「あ、ネコ」
「げ、ネコ」
はもった二重奏に、それは嬉しそうに声を上げて「みゃあぁお」と鳴いた。
またたび日和
「あれ、ルルーシュってネコ嫌いだったけ?」
「だった…というより嫌いになったというか、って、何をしているスザク!」
「え?」
と、振り返ったスザクの足下には、黒い猫がちょこんとお行儀良く座っている。以前に学園に忍び込んできた猫よりは随分とすらりとした体躯で、毛並みも良い。
何処かの飼い猫か、とルルーシュは思ったが、先日の件もあり猫にはいい思い出がない。
その辺に飼い主もいるかも知れないし、ここは市民の公園なのだから放っておいても問題はないだろう。そう思ったというのに、わざわざ近寄って様子を見るスザクの行動にルルーシュは非難の声をあげた。
が、当のスザクはと言えばルルーシュの声を気にした素振りなく、暢気に「見てみて、ルルーシュ!」と手招きまでする始末だ。
「すっごい、すまし顔。血統書付きかな?」
確かに、つん、としている。それがルルーシュには一層、気に食わない要素となる。
(ネコの分際で……)
スザクの背後から仕方なしに、という態度を隠そうともせずに見ていたルルーシュは、ふん、と鼻を鳴らす。
そんなルルーシュの様子にスザクは何を思ったのか、彼にばれないようにと小さくほくそ笑んだ。
「ネコ、嫌い?」
「…嫌いじゃあ、ない。が、好きでもない」
ルルーシュにしては珍しい、歯切れの悪い答えだ。その様子に、おや、とスザクは思ったが、ふと先日、自分がアシュフォード学園に転校して2日目の日のことを思い出す。
「…ああ、そういえばこの前のネコにルルーシュ、何か大事な物を取られたんだっけ?」
「…………」
あの時は、生徒会歓迎会だの何だのでその件はうやむやになってしまったような気がする。
ルルーシュの大事な物。確かに気にならないわけではないが、今のルルーシュの様子を見ていると聞くのも忍びない。と、同時にあのことを根に持っているルルーシュのことが、スザクは微笑ましくなってしまった。
「大丈夫だよ。この子は随分と大人しい子みたいだし、また何か取られるなんて事はないよ」
「…あって堪るか」
そういうことではないんだが…とルルーシュは思ったが、彼も彼で下手にそのことは掘り返したくもない。
黙ったルルーシュにスザクはもう一度笑いかけてから、視線を黒猫へと戻す。
(…ルルーシュみたいだ)
黒い、品のある猫。
すまし顔、とさっきは言ったが、まさに今背後で同じ顔をしているだろう幼馴染みを思い浮かべて、スザクは彼にばれないようにと内心で笑いを押し隠した。
「お前も皇女殿下となら話せるのかな?」
ぽつりと呟きながら思い出すのは、いつか一緒に街を歩いた少女(今は自分が仕える主となっているが)の奇妙とも愛らしいともとれる行動。
流石にルルーシュの前で、彼女のように「にゃあにゃあ?」などと言う気は更々ないけれど。
少しはコミュニケーションでもとれるだろうか。そんな期待をして、スザクは黒猫に手を差し出してみた。
……が、ふい、とかわされてしまう。
その上、じぃっとこちらを睨んでくるビー玉みたいな双眸はまるで品定めしているかのようだ。
「……」
「何だ、スザク。お前、嫌われてるじゃないか」
頭上から聞こえる愉快そうな声。
それにスザクはショックを追い打ちされ、少なからず落ち込む。
一度ならず二度までも猫に突っ慳貪に扱われ、更にはルルーシュにまでもからかわれたのだ。落ち込まないわけがない。
しかもそんなスザクの様子をずっと見ていた(かは、定かではないが)黒猫が、ふと顔を上げる。その視線の先は、スザクを越えてルルーシュにある。
おや?とスザクが思った時には、猫はそれこそ「みゃあ」と独特な気品のある鳴き声を上げて、するりとスザクの横を抜けた。
そうして、ルルーシュの足下にぴたりとくっついては、ごろごろとし始めた。
「……なっ…?!」
「………うわー……」
好意的に手を差し出したスザクはかわされ、遠巻きに見ていたルルーシュの方にじゃれる黒猫。予想外に懐かれたルルーシュは大いに狼狽え、スザクは実に複雑だ。
「おっ、お前!離れろ!!」
みゃあ、と一鳴き。
「はっ、離れろと言ってるだろうが!!」
流石に小動物を下手に力任せに振り回すことは、ルルーシュにも出来ないのか。くっついている足とは逆の左足を威嚇のようにばたつかせてみせるが、黒猫が離れる気配は一向にない。
「…ルルーシュ、好かれてるねぇ…」
「スザク!お前っ、見てないで何とかしろよっ!!」
元はと言えばお前が原因じゃないか!と憤るルルーシュに、スザクは「あー、うん…」と曖昧な返事。
「でも僕、その子に嫌われちゃってるし…いいんじゃない、似たもの同士は仲良くしてれば…」
その心中は複雑だ。
「訳のわからないことを言ってないで、早くコイツをどうにかしろぉ!」
「あ、その毛を逆立ててる感じ。この前の子とも、ルルーシュよく似てるね」
ルルーシュは動物に例えるとやっぱり猫みたいだ、と。
最早、状況を傍観することを決め込んだスザクと。為す術なく小動物に振り回されるルルーシュ。
そんな光景は、もう暫く。黒猫の飼い主が漸く飼い猫を探し当てるまで、見られることとなった。
* *
「さ、散々な目に遭った……」
黒猫の飼い主はやはり貴族だった。彼女曰く、あの猫が他人に懐くのはとても珍しいと言うことだ。
謝罪とお礼と、そんな御託を表面上はにこやかに聞いては好青年風に返していたルルーシュだが、早くこの場から解放されたい一心で事を片付けたのはつい数分前のこと。
余計な体力を使ったルルーシュは、とても疲れたと態度に出し、隠そうともしない不機嫌面だった。
「恨むぞ、スザク」
「そう言わないでよルルーシュ。僕だって、結構傷ついたんだよ?」
スザクがそう言えば、ルルーシュは「何が傷ついた、だ」とご機嫌はすこぶる悪い。そんなルルーシュにスザクは苦笑を零す。
ついでに余計な一言も呟いた。
「……やっぱり片思いだなぁ」
ちょうど風が吹く。ざああぁ、と木々が擦れる音がする。
「?何か言ったか?」
余計な一言は、どうやら風が流してくれたようだ。
スザクはほっとしたように笑いながら、緩く首を横に振った。
「ううん、何も。…さ、帰ろうかルルーシュ。ナナリーが待ってるよ」
「……ああ」
風は彼らを追うように吹く。それに促されるように、2人は帰路に着いた。
2006.11.16