据え膳食わぬは
ぎしり、とベッドが軋んだ。
室温は高くないが、身体から発する熱。髪はしっとりと濡れ、吐息を零す姿は妖艶そのもの。
紫の瞳に映る緑。
震えが走るほどの緊張を味わいながら、彼は壊れ物に触るような、柔らかいキスをした。
一度、二度、三度と繰り返す。相手の体を気遣うように、優しく。
手順に沿うよう手を動かし、慈しむ。ひとつひとつ愛撫を施していくことが、彼にとっての悦びだ。
触れることによる歓喜。
今は何も考えなくていい。ただ目の前の幸福を噛み締めることが許される、至福の時。
「ルルーシュ……」
彼は彼の名前を呼ぶ。
名は言霊とはよく言ったものだ。
口にこの音を滑らしただけで、こんなにも幸福感。幾度か名前を繰り返して、また口付けを与えた。
彼を安心させたい。そんな気持ちが大きかったし、その為の行為だと思っていた。だけれど、きっと相手以上にこの行為は自分を安堵させるものなのだと気付いていた。
彼が自分の腕の中に居る。
それは限りなく自分を安心させる。
「ルルーシュ、」
好きだ、と伝えた。
好きだからこそこの行為を許して欲しい。安心して欲しい。安心、するのだと。
また、手をゆっくりと動かして。
「………まだるっこしい」
「………え?」
と、スザクが疑問符を掲げるのとほぼ同時に、視界は反転する。
何をするのかと問おうとして相手を見上げると、酔ったような紫の瞳と目があった。
「ッ!」
まずい。
瞬時にそう判断すれど、体は金縛りにあったように動かない。
囚われてしまった、という表現が正しいのか。見惚れて、為す術のないまま、今度は彼から口付けを与えられた。
「ッ、ルッ、ルルー…ッ!!」
「黙れ。お前に任せてたら、朝になる……」
細い鎖骨。しっとりと濡れた鴉色の髪。それに加えて相変わらず艶まみれの瞳は、煽られるには十分過ぎる程で。
しかも上目遣い。
下肢に潜った彼を見下ろす、この倒錯的な光景。
思いがけない展開に「ちょっと待って!」と声を上げたところで、彼の手は一向に止まらない。
「ルルー…っッ!」
びくん、と身体が跳ねた。震える。
手の感触から擦り変わった生々しいそれが、彼の舌なのだということは見るまでもなく感じてしまった。
「ルッ、ルルーシュ……っ!」
拙い舌遣い。
けれど視界に入ってしまう彼の姿だけでも強烈過ぎた。
まるで毒だ。
更に聞き慣れた筈の声で、聞き慣れた筈の名前を呼ばれて。視覚からも聴覚からも触覚からも、何もかもで彼を感じてしまう。否が応でも反応せずにはいられない。
力関係で言えば、自分の方が上だ。…なのに覆せない体勢は、他ならぬ彼が相手だからとしか言いようがない。
惚れたが負けとはこういうことか。
先程から施される愛撫は児戯のようなものの筈なのに、身体は確実に反応してる。熱い。生温かな息がかかる度に芯が疼く。
「スザ、…ク…」
とろりと。溶けた目と声。
触れている側の彼もまたこの空気に酔ったのか。……事実、酔って、いたのだろう。
逆に酔っていたからこそ、この状況があると言った方が正しいのかもしれない。
「ルルー‥シュ……ッ」
彼の名前を口の中で転がせば、機嫌が良くなったように彼は更に触れてくる。
元々、彼は正直な人間だ。よりそれが顕著になった姿は、正直、困るくらいで。箍が外れたのは彼が先だった為に、主導権と言うべきものを彼に取られた。
が、そろそろ限界だ。されるがままは理性を削られるだけで、スザク、と途切れ途切れに名前を呼ばれる度に我慢は擦り切れていった。
「ルルーシュ」
呼ばれて、顔を上げた彼に口付け。そのまま彼を引き上げて、彼が自分にしたことをそのまま彼にも施した。
既に熱を持っていたところに追い討ちをかけるようにして、彼が気持ちよく感じるようにと、愛撫。
次第に甘い吐息と変化していく様をじっと観察(み)ながら、―――――
彼の熱を解放した。
「ッ……」
上がる息は熱い。自分でもそれを実感しながら、とりあえず息を整える。
口内に苦味を味わいながらも、己の芯が疼くのを感じる。
自分のを途中にして彼の方を慰めたせいで、…とは言わないが(彼が懸命にしてくれたところを我慢できなくなって彼を攻め立てたのは他ならぬ自分だ)中途半端に終えた体な上に、彼に自ら触れてすっかりと煽られてしまった。
(続き……)
はぁ、と息を整えて。
自分をこんなにも昂ぶらせる愛しい相手を見る。この先の行為は、少なからず彼に痛みを与えてしまうかもしれないから、許して欲しいと………視線を向けて。
熱を放って脱力した彼を呼ぶ。
「ルルーシュ…」
「…………」
返事がなかった。だからもう一度「…ルルーシュ?」と呼んでみる。
が、やはり返事はない。
「………ルル?」
じわり、と嫌な予感を覚え。
のそり、と彼の顔を覗いてみた。………ら。
「……………嘘だろ……?」
すうすう、動く肩は規則正しい。
先程の妖艶さはどこへいったのか。目を瞑り、柔らかく呼吸を繰り返す姿は先の熱っぽさからもかけ離れている。
一糸まとわぬはやはり寒いらしく、シーツにくるまって体を丸める様子は子どもか猫かを彷彿させるものだ。かわいらしいと言ってしまうのは容易だが、それを認めるのは負けだと思ってしまった。
「…………ちょっと、待って、」
完全に取り残されてしまった。
彼を揺すろうものも、反応は全くない。
「ねぇ、ルルーシュ。起きて。ねぇ、起きてよルルーシュ」
何これ。とんでもない放置プレイではないか。
気持ち良さそうに寝てしまっている彼を、起こしたいけれど起こしてはいけない気がしてしまうジレンマに襲われながらも。
だが、ここまできて最後は自分で慰めろと?
あんまりだ。あんまり過ぎる。
この昂ぶりをどうしてくれる。散々に煽っておきながら、あどけなく眠る彼に泣いてしまいそうだ。
(責任、とってよルルーシュ!)
健やかに寝息をたてる彼の横で、健全な若者の欲情に耐えることのなんて辛いことか。
まだまだ長い夜に、青年の苦悩は続く。
2007.01.03