクは口を閉ざす。何か変な展開になってしまったルルーシュは思いながらも、とりあえず「さっきは助かった」と口にしていた。
「え?」
「だから、さっき…正直、どうしようかと思っていたんだ。変な勘違いさせて、悪かったな」
「う、ううん……」
話の流れで、やっぱりルルーシュもああいうのは困るんだ、と続けていた。
対して、ルルーシュの答え。それがまずかった。
「偶に思い込みの激しいのとかも居るからな。いざとなったら、相手の要望のひとつやふたつくらいを叶えてやって諦めてもらうさ」
これがまずかった。

「ッ―――だっだめだよルルーシュ!そんな、身を売るような真似っ!!」

「………は?」
言われた内容をルルーシュが理解する前に、スザクは捲し立てていた。
「じゃ、じゃあ、今みたいな時、キ、キス…とか、してあげたことあるの……?!」
「………幸いなことに、そこまで強要してきた相手はまだいないな」
今だったらそんなこと言われようものならばギアスの力でどうにかできるし、なんて口が裂けても言えるわけない。
というか、何故そんな突飛な話が出てくるのかが先ず理解できない。
「そ、そっか……」
心の底から安心したように肩の力を抜く相手に。
「スザク?」
(何を考えてる?) と、聞き出す前に、両肩にはスザクの手。
「……よし。」
「……何の真似だスザク」
意気込む相手に不信感。じわじわと這い上がってくるのは妙な予感ばかり。
「安心してルルーシュ!君の貞操は僕が守るからっ!!」
「…………」

―――どこで、何を間違えてしまったのだろうか。

真剣に悩むルルーシュと。そんな彼をまるで騎士の如く守ろうスザクと。
暫くの間、そんな光景が見られるようになったとか、なかったとか?





2006.12.11
207β さま、片恋15題 『4.偶然を装ったり』